追憶のポークソテー②
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第53話
金曜日がやってきた。
私は昼から教室へ向かう。今回は肉の下準備が必要だからだ。
愛莉ちゃんも早めに出勤してくれたので、二人で全員分の肉の下準備をした。
今日はポークソテーの実習日。
「主婦の料理で大切なことと言えば?」
私の質問に愛莉ちゃんが機械的に答える。
「簡単、時短、めっちゃおいしい、ですか?」
「めちゃおいしいは誰にでも言えるでしょ。簡単、時短、片付け楽々、よ」
18時15分前。
一番乗りは今回のメニューリクエストの浅井さん。
八助はカラーも取れて元気いっぱいらしい。よかったよかった。そしてみなさん、仕事を終えて次々とやってくる。
最後に、5分遅れて瑛士と財前さんが入ってくる。
あの二人……
土曜の夜、外資の世界的なチェーン店のホテルのイタリアンに行き、そこで瑛士が言った。
実は財前さんは、瑛士の秘書らしい。
料理教室なんて一人では耐えられないと駄々をこね(と本人が言った)、一緒に入ってもらったらしい。
教室では彼が秘書であることは誰にも言っていない。なぜかというと、べつに言う必要はないからなんだそうで。知っているのは高柿先生だけ。
今は私も知っているけど、まあ、問題ないから別にいい。
全員揃ったところで、愛莉ちゃんが一つずつ肉を配る。昼間私たちが下準備していたやつ。
透明な液体に浸した厚切りのロース肉。ビニール袋に一つずつ入れて、口を縛ってある。
まずはキャベツの千切りをスライサーで作る。ボールに水を張り、千切りを浸す。氷をいくつか入れて置く。
「では、肉を袋から取り出してください。キッチンペーパーで軽く押さえて、水分を取ります」
すると浅井さんが挙手をする。
「先生、この透明な液は何ですか?」
「よくぞ聞いてくれました! これこそ、今回みなさんに覚えていただきたい裏技です。これはブライン液です。意味は塩水ですが……塩と砂糖が同量、水200ccに対して10gずつ溶けている液です。これに浸すことにより、安いお肉もぷりっぷりに柔らかくなります。なんの肉にも使えます。じっくり6,7時間、忙しいなら最低でも1時間以上はつけておきます」
おおお、と声が上がる。かわいい人たちだ。
「今回は私と愛莉ちゃんで、みなさんのためにお昼から浸しておきました」
うわー、ありがとうございます! と橋本さんが目を輝かせる。
「余分な水分をペーパーで吸い取ったら、表面に軽く塩コショウ、そして薄力粉を軽くまぶします。もしも塩コショウだけのシンプルなポークソテーなら薄力粉は必要ないです。これは、何かのソースで食べるときにしてください。ソースが肉によく絡まるんです」
田所さんが熱心にメモを取る。
今回は肉が取り出したばかりで冷たいから、火をかけていないフライパンにのせて、それから弱火をつける。
小麦粉をまぶしてあるから、ちょっと油を敷く。脂身は先に焼いても焼かなくても、いいかな。あとは蓋をしてじっくりじわじわと火を通す。
「上山さん、火加減、強くしちゃだめですよ。吉川さん、そんなに頻繁にひっくり返さないように。財前さん、蓋は……そんなにちょくちょく開けないで」
そして玉ねぎソースの準備。
あらかじめすりおろしておいたたまねぎに、砂糖、しょうゆ、みりん、酒を入れる。お好みでポン酢や酢を少々入れてもOK。砂糖の代わりにオリゴ糖やはちみつでもよし。
7分くらい肉を焼いたら、火を止めて蓋をしたまま少し蒸す。キャベツは氷が解けたら水切りしておく。ミニトマトはタテに二つに切る。パセリは食べやすいサイズにちぎっておく。
お皿にキャベツ、ミニトマト、パセリを盛り、肉も置く。
肉を焼いたフライパンにちょっと油を足して、玉ねぎソースを入れる。中火で一度ぐつぐつと沸騰するまで熱したら、ゆっくりかき混ぜる。玉ねぎに火が通ったら火を止め、肉の上にかける。
はい、できあがり。
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