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第46話

「そんなことよく言ってたっけ?」


思い出せない。


「言ってたよぉ。泣き虫はいやだ! って毎回ばっさり切り捨てられてたけど」


「今でも泣き虫だったら、どん引く」


「今は違うし。昔はよく仁王立ちで見下ろされてたけどさ。今は紗栄ちゃんより背ェ高いし。手だってほら」


カズマは私のてのひらに自分のを合わせて見せた。何この子。今日はやけに絡んでくるな。


「なんかときめいてこない? かっこよくなった幼馴染に再会ってさ?」


「全っっっ然!」


がっくりと、カズマが頭を垂れて苦笑する。




「あれ? 先生と吉川君?」


背後から、聞き慣れた声がする。


カズマと手を合わせたまま振り返ると、そこには……



首を傾げた財前さんと、じっとこちらを見つめる藤倉さんが立っていた。


なになに?



「……おじゃまでしたか?」


財前さんが引きつった笑みを浮かべる。あ。私はカズマの手をパンと払い落として苦笑する。


「まさか。お二人も帰りに一杯、ですか?」


「え、ええ。まぁ」




それでなぜか。



四人でテーブル席に座る。



「特別公表はしていませんが、小さい頃の知り合いなんです」


「へぇー。幼馴染ですか?」


「まあ、そうですね。この子が『ぼくはちらのさうるすになる!』って言ってた頃ね」


私の幼児言葉をまねた声色に財前さんはにやにやしながらカズマを見る。


「ティラノサウルスになりたかったんですか? うわ、純粋だったんですね? どのあたりから童心を忘れたんですか?」


「そうそう。純粋でした。一方で子供のころからリアリストの紗栄ちゃんは一貫して、同じこといつも言ってましたけどね」


「何になりたいって言ってたんですか?」


財前さんの質問に、私でなくカズマが先に応えた。



「『かずまのおよめさんになる』って……痛っ、いたたた、冗談だって!」


私はカズマの耳を引っ張った。


「うそうそ。『さえはりよりにんになる』って、3歳くらいから言ってたって、うちのじいちゃんが言ってました。あ、じいちゃんは紗栄ちゃんちの洋食屋の支配人だったんです。初めて包丁握ったのが、その頃だったって。どんだけ料理ばかだよ」


「なにそれ。かわいい! りよりにんって。先生は夢がかなったんですね。三つの頃から料理人ですか。すごい」



ちらり。


ずっとテーブルの上のお通しを見つめて黙っている藤倉さんを一瞥してから、私は浅いため息をついた。


「かなったとは……言えないけど、まあ、一応?」


ぴく。


藤倉さんの眉根が少し寄る。


(私の夢は、とよしま亭の料理人になることだったから……)



「僕の夢はかなってないよ?」


「かなうわけないでしょ、ばかだね? いい年してまだ恐竜になれると思ってるの?」


「いや、もう一つのほうだよ」


「はい?」


「紗栄ちゃんをお嫁さんにするってやつ!」


カズマがはしゃぐ。財前さんも藤倉さんもふう、とため息をつく。


絶対に、カズマを煙より軽いただのあほだと思ってるはず。


「それは恐竜になる以上にありえないから忘れなさい」


私も呆れてため息をつく。


「紗栄ちゃんは高柿先生にかわいがられてるから、これから出世するっしょ? 僕は橋本さんみたいに主夫になるよぉ」



ぴく。


ぴく。


真顔になった財前さんと藤倉さんの口元が引きつる。ふたり、ドン引きしてる。



私はカズマの腕をぴしりと叩いた。


「くだらないこと考えてないで、ホテルで頑張って出世して総支配人でも目指しなさい」


「えー。やだよ。出世とか興味ないし。そういうの、性に合わない。僕はラクに生きたいんだ~」



ぴく。


ぴく。


今度は二人の片眉が上がる。



「——カズマ」


私の声は低かった。


「なに?」


「もう帰りなさい。私も、帰るから」


「じゃあ、一緒に帰ろう~。紗栄ちゃんち、どこ? 近いんでしょう? 見たいな~」


「あんたは電車に乗る。私は歩いて帰る。以上」


「えー。まだ来たばっかりじゃん。帰るの早いでしょー」


ヤダヤダと揺れるカズマの両耳を掴んで制止させる。


「そんなに夜遊びしたければ、同じくらいのトシの子たちとどうぞ? カノジョに電話でもしなよ」


「カノジョは今日は夜勤だよ。てか、3歳しか違わないじゃん」



ガタン!



突然、財前さんが立ちあがった。

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