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第41話
こちらは白地に黒ぶち。
肩から両方の前脚が、パンダみたいに黒い。
しっぽはすべて黒。両耳も黒。
そして顔が……まるで七三分け。金の目を眠たそうに開いて「ねあ~」と鳴いた。白い小さな鋭い牙がちらりと見える。
「あっちが八助なら、もしやこの子は……」
私の言葉を、愛莉ちゃんが継いだ。
「七三……?」
浅井さんはにっこり笑う。
「そのとおりでさ」
「たしか、この七三がメスで、八助がオスでしたね」
藤倉さんの言葉に浅井さんがうなずく。
「よく覚えてますなぁ。そう、こいつらはきょうだいなんですよ」
15年前、高校1年生だった息子さんが部活の帰りに見つけた、びしょびしょよれよれの段ボールの中で死にかけていた、生後間もない捨て猫たち。
「あの時にそいつが見つけていなかったら、死んでたやつらです」
「そいつ」と言いながら浅井さんは仏壇に目をやった。
高校生くらい? ブレザーの制服を着た男の子がにこにことした写真が飾ってある。目元が、浅井さんに似ている。
「高校2年生、17歳の時にバイクの事故であっけなく逝っちまったんですよ」
愛莉ちゃんと私が同じ大学卒業のように、浅井さんは藤倉さんと同じ大学の先輩だったことが、この前の親睦会で分かったらしい。
浅井さんは大学を卒業して超有名な大企業のエンジニアになった。
25歳の時に同じ部署の新入社員だった奥さんと結婚、27歳の時に長男が生まれた。浅井さん夫婦にとっては一人っ子。
奥さんは長男の教育に熱心で、幼稚園をお受験させた。浅井さんはどこにでも出張し数年間の海外単身赴任も何度かして、息子により良い教育を受けさせるために働きまくった。寄付金が高額な私立のエスカレーター校で高等部まで通い、海外の修学旅行、中・高2回の海外短期留学も行かせた。
でも、高校2年生の秋に、友達と二人乗りしたバイクに横から居眠り運転のダンプカーが突っ込んできて、二人とも亡くなってしまった。即死だっただろうと検視で言われた。
その時、浅井さんはブラジルで働いていた。事故の知らせを聞いてすぐに飛行機に飛び乗っても、大至急でも帰って来るのに30時間くらいかかった。
家に帰るとすぐ病院に駆けつけて、地下の霊安室で冷たくなった息子に対面した。
奥さんは抜け殻のようにぼんやりとして、何を言っても反応しなかった。棺に入った息子をいったん家に連れ帰り、葬式の準備をした。ブラジルから直帰したまま、着替えるのも忘れてもろもろの手配をした。
葬儀中も奥さんは呆然自失だったので、すべては浅井さんが対応した。
いよいよ出棺の時に最後に息子の顔を見てくぎ打ちをして炉の蓋が明けられた時になって、奥さんが絶叫した。数人がかりで取り押さえ、長男は炉の中へ入れられた。
それから奥さんはまた抜け殻のようになり、四十九日が終わったころに離婚したいと言い出した。
息子に、輝かしい将来を与えること。
彼女の人生の目標は、突如としてあっけなく消えてしまった。
浅井さんは奥さんの申し出を受け入れ、息子の死から3か月後、ふたりは離婚した。
それから彼は海外赴任を終え、しばらくは本社で働いていたけれど、48歳の時に早期退職した。
もうがむしゃらに働く理由がなくなったから。
だから彼も、もう頑張る必要はなくなった。
「こいつが生きていたら、ちょうど先生や朝倉さんと同じくらいです。愛莉先生みたいないい娘さんと結婚していたかもしれないなぁ」
浅井さんは七三を膝に乗せ、その小さな頭を大きな手で優しくなでながら笑った。
「おろし玉ねぎの和風ソースのポークソテーが、こいつの好物でした。うちのやつがよく作っていましたね。部活の帰りにはらへった! って叫ぶんですよ、ただいまって言うより先にね。あんまり家にいなかったから、息子と家内の記憶はおぼろげだけど、なぜかそれだけはよく思えていて。あれはどんな味だったかなと、それで料理教室に通い始めたんですよ。包丁を握ったこともないのにね」
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