追憶のポークソテー①

1

第40話

「この前の親睦会で、浅井さんが飼い猫2匹の写真を見せてくれたんだけど、どっちも嘘みたいに面白い模様なんだ。ナマで見てみたい」


あはは。そんな理由?


まあ、いいか。


「お仕事は、忙しくないんですか?」


「明日は土曜日だし、急ぎの仕事もないから」


あったとしても、秘書が処理すればいい……とかなんとかつぶやいている。


いいのか?



「じゃあ、明日の朝、10時に下で。愛莉ちゃんともそこで待ち合わせなんで」



23時近くに、私は自分の部屋へ帰ることにした。なんだかんで2時間ほどお邪魔していたことになる。


「わかった。お礼、ありがとう」


「どういたしまして。ワイン、ごちそうさまでした」



一歩、


二歩、


三歩、


四歩、


五歩、


六歩、


七歩。


はい、帰宅。


鍵を閉めてドアの内側に寄りかかりふう、と息をつく。



話してみると、気さくな感じのひとなんだな。


私が初めから一方的に敵視して偏見で接していたから、悪い人だと思いこんでたみたい。


9月の終わりまで、普通に接していればいいか。



「嘘みたいに面白い模様って、どんなよ?」


私はくすっと笑った。






浅井さんの家は、うちから車で5分くらいの住宅街にある一軒家だった。


朝の10時ぴったりに、「下に着きました。なぜか藤倉さんもいます」というメッセージが届く。


浅井さんへのお土産にマカロニグラタンを作っていたら、家を出るのが1分遅くなってしまった私は、慌てて階段を降りる。



おはようございます、と挨拶して、藤倉さんがお隣だったと話すと、そうですか、と平らな反応が返ってきた。


三人で私の(本当は千尋のだけど)車に乗って、浅井さんの家に向かった。


事前に連絡をしていたので、浅井さんは玄関でにこやかに出迎えてくれた。


「いらっしゃい。おお、藤倉さんもいらしてくださったんですか」


さあどうぞと促され、私たちは浅井邸に上がり込む。昭和建築の日本家屋、3LDKの平屋だそうで。


古いけれど、よく手入れが行き届いている。



私は手土産のマカロニグラタンを彼に手渡す。


茶の間に案内されると、こたつの脇に段ボール箱。中をのぞいて思わず私は奇声を発した。



「おおおおおおおおお! なっ、なんて……!」


なんて、かわいいの?!



箱の中には白っぽいモフっとした丸い塊がいた。


丸く小さな頭が持ち上がってこちらを見上げてきてまた息をのむ。今度は両脇の愛莉ちゃんと藤倉さんも「おおおお!」と声を発する。


全体的に白毛。でも、でも。


鼻の下のひげの生え際ウィスカーパッドと、両目の上が「ハ」の字眉みたいにグレーなの!


大きな青い瞳、そしてそのグレーの模様のせいで、困り顔のヒゲオヤジみたいな顔!


「八助って言うんですよ」


お茶を出しながら浅井さんが教えてくれた。


「八の字眉だから、八助ですか?」


愛莉ちゃんが訊くと、浅井さんはにっこりうなずいた。


「ええ、死んだ息子が拾ってきて名づけました」


ああ、やっぱり……過去形は、亡くなったってことだったか。



八助は首にカラーを巻いている。


「この子が、手術した子ですか?」


元気がなく見える。八の字眉のせいで余計にしょぼんとして見える。おなかに、ガーゼが貼られている。


「そうです。近所の子供のおもちゃを誤飲してしまって、開腹して除去したんです」


「かわいそうに」


そっと頭を撫でると八助は目を細めた。



「あれ? こっちにもいますね」


愛莉ちゃんがこたつの反対側を覗き込む。こたつ布団の下に丸くなった体が見える。藤倉さんがそっと近づいて抱き上げる。


その顔を見て私と愛莉ちゃんは感動の悲鳴を飲み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る