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第39話

「寛容だな。というより、すごい自信なのか。見てくれだけ真似しても味は負けない、って感じか」


「そこまで考えてはないですけど。これはイタリアンであって、洋食ではないからかな。誰が作ってもたいがい同じでしょ?」


「は。そんなことはないと思うけど。イタリアではどんなところで仕事を?」


「うーん。初めはいろいろ。ホテルとかカフェとか。最近まではミラノの中心の……スカラ座の近くの、創業70年の家族経営のリストランテで」


「へぇ。その辺は何度か出張で行ったな。ヴィットーリオ エマヌエーレ 2 世のガッレリアもうろついたし」


「ガッレリアをスカラ座方面に歩くとそのリルトランテが見えるから、もしかしたらその前を通ったかもしれないですね」


「うん、だろうね。ところで、ずっと先生の料理教室で働くの? うちのイタリアンにヘッドハンティングしたいよ」


「私のイタリアンなんて、そんなたいしたことないですよ。てかなんか、役員面接みたい!」



あはは、と藤倉さんは笑う。ランブルスコのグラスで乾杯する。


なんか、何も話すことなんてないだろうと思っていたけど、結構話してるじゃない? 私たち。



「仕事中毒かな。なんでも仕事に結びつけてるな。もし……もしも俺が、とよしま亭の仕事をオファーしたら、あなたは受けるかな?」


藤倉さんはじっと私を観察する。私はランブルスコのグラスを置いて浅いため息をつく。


「いいえ。受けないと思う。ほかの料理人たちと、レシピを分け合う気はないから」


首をふる私に藤倉さんも浅いため息をつく。


「でも今日のグラタンは、とよしま亭の味に似てた。ポテトグラタンのソースに」


「やっぱり。うちに来たことがあるんでしょう?」


「母の好物だったんだ」


「……そう、だったんですか。ポテトグラタンは生クリームとスパイスが決め手ですが……ベースは似てます、確かに」


またまたこの人も、過去形か……



ん?



お母さんということは、藤倉グループの会長夫人でしょ? とよしま亭にはいろいろな人が来たけれど、藤倉グループ関係のお客さんは一度も聞いたことがないな。


まあ、高柿先生のことも知らなかったから、私が知らないだけでそれもあり得るのかな?



「今日のグラタンは、自分でもすごいと思ったよ。同じ料理でも作り方や隠し味で、あんなにも変わるのかって身をもって知った。しかも、菌の研究してる人に菌を活用する料理を教えるなんて、なかなかやるね」


「喜んでもらえて、よかったですよ。今日はおどおどしてなかったでしょ? 田所さん」


「あー、うん、小学生みたいに、うきうきしてた」


「上山さんの世界一まずいレストランも、習った調理法でマシになるといいんですけどね。この前上山さんが作って来てくれたナポリタンは、まだまだアレでしたけど」


「上山さん、毎日作ってるって言ってたな。ああ、そう言えば浅井さんはどうしてるかな」


「ちょうど明日、愛莉ちゃんと家庭訪問してみようと思ってるんですよ」


「はは。家庭訪問する料理教室なんて、聞いたことないけど」


「できるだけ脱落者を出すなと、高柿先生の命令なので」


「そうか」



藤倉さんはアルコールが入ったからか、結構饒舌になってきている。彼はふーんと呟いて左斜め上を見上げてから言った。


「俺も一緒に行ってもいいかな。浅井さんのところ」



意外な申し出に私は目を見開いた。


「へっ?」

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