二人だけのアンティパスティ

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第38話

オリーブの木でできたまな板みたいなボードに、様々な前菜アンティパスティを盛る。


クリームチーズを薄く延ばした生ハムプロシュット・クルードをグリッシーニという、棒状スナックに巻き付けたもの。


冷たく冷やした地中海野菜のオリーブオイル煮込みカポナータ


タコとセロリのサラダインサラータディポルポに、トマトとモッツァレラチーズのマリネカプレーゼ


ナス、ズッキーニ、パプリカをグリルしてオリーブオイルで和えたサラダ。


グリーンオリーブとブラックオリーブのマリネ。


ミニトマトの真ん中に切れ目を入れてタネを取り除き、クリームチーズを入れたもの。


刻んだバジルの葉と一緒にオリーブオイルでマリネしたダイスカットトマトはブルスケッタ用。


生ハムをくしゅっと丸めて置いて、ダイスカットしたチーズも数種類、盛る。




それらを紙袋に入れたマフラーと小脇に抱えたバゲットとともに、ふわりとラップをかけて持っていく。


ワインは飲まなくても、ビールにも合うはず。


コンコンコンとノックするとすぐにドアが開いた。


私が手にしたオリーブの木の板に載ったアンティパスティを見て、藤倉さんは驚いた。


「すごく豪華なお礼だ!」


「1週間分の作り置きとして、今日作ったやつを並べ置いただけだけど」


藤倉さんはトレイを持つように片手の指先だけにアンティパスティを持ち、ドアを抑える。


「ちょうどランブルスコがあるんだ。入って」



え?


え?


えっ?


あれ?




しゅわしゅわとカシス色の泡がグラスの中でかすかな音を立てる。


「……」


お礼を持ってきただけだったのに、なぜかお隣のダイニングテーブルでもてなしを受けている。


藤倉さんはパン用ナイフでバゲットを輪切りにして軽くオーブンで焼いている。


そしてきょろきょろと、何か……多分、お皿か何か入れ物を探してる?


「何をお探しですか?」


訊くと、苦笑しながら首をかしげる。


「いや、カゴか皿か……なにか、パンを入れるもの?」


「カゴならたぶん、戸棚の上部の開き扉の中。皿なら戸棚の下段じゃないでしょうか」


長身の藤倉さんは背後の戸棚を振り返り上部の開き扉を開けると「おお」と呟いた。


「すごい。本当にあった!」


「つくりや備品は同じなんですね。たしか、家事サービスの家政婦さんが通いでいますよね?」


「掃除だけ頼んでるから、キッチンは使ったことがない」


「はは。料理研究家がオーナーなのに? 料理家には最高の物件なのに。宝の持ち腐れですね」


「それは否定できないな」


「ここに住んでどれくらいですか?」


「半年ほどかな。大きなプロジェクトを受けてほしくて高柿先生に頼みに通うようになってちょっと経った頃、新しい持ち家の住人を探してるっていうから点数稼ぎに引っ越してきた」


「なるほど、仕事がらみですか」


「立地はいいし、どうせ寝に帰るだけだから不便はない」



トーストしたバゲットをかごに入れて持ってくると、彼は私の向かいに座った。そして改めてアンティパスティを見てごそごそとスマホを出す。


「改めて、すごいな。ちょっと今後の参考に撮ってもいいだろうか。都心の商業施設のバルで、メニューを見直す参考にしたいんだ」


私は肩をすくめる。


「どうせ私がこれを置いて行ったとしても撮るでしょ? もう藤倉さんにあげたので、煮るなり焼くなりご自由にどうぞ」


藤倉さんは写メりながらふっと笑った。

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