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第37話
調理台の上にランチョンマットを各自敷いて……
「そのままでも、黒コショウをかけてもいいですが、これがおすすめです」
私はナツメグを目の高さに掲げて見せた。
「これはナツメグです。肉料理の臭みけしのスパイスですので、そのうち藤倉さんのハンバーグにも使う予定です。そして、ホワイトソース系の料理にもよく合うんです。あ、でも、入れ過ぎないでくださいね。七味みたいにバカバカ入れると幻覚作用が出たり、下手したら死にますよ。まあ、風味が強すぎてふつうそんな量は無理ですけど。間違ってどばっと入れちゃって、死にかけた事故も世界各国にはあるみたいなので、念のため」
特にカズマみたいな奴、要注意。この前もハバネロ大量掛けしてたから。
まずは田所さんが自分のを試食。
「うそ……なにこれ、本当に僕が作ったグラタンですか?!」
「誰かがすり替えない限り、そうですね」
「……」
ほろり。
あ。
みんなはっと息をのむ。
田所さんは銀縁眼鏡をはずし、ハンカチで涙をぬぐった。
「お……おいしいです! 想像以上に、すごくおいしいです!」
「それはよかったです! みなさんもご自身で作ったもの、一口食べてみてください」
「あの……」
藤倉さんが遠慮がちに言う。
「はい?」
営業スマイルで応える。
「それ、一口、いただけませんか」
彼は私の前に置かれたグラタンを視線で示す。
「ああ、はい。では一口ずつ小分けにしますね」
私は自分のグラタンを小皿に分けた。愛莉ちゃんがみんなに配る。
「うーわーっ、やばっ! これ、なんか懐かしい!」
カズマが叫ぶ。そう、ちょっとおじいちゃん考案のポテトグラタンに似てるよね。
「自分のより、はるかにおいしいですね……」
財前さんが感嘆する。
「同じ材料で目の前で作ってるのに、こうも違うんですね」
上山さんがうなる。
「それを言えば、みなさんそれぞれに個性が出ていますね。やっぱり、先生のが一番ですけど」
橋本さんは冷静に分析する。みんなでお互いの作品もそれぞれ少しずつ試食しあう。
「みそ。やられました」
田所さんが興奮して大げさに首をふる。
「たしかに、これは……」
藤倉さんが、呆然とする。
個人的な思い入れがあって、とよしま亭を買収したと彼は言った。
このなかではカズマとそして藤倉さんが、とよしま亭の味を知っているのだろう。
それにしても彼はよく、うちの店の味を知っているようだけど……
「藤倉さん」
帰り際、私は藤倉さんを呼び止めた。
「もう帰宅されるんですか?」
「いや、ちょっと会社に戻りますが、何か?」
「ああ、いえ、マフラーをお返ししようと思って。お礼に一緒にお渡ししようと思っているものが、食べ物なので」
私が苦笑すると藤倉さんは「食べ物」の部分に反応した。彼は腕時計に視線を落とし、きょろきょろとあたりを見回し、私にちょっと待っていてくださいと言って教室から急いで出て行った。
数分待つと戻ってきた。
「秘書に行かせたので、帰れます」
「いいんですか?」
「大丈夫です」
うーん。「大丈夫」なのかな?
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