第36話

翌週、やる気満々の田所さんを見てほっと安堵した。


例の同僚女性は、「あんなオタクはこっちから願い下げだわ!」と会社でわめいていたらしい。


「でも気にしていません。僕の頭の中は今この瞬間、些末なことよりも菌よりもグラタンがメインです!」とガッツポーズをしていた。相変わらず視線は合わせてくれないけど、だいぶ慣れてきてくれたみたい。


浅田さんは今日もお休みだった。そのうち様子を見に自宅を訪ねてみようと愛莉ちゃんとミーティングで話した。


浅田さん以外、今週はみんな出席だ。



ふと目が合って、私は藤倉さんに軽く会釈した。向こうも同じように会釈してきた。あれから一週間、家の前ですれ違うこともなく過ぎていた。マフラーはドライクリーニングに出して返ってきたけれど、まだ返していなかった。


私はぱんぱんと手を打った。


「さて、先週欠席した皆さんも、ちゃんと動画をチェックしてきてくださったみたいですね。では調理の準備に取り掛かってください!」


愛莉ちゃんは動画を撮っている。私は二つのテーブルを回り、切り方や炒め方を指導する。



「前々回のナポリタンで学んだ、薄切り、今回も玉ねぎに使えますね。ブラウンマッシュルームは三等分くらいに厚めにスライスするか、上から十字に四等分にしてください。鶏肉は小さめに切って、冷蔵庫から出したばかりで冷たいので、熱していないフライパンに油をしいた上に入れてから火をつけてください。あまり火を強くしないでくださいね。肉が縮んで固くなってしまいます」


玉ねぎをしんなり透明になるまで炒めて、先にお皿にあげておいた鶏肉とブラウンマッシュルームを足す。


いったん火を止めて、バター、薄力粉を入れて余熱でまんべんなく混ぜる。全体的にモッタリしたら、弱火にしてぬるくした牛乳を少しずつ足して混ぜていく。


あらかじめ作っておいたチキンスープがぬるくなったら、同じく足し入れる。


マカロニを入れて緩くならない程度に調整する。




「ここで先週予告した隠し味を足します」


湯煎もしくはレンジでぬるく温めた生クリームに八丁みそを解き、具の上に回し入れて全体に混ぜて火を止める。


「うわー! なるほど! 確かに、乳製品には発酵食品がよく合いますね!」


菌好きの田所さんは銀縁眼鏡の奥で少年のように目をキラキラとさせる。


「ええ。味に深みが出て、まろやかでコクも出ます。上にのせるチーズとも、みそは相性抜群です。麹菌はちなみに他の菌とも相性抜群なので、みそとヨーグルトに付け込んだチキンソテーなんかも、ぷりぷりでやわやわで香ばしくておいしいですよ」


うわぁ、と橋本さんと財前さんも目を輝かせる。


「もー、先生、腹が減ってくるでしょ、早く作りましょう!」とカズマが黒い業務用エプロンの上から薄い腹をさする。


「ああ、慌てて作らないでね。さて、耐熱容器にバターを擦り付けて。そこに具をまんべんなく入れたら、とろけるチーズとパルメザンチーズをのせ、あとはオーブンで焼くだけ。あらかじめオーブンは温めておくこと。まんべんなく火を通すためです。あとは正確に200度から300度というのを忘れてしまっても、窓から覗きながら表面に少し焦げ目がつくまで焼けばいいですよ。オーブントースターでもOKです」


「もう、においだけでもおいしそうですな」


上山さんが香りを吸い込んでうっとりと言う。




チーズが焦げる、香ばしいにおいが漂ってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る