女性恐怖症のグラタン
1
第31話
浅井さんは最初の自己紹介で、ポークソテーが作れるようになりたいと言った。
彼は料理に関しては全くのど素人らしい。
どうしてポークソテーなのかというと、息子の大好物だったから、と言っていた。
「大好物だった」
過去形。
浅井さんは人のことを詮索しないし、自分のこともあまり話さない。ずっと、気になっていた。一切、悲しそうな表情はせずに、淡々と言っていたから。
その浅井さんが、電話口でため息をついて言った。
「先生、2週間ほど、行けそうにもありません。うちの猫が1匹、手術するんで看病しないと」
第3回と4回の教室は、ポークソテーを考えていたけど。主役が来られないのなら仕方がない。
先に、マカロニグラタンを進めることにする。
「田所さん。作ってみたことはありますか?」
金曜日の夕方の教室。
浅井さん以外は財前さんが残業で欠席、仕事を調整して藤倉さんが遅刻、カズマが夜勤で欠席。
ちなみに、欠席した時はライブ配信でビデオ会議参加するか、後で録画したものを見て作った料理を次に持ってくる。
「あああ、あの、作ろうとしたことは何度か、あります。で、でも、マカロニが固まったり、硬いままだったり、ホワイトソースが緩くてシャバシャバだったりダマダマだったり……成功したことがありません……」
相変わらず目を合わせることのできない田所さんは、赤面しながらしどろもどろに答えた。
スマホで録画とビデオ会議のライブ中継をしている愛莉ちゃんが微かにため息をついた。
そろそろひと月が経つけれど、彼はまだ私と愛莉ちゃんに慣れていない。女性恐怖症とはいったい、どんなものなのか。
スーパーにあるような、箱にマカロニと粉末のホワイトソースが入ってるやつ、ああいうのを使えばどうにかなるのかもしれないけど、一から作ると分量通りでもうまくいかないらしい。
「では、たいして手間がかからないのに簡単にできる超おいしいマカロニグラタンに挑戦しましょう。今日は説明だけ、来週は作ってみましょうね」
必要な材料は……
ベシャメルソース用の牛乳、バター、薄力粉にチキンコンソメの素。
マカロニ。
鶏むね肉かベーコン、ソーセージ、あるいはエビ。お好きなものを。
玉ねぎ、そしてオリジナリティのために好きな野菜。ブロッコリーとかシイタケとか。
「お好きな具で作ってみてください。田所さんはどうしますか?」
「はい……鶏肉と、玉ねぎで。でも、ええと……ブロッコリーとかシイタケとかは……」
すかさず、愛莉ちゃんが鋭い質問をする。
「キライなものなんですか?」
ぐさり、事実を射抜かれて田所さんはうつむいてもじもじする。
「あー、じゃあ、ブラウンマッシュルームはどうですか? 同じキノコでも、シイタケとは歯触りが違いますよ」
私のフォローを彼はあたふたしながら受け入れた。
「あっ、はい! しいたけは味と触感がちょっと。で、でも、ブラウンマッシュルームはいいと思います!」
「そう。じゃ、それで行きましょう」
私はベシャメルソースについて説明する。今回は野菜をいためたフライパンに材料を足す簡単お手軽な方法で。
「来週、ここにちょっと隠し味を足したいと思います。何を入れたらおいしくなるか、各自考えてきてくださいね」と、宿題も出しておく。
各工程、カットの仕方、火加減などをホワイトぼーでで説明する。みんな真剣にメモっている。
「それでは来週は実習です。今夜はここまでにしましょう」
解散。
戸締りを確認して最後にビルを出たところ、いきなり誰かに手首をつかまれて入り口の陰に引き込まれ、私は声にならない悲鳴を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます