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第29話

「うっっっっっま‼」


カズマが叫ぶ。



「なぜですか? 同じ材料なのに……」


浅井さんが首をかしげる。



「火の通し加減、タイミング、そういうものかなぁ?」


研究者らしく、田所さんが分析する。



「こんなおいしいナポリタン、初めて食べました」


財前さんが感動で呆然とする。



「つ、妻に食べさせたいですっ!」


橋本さんが口元を抑えてふるふると震える。




「……あの」


低い声が、私に向けられる。


「はい?」


私は営業スマイルを藤倉さんに向けた。


「これは、とよしま亭の……」


私は営業スマイルを崩さずに首を横に振る。


「いいえ、私の、オ・リ・ジ・ナ・ル、です」


「……」


納得できない御様子。でもスルー。


上山さんを見る。彼は無言で眉根を寄せて難しい表情をしている。



「上山さん?」


「……そんな」


彼は大きな図体に似合わない小声でつぶやく。


みんなが彼に注目する。


彼は私を見る。


「そんな、先生、これがナポリタンで、そうすると私のは……」


私はうなずいた。


「上山さん、今、二度目にみんな同時に作ったご自分の、食べてみてください」


上山さんは言われた通りにフォークでひとすくい、ずるずるっとおそばのようにすすり上げた。


そして彼は首をかしげる。



「さっきとはちょっと……いや、結構違う。先生のほど、おいしくはないけど……」


みんなは上山さんの2作目をフォークに取り、試食する。


「うーん。さっきとは明らかに違う。こっちなら、無難な感じかな」


浅井さんがうなる。


「食べられなくは、ない」


カズマ、失礼発言。


うーん。みんなが首をかしげる。先ほどよりもましな反応ではあるけれど……



「確かに田所さんが指摘なさったように、それぞれの炒める、混ぜる、ゆでるタイミングは関係しますね。最初の上山さんのナポリタンは、玉ねぎに火が通りきらず固かったし、逆にピーマンは苦みが出ていました。ソースはウスターソースが強くコショウも強く、水分が多すぎてべちゃっとしていました。ケチャップも少し多めで、全体的に酸味が強い感じでした」


私は一人一人の作品をちょっとずつ試食する。


「上山さんは火加減の調節を気にかけてください。ずと強火だと玉ねぎもピーマンも、ソースも焦げます。浅井さんは……ちょっと薄味だけど、おいしくできました。橋本さん、財前さんも合格ラインです。今後の課題は一度きり成功するんじゃなくて、いつも同じように作れるようになることですね」


おっしゃ! と浅井さんはガッツポーズをして、財前さんはお皿の上の自分のナポリタンをいとおしそうに見つめる。橋本さんは奥さんに作ってみる、と目をキラキラさせた。



「カズ……吉川さん……」


か……辛っ! アラビアータもどき⁇


「辛いの好きなんで、マイ・ハバネロ入れてみました!」


「……ま、好きにしていいわ」



次。藤倉さん。


「……合格」


おお、とどよめきが上がる。


「普通に売り物になると思います」


みんなが藤倉さんのナポリタンをつつく。高柿先生、どうして彼をSおちこぼれクラスに入れたのでしょうか。


「期待の星」枠かな?



「うわ。本当だ。普通においしい!」


「うん、レストランで食べるやつみたいだ」


でも本人は、さして嬉しそうではない。それどころか、何か悩んでいそうな表情。


「……本音」


彼はつぶやいた。


「はい?」


私は首をかしげた。

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