世界一まずいナポリタン

1

第27話

「……」


「……」


まじだ。


振り向かずにちらりとむこう側を一瞥する。


むこうも、同じことをしている。


高柿先生の知り合いの子って。


子って。


勝手に、どこぞのお嬢さんだと思っていたのは確かに私だけど……




高柿先生‼


一体、何を考えているんですか?!




店を奪われたものと奪ったものを隣同士に住まわせるなんて。


しかも、なぜあのひとをSクラスに入れたの?




――確かに、あまり家には帰らないみたいだ。


あるいは、夜中に戻り、明け方には出て行く。だから今まで出くわさなかったのだ。


通いの家政婦さんが来て、家事をする。この前すれ違った人が、やっぱり家政婦さんだったみたい。


ドアを開ける前に、外の気配を確かめる癖がついた。


とうぜん、大企業の会社役員が在宅しているはずのない時間帯でさえも。



びくびくと過ごしているうちに、いつの間にか2週間が過ぎた。





「うぅぅ……」


Sクラスの全員が同じ表情をした。


みんな口元を抑えている。



大人として、口に入れた食べ物を吐き出すということはするべきではないと、全員が考えている。


しかし、敵もなかなか手ごわい。それを咀嚼して胃の中に入れたらヤバいことになるぞ、と本能に訴えかけてくる。


それでも。


食べ物を、吐き出すべきではない。


いや、吐き出さざるを得ないまずさであっても、我慢すべき……いやだもう、自分でも何が言いたいのかさっぱりわからなくなってきた。



親睦会の翌週、第1回目は野菜の切り方を練習した。玉ねぎの薄切りも、ピーマンの細切りもできないクラスって。「ぶっ叩き切り」とか「太切り」とか、個性的すぎる。


そして2回目はいよいよ、実際に調理してみるのだ。



「う。か、上山、さん。材料も調味料もごく普通のもの、ですよね?」


私は何とか麺を飲み込んだあとに訊いた。


「はい」


メタボ気味のパンダみたいなかわいいおじさんは、首をかしげてきょとんとした。


『世界一まずいレストラン』なんて、客寄せなだけのネーミングだ……なんて思った自分を愚かだと思う。




本当に、まずい。




どうしたらこんなにまずい物が作れるのか、本当に不思議なくらい。


でも私たちは調理過程を見ていた。特段変なものを入れていたことはなかったと思う。なのに‼



「7年前に先だった妻は、これをいつもおいしいおいしいと言って食べてくれたんです」


上山さんはしょぼんとうなだれながらつぶやいた。


「うーん。上山さんはトマトケチャップをお使いですね。ケチャップはメーカーによって味に差が出ますが、まぁそこは大きな問題ではないと思います。私はトマトペーストを使いますが。なんちゃって裏技でコンソメの顆粒を加える人もいます。でも、そこでもないような……」


私は首をひねる。


「はい! はい!」


カズマが手を上げる。


「ひとつひとつのバランスのせいじゃないですかね?」


「ふむ」


「そもそも何でこんなにべたべたと水っぽいんでしょうか」


なるほど……一理ある。


「これ……本当にお店で出しているんですか?」


「そうですね、そのまんま出してますね」


青ざめた橋本さんが質問すると、上山さんは何でもないようにうなずいた。





そして全員が呆然とする。





本当に、心から絶望的にまずい。



さて、どうしたものか。

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