13
第26話
ううむ……ある意味鋭いな、お嬢様。
「元カレじゃない。うちの店を買い取った人よ。兄が勝手に売っちゃったの」
「ああ。そういえばそうでしたね。サペレが買い取った文化財の洋食屋。紗栄さんのご実家でしたか」
「9か月間、適当にやり過ごすことにするわ。あちらも先生との取引のために通わないといけないみたいだし、しかたがない」
そう。気にしないようにしよう。
ほろ酔いで超ご機嫌の高柿先生は、牧田秘書がお迎えに来て黒いレクサスで去って行った。
「それではみなさんも、お気をつけて。来週から頑張りましょう」
私はにっこりと営業用スマイルで解散を告げた。
上山さんは「近所なので歩いて帰ります」と言って去って行った。浅井さんは駅前の駐輪場へ向かった。橋本さんは駅前のバスターミナルへ、田所さんと財前さん、カズマは駅へ去った。
「藤倉さんはお迎えが来るんでしょうか」
愛莉ちゃんの質問に、藤倉副社長は首を横に振った。
「いいえ、歩いて帰ります。お二人を見届けたら……」
金曜の22時前。繁華街は人出が多い。Sクラスの面々は
「私はもうすぐじいやが車で迎えに来ます」
「じいや……」
私は苦笑した。マンガかドラマの中だけかと思っていた存在。
「私は……歩いて帰るので。では! お先に!」
私は二人を取り残し、速足でその場を去った。
セレブはセレブに任せておけばいい。
ほとんど、逃げ足。背後で愛莉ちゃんが何か言いかけていたけど、聞こえないふりしてすたすたと必死に離れた。
金曜の夜、居酒屋が隣接する駅前はかなり賑わっている。会社員のグループ、学生の集団、カップル、友達同士、いろんな人たちが……みんな楽しそう。すでに道端で寝転がる酔っぱらいもいる。平和だな。
ぴゅううぅぅぅ……
北風が吹き抜ける。
私はウールのコートの襟を立てて顔をうずめる。白い息が、夜空に消えてゆく。
ぼんやりと歩いていたら、いつの間にか到着。2軒隣のコンビニの明かりに、虫のようにふらふらと引き付けられる。
酔い覚ましに、水でも買って帰ろうかな。
私はコンビニに入った。
それにしても、日本のコンビニって、本当に便利だな。何でもそろってるし、品物の充実ぶりは世界一だと思う。
「あ」
ん?
「……」
「!」
水の2リットルボトルを抱えてコンビニから出ると、道を歩いてきたらしい藤倉副社長が、私を見て立ち止まって声を上げた。
彼を認識して、私は驚いてペットボトルをぎゅっと抱きしめたまま一歩後ろに飛びのいた。
「えっ? なんで? まさか後をつけ……」
私が眉根を寄せると彼は両手と首をぶんぶん降って激しく否定した。
「まさか! 俺はこの近所に住んでるだけでっ!」
「ええ? この近所、ですか?!」
「そういうあなたは……あっ!」
ち、と舌打ちが聞こえる。私は困惑して立ち尽くしている。彼は恐る恐る訊いてくる。
「まさか?」
彼は2軒隣の高柿邸を指さす。
「えっ?」
もしや?
私も同じく指さす。
「ええ?」
「……あのばあさん」
「は? 何? どういうこと?」
「あそこに、最近引っ越してきたのは豊嶋さんなのか?」
「……まさか、隣に住んでる先生の知り合いの子って」
「……」
――なんなの。
どうしてよ?
お隣さんは、いま最も会いたくない人って……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます