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第24話
もはやすべてを諦めたような藤倉瑛士はのろのろと立ち上がり、大きなため息をついてから話し始めた。
「——藤倉瑛士、32歳、会社役員です。あるプロジェクトのため高柿先生に仕事の依頼をしていたところ、9月までこの教室に通えば承諾していただけるとのことで参加いたしました。よろしくお願いいたします」
へー、とかほうほう、といった声が聞こえてくる。やっぱり全員、彼が何者なのか知っているみたいだ。
「やけに説明的な参加理由ですこと。まったく、誰に説明してるのかしらね。それで、作ってみたい料理は何なのかしら?」
からかい口調の高柿先生に恨みがましい視線を送ってから、彼は観念したようにつぶやいた。
「……ハンバーグステーキです」
ハンバーグ……
「そうなのね。それじゃぁあなたも例外なく、手抜きしないで頑張ってね! さて、皆さん。顔合わせも済んだところだし、今日は新クラスの初日ということで、今から親睦会をしましょう。私も参加しますから、全員参加して頂きますよ!」
私は目を見開いて愛莉ちゃんを見た。彼女は慣れっこなのか、神妙な顔で私に頷いただけだった。
やられた。
高柿先生は、何かを企んでいる。
とよしま亭を失った私と、それを買い取った藤倉瑛士を会わせる意図は?
訊いても彼女のことだ、私が自分で気づかない限りはぐらかして教えてはくれないだろう。
料理会の重鎮ならば、料亭かはたまたフレンチか……とカズマがコソコソと囁いて来たが、私は考え事が多すぎて適当に聞き流していた。それどころじゃない。ほんの数日前、私はあの男の前で悔し涙を流し、レシピは渡さないと高らかに宣言したばかりだ。
もう二度と会いたくなかった。それなのに、今日からは私の生徒の一人ですって?
気まずい以外のなにものでもない。あっちだって、そうだろう。
牧田秘書が予約したと言って、高柿先生は教室から徒歩5分の落ち着いた居酒屋の個室に私たちを連れて行った。
「適当に一番豪華なコースにしておいたから、飲み物はご自由にどうぞ。ここは日本全国のお酒が飲めるそうよ!」
これに飛びついたのは「遠慮」という言葉をまったく気にしないカズマと、『世界一まずいレストラン』の経営者である上山さんだった。座った時点で意気投合して、二人ではしゃぎながら日本酒メニューを目を輝かせて見ている。
製薬会社の研究員の田所さんは下戸で、早期退職の浅井さんは断酒したらしい。
あとはみんな、適量をほどほどに飲む感じ。
私も弱いほうではないけど、ちょっと、飲む気分でもないからハイボール一杯くらいで遠慮しておいた。
「みなさん! SクラスのSは、
あ、先生、ウソついた。「特別」のSじゃないくせに。
料理界の重鎮は酔って陽気になって、無理なことを言い出し始めた。
でもすでに酔っぱらいだしたカズマは、「おっけぇ~ふみ子ちゃぁん~」とノリノリで真に受けている。他の人々はみな、80代とは思えない彼女のパワフルな飲みっぷりに圧倒される。
驚いたのは、愛莉ちゃんはいくら飲んでも一切、表情が変わらないことだった。赤くなることもない。真水を飲むように機械的なペースでグラスを煽る。
居心地の悪そうな藤倉副社長は、隅のほうで会社員の財前さん、研究員の田所さんと株の話をしている。
たぶん、彼も私を避けている。私も避けているし。初めから、好印象を持つ出会い方はしていない。
そして、前回の私の去り方も最悪だった。
これから9か月間、こんなんでやっていけるのかな?
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