10

第23話

「あのぅ、私、上山雄一と申します。53歳です。見た通りメタボ気味です。実は近所で食堂を経営していますが、あまりにもマズすぎて客が来ないので、素人の初心者クラスに入れてもらいました。おいしいナポリタン、作れるようになりたいです」


「何ていうお店でしたっけ?」


高柿先生の質問に彼はのんびりと答えた。


「はい、『世界一まずいレストラン』です」


「ええっ?」


私が思わず叫んでしまったので、上山さんは大きな丸っこい体をびくっと縮めた。それ……引っ越した日に信号待ちで何気なく見つけた店の名前だわ!


「あ、何でもないです。すみません。ありがとうございます、よろしくお願いいたします」


私はぺこりと頭を下げた。



「はいはい、ありがとうね、上山さん、じゃあ次は……田所さん!」


ぱん、と高柿先生が手を打つ。


「はっ、はいっ!」


中肉中背、スーツのジャケットを脱いだ白シャツ姿、会社の帰りに見える。色白ではだがつるりときれい。銀縁眼鏡を引き上げながら彼は言った。


「た、田所賢二と申します!製薬会社で菌の研究員をしています。あっ、42歳です。独身です。作りたい料理は……マカロニグラタンです。よろしくおねがいします!」


高柿先生が拍手をする。



「はいはい、ありがとうございます。紗栄先生に愛莉先生、田所さんはちょっと女性が苦手なの。だから目が合わなくても許してあげてね!」


あはは。おいおい肌がきれいになる菌について訊きださなきゃ。しゃべってくれるまでに時間がかかりそうだけど。


「じゃあ、浅井さん~」


「はい。浅井昭雄、58歳。早期退職して今は無職です。家族は猫が二匹。俺は……ポークソテーを作れるようになりたいんです。どうぞ、よろしく」


この中では最年長、田所さんとは対照的に浅黒くがっちりして背の高い浅井さんは、ぼそぼそと低い声で言った。私と愛莉ちゃんはよろしくお願いします、とお辞儀をした。



「橋本さん!」


「あ、は、はい、ええと……は、橋本繁明です! 37歳、主夫です。その……つ、妻が、お前のメシはマズすぎるから習ってこいと言うので、通い始めました。妻の大好物の……オムライスをおいしく作れるように、なりたい、です……」


一見すると優し気でさわやかなお兄さん風の橋本さんは、おどおどとしながら蚊の鳴くような声で恥ずかしそうにうつむきながら言った。習いに来ている理由は衝撃的ながら、みんな知っているのか関心がないのか、驚く人はいない。



「はいはい、頑張りましょうね! では今回からの新人さんたち! 平均年齢をぐっと引き下げてくれたわね!」


「はーい! じゃ、僕! いきます! 吉川和真、27歳、ホテル勤務です! 小さいころ食べた鴨のコンフィ、作れるようになりたいです。よろしくお願いします!」


「元気でいいわね。このクラスにしてはコンフィは難度が高いけど頑張ってちょうだいね。では、そのお隣のかた」


高柿先生はカズマの隣に座った財前さんを手のひらを上に向けて指し示した。



「あ、はい。僕は財前直哉と申します。30歳、会社員です。その……す、好きな人に料理を作ってあげたくて……申し込みました。僕は、クリームシチューを作りたいです」


スーツ姿の財前さんは完全に会社から直接来たようだ。はにかむ姿は尊い。


「あらぁ。頑張ってね! では、最後、遅刻してきたあなた」



高柿先生はもう一度手をぽんと打って、向かって左奥に座った藤倉瑛士を見て口の右端をにやりと上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る