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第17話
引っ越し。
こんな時にこそ、千尋がいればいいのに。そもそも、あいつがお金を持ち逃げ(?)しなければ、引っ越すこともなかったけどね。
高柿先生の持ち家のひとつ、その物件は教室から歩いて15分の距離にあった。
一見すると、3階建ての二世帯住宅。
あるいは、豪華な低層マンション。
ブラウンストーンのこじゃれた外観、1階は車庫。ここは外からシャッターを開けないと中は見えない。千尋がおいて行った車を一応持ってきて入れた。
中央の階段を上がって2階に行けば、左右に玄関。つまり、広い建物には2組しか住めないのだ。それが二世帯住宅っぽいなと思ったゆえん。私の部屋は階段を上がった右側。
部屋はメゾネットタイプで、部屋の中にある内階段を上れば上階にも部屋がある。
「お隣には誰か住んでいるんですか?」
手伝いに来てくれた愛莉ちゃんが首をかしげる。
「多分ね。でも気にしなくていいって、高柿先生がおっしゃってた。あんまり家にいないみたいなことを聞いたわ」
「そうですか。まあ、先生のお知り合いなら心配はないでしょうね」
明日は初七日。お母さんと二人でお父さんの墓参りを済ませたら、明後日はお母さんの引っ越しだ。
家具付きなので、スーツケース三つ運び入れたら終わり。2軒隣にコンビニがあるので、そこから飲み物とお弁当を買ってきて二人で食べた。
「ここはキッチンが大きいですね。高柿先生らしいです」
ダイニングテーブルからキッチンを眺めて愛莉ちゃんが言う。確かに。調理器具は何でもそろっている。料理を作ることをよく考えられた作りになっていると思う。
自分の包丁セットも持ってるけど、ここのキッチンも包丁のラインナップは見事なものだ。和包丁、洋包丁、中華包丁までそろっている。冷蔵庫は大きいし、アイランドキッチンのカウンターも広い。調味料もハーブも店を開けるほど充実している。
「まさにこの家は……パラダイスね!」
「ええ。料理人にとっては、まさに」
午後2時、たいして手伝ってもらうこともないので、愛莉ちゃんは帰った。
私は千尋の車に乗って郊外のショッピングモールとスーパーマーケットに出かけた。
日用品とベッドリネン、部屋着や食料を買い込んで新居に戻る。近所まで来て信号待ちをしていると、何気に見上げた雑居ビルの看板が目に入った。
『世界一まずいレストラン』
ハンドルを握りながら、思わず笑ってしまった。
ウケ狙いの変なネーミングの店は数多いけど、名前につられて興味本位で行った客が「なぁんだ、まずくないじゃん!」という落ちを期待してつけたとしか思えない名前。
信号が変わったので、発進してそのまま受け流してしまったけど。
どんな店なのか、ちょっと興味がわいた。
車庫に車を入れて何回かに分けて買ったものを部屋に運ぶ。最後の荷物を上げ終えたところ、ドアを開けているとちょうど隣のドアが開く。
音に反応してとっさに振り返ると、50代くらいの女性がエプロン姿で鍵を閉めているところ。
挨拶しようか? でも、なんか、住人ではなくて家政婦さんっぽい。
とりあえず無難にお辞儀だけしておいた。
女性も丁寧にお辞儀を返してくれた。
「隣には知人の子が住んでいるんだけど。その子からは家賃をもらってるから、ただで住んでいるのは内緒ね?」
高柿先生はそう言っていた。
家政婦を雇えるなんて、愛莉ちゃんみたいにお金持ちの子なのかもね?
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