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第16話
とよしま亭がおじいちゃんの代のころ、店には支配人がいた。
それがカズマのおじいちゃんの村田修造さんだ。黒いタキシードを粋に着こなして、店内のすべてにスムースな采配を振るう。口髭の手入れはミリ単位までぬかりなく、何年も同じ長さを維持していた。
彼には娘がいて、お嫁に行って吉川さんになっていた。彼女が産んだ息子が
年が近かったことで、千尋と私はお守りをしていたことがある、といっても、千尋は私に泣き虫を押し付けていつもどこかへ逃げてしまっていたけど。
「なつかしいなぁ、ホント! 紗栄ちゃん、すぐにわかったよ! ここ、これのせいで!」
カズマは嬉しそうに自分の左の目じりを指さした。そう、私の左の目じりには、泣きボクロがふたつ並んでいる。
「ていうか、それがなかったらわかんなかったかなぁ。今、めっちゃ美女じゃんっ!」
「あんたは言われてみれば泣き虫だったころの面影がありありだわ」
私たちはそのケーキ屋のカフェで話している。
「僕はこの隣のホテルで働いてるんだよ。フロントデスクにいるよ。同じ職場のカノジョがここのケーキ食べたいって言うから、退勤してすぐに買いに来たんだ」
私は父が亡くなって帰国してからのことを大雑把にカズマに話して聞かせた。
カズマはしょぼんとした。犬だったら耳が垂れ下がっていただろう。
「おじさん、亡くなったんだ……ご愁傷さまです」
「うん、ありがとう。そんなことが言えるようになったなんて、あんたも大人になったのね」
「いや、僕もう27だから。それで、その、料理教室、まだ生徒募集してるかな?」
「なに、興味あるの?」
「うん。小さい頃にとよしま亭で食べた鴨のコンフィが忘れられなくてさ。どんな店で食べても、同じじゃないんだよ。あれ、教えてほしい」
「ふぅん。私の担当クラスは、落ちこぼれクラスらしいよ」
「あ、別にそれでいいよ。どうせ僕も包丁持ったら乱切りしかできない人だから」
「そっか。じゃあ、アシスタントに申し込み法を訊いておいてあげるよ」
「やった! よろしくね!」
ぐすぐすと泣きながら、私のスカートのすそをつかんで後をついて回っていた男の子は、私よりも背が高くなっていた。いつも見下ろしていたから、不思議な気分だ。というか、大人になったカズマなんて本当に不思議ないきものを見ているような変な感じだ。
私たちは連絡先を交換して別れた。
私が車をとめたのはカズマの働くホテルの地下駐車場だった。
「これからもとめるなら、僕が駐車券処理してあげるね!」とカズマはさわやかに言った。まぁ、駐車場代くらいは払うけどね。
家に帰り、カズマのことを話すとお母さんも驚いた。
明日は高柿先生の持ち家に引っ越しだ。
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