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第15話

現在、Sクラスの生徒は4名。去年の10月からスタートの10期生で、「編成」されたのが12月。今はいろいろな講師が交代で面倒を見ているらしい。


ひとりひとりの情報を愛莉ちゃんから聞いて、崖っぷちにいるとはいえとんでもない人たちの面倒を見ることになったと困惑してしまった。



翌日に引っ越しを控えていたので、とりあえず夕方に解散した。愛莉ちゃんが手伝ってくれるというので甘えることにして、また明日、とビルの入り口で別れた。




「前途多難だなぁ」


思わず、本音をつぶやいた。夕方の駅前はラッシュアワーでごった返している。近くの大きなホテルの地下駐車場に、千尋の車をとめてある。わたしの貯金まで勝手に持って行きながら、車はなぜか残していった。良心がとがめた? いや、きっと、契約金で新車でも買うつもりなのだろう。そういう奴だ。おかげでどこに行くにもアシがあるから便利だけれど。


とぼとぼと歩いていると、大きな洋菓子店に気が付いた。思わず足を踏み入れて店内を見回す。


(一応、就職できたことだし、お母さんとケーキでも食べようかな)


ショーケースを覗き込むと、美しいケーキが並べられている。イチジクのタルト、レモンメレンゲパイ、和栗のモンブランに……


「……あと、ミルフィー……」


「ミルフィーユひとつ」


言いかけたとき、隣にいた別の客と声が被った。はっ、とお互いを見る。


あれ? 男子がひとり。


ショーケースには、ミルフィーユは残り1個。


「……」


「……」


ふと苦笑して、私は左手を手のひらを上に向けてひらひら振った。死んでもミルフィーユが欲しいわけじゃないから……


「……どうぞ。譲ります」


するとその男子は大きな目を見開いて首をぶんぶんと横に振った。


「あ! いえ! 僕のほうこそお譲りします!」


「別に違うのでも、いいんで」


「いや、どうぞ、僕は! こっち、レアチーズパイにします!」


それぞれを応対している店員たちは苦笑している。


「あ、じゃあ、お言葉に甘えて私がもらいますね。ありがとう」


「いえいえ」



箱詰めと会計を待っていると、どうも横からの視線が気になる。さっきの男子が自分をじっと見ていることに気まずさを覚える。ケーキ屋で一つしかないケーキを同時に注文なんて、漫画かドラマみたいな展開だけど……それは一目惚れされたから見つめられているわけではない、と感じる。


(なんなんだろう、この子……)


年下だよね? それともスーパー童顔か? 黒いラブラドールみたいな感じだ。


「あの……もし違ったら、申し訳ないですけど……」


彼はついにこっちに向かって言葉を発した。


「はい?」


「お名前……紗栄ちゃん、じゃないですか?」


「えっ? そうだけど?」


男子の顔にぱあぁぁぁっと笑みが広がる。


「ああ! やっぱり! 紗栄ちゃんか!」


私は眉根を寄せる。


「え? あの……? 誰?」


「カズマだよ! ちっちゃい頃、一緒に遊んだでしょ? 僕のおじいちゃんは村田修造だよ!」


(はっ……。村田、修造? 修造さん? じゃあ、この子は……)


「カズマ?! あの泣き虫カズマ?」



にこにこしながらうんうんとうなずくカズマに、私は口をぽかんと開けたまま、店員に呼ばれるまであほ面をさらしていた。

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