Sクラス!
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第14話
「はじめまして。松原愛莉と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
つやっつやの黒髪を地味に後ろでひとつに束ね、赤いフレームの眼鏡をかけた小柄で色白のやせた女の子が、ロボットのように無機質なしゃべりかたで自己紹介をして礼儀正しく直角で頭を下げた。
「女の子」と呼べるくらい初々しく、本物の少女よりも少女らしいピュアな外見だが、立派な「女性」だ。年は27歳だと聞いている。
「はじめまして。豊嶋紗栄です。どうぞよろしくお願いします」
私も頭を下げた。3歳くらいしか違わないはずだけど、めっちゃ幼く見える。
そこは高柿調理専門学校の別棟のひとつ、駅前のビルの3階にある調理室。
私の担当する一般人向けの料理教室が開かれるところ。
「同じ大学ですね。先輩とお呼びしてよろしいでしょうか」
あまり表情は変わらないながら、愛莉が小さな鼻の穴をふんすと丸くして言った。
「はは……いいですけど、できれば名前で呼んでください」
「はい、では、紗栄さん?」
「はい、それで。私は愛莉ちゃんと呼びます」
「えっ……?」
初めて、少し驚いたように目を見開く。
「うん?」
「あ、あ、いえ、今までそう呼ばれたことがなくて」
「イヤ? 変えようか?」
「いえ。それで結構です」
「愛莉ちゃん。わかった。愛莉ちゃんね」
にたり。
愛莉は悪代官のような不敵な笑みを浮かべた。だがそれは悪だくみのためではなく、感情表現が下手なためだとEQ高めの私は気づいた。やれやれ。高柿先生の言っていた意味がなんとなく分かってきたと思う。
(っていうか、先生ったら……)
知り合いの娘さんとは聞いたが、愛莉は日本食育文化振興協会の会長である松原伸之介の孫で、株式会社松原食品の代表取締役の三女だ。高柿先生ほどの大物の知り合いなら、やはり大物の可能性が高いことに気づかなかったなぁ。
(泣かしたり、機嫌を損ねたりしちゃいけないかも。やさしくしないとね……)
「早速だけど、私たちが担当するクラスの生徒たちについて、教えてくれる?」
「かしこまりました」
愛莉はピカピカの調理台にひとつにアイパッドをスタンドに立てかけて、その画面をこちらに向けた。
「調理学校は調理のプロを育成するための専門学校ですが、主婦やOLなど一般人向けに週通いの料理教室も開いています。金曜日夜間のクラスは、その中のひとつです」
「うんうん」
「平日昼間のクラスは主婦や退職者が多いです。平日夜間クラスはおもに働いている社会人、休日クラスは社会人、学生など多々入り混じっています」
「ふむ……では、金曜の夜間は?」
愛莉は苦笑いを浮かべながら説明を続ける。
「はは……そのクラスを講師の方々は『Sクラス』と呼んでいるんです。ちなみに、もともと募集要項には無いクラスだったんですよ。高柿先生がほかのクラスから選抜して編成されたクラスなんです」
「選抜、編成……」
(ひどいクラスだと聞いたけど……?)
「いいかえれば、他の生徒さんに迷惑のかかる人たちを引き抜いて寄せ集めたというか……」
ああ、と私は納得してうなずいた。
「つまりは、表向きに言えば伸びしろが一番多いクラスで、素直に言えば落ちこぼれクラス、ということね?」
「はい、そういうことになります」
「……」
「……」
ははははは。
私たちは乾いた笑顔を向け合った。
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