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第12話
「お弟子さん……ですか?」
私は首をかしげた。
「ええ。あなたの大学の後輩にあたるわね。私の知人の娘さんでまあ、いうなればお金持ちのお嬢さんなんだけど……ちょっと残念な子なの。頭はいいし料理の技術も素晴らしいのに、心のこもった料理とはどんなものなのかがわからないのよ。普段から喜怒哀楽の表現力も乏しいし。今のままでは人に料理を教えるなんて絶対に無理ね」
「はあ。それはまた強敵ですね」
「彼女をあなたのアシスタントとしてつけるから、一緒に育ててもらえるかしら?」
「はい、何とかしてみます……」
ははは、と苦笑してこくりとうなずくと、高柿先生の目がきらりんと光った。
「ぜひ、お任せするわね。では雇用の条件について話し合いましょうか」
「はい……」
――この雇用条件は、かなり特異なものだった。
*2月の初めの金曜日から9月の3週目の金曜日まで、毎週金曜日の18時から20時半までのクラスを担当して料理を教え、9月末のコンテストに出る準備をさせる(ついでに、高柿先生のお弟子さんも育成する)。
*給料は毎月30万円、6月にはボーナス(契約継続ならば12月に)も出る。さらに9月の料理コンテストに教室の誰かが入賞すれば、特別手当ももらえる。
さらにさらに……
「あなたのお母さまには、私の別荘を管理していただきます。そこに住んでいただくということよ。聞けばお母様のご実家の近くだそうだから、お姉さまとも時々会えるわね。そしてあなたには、教室に近い私の持ち家のひとつに住んでもらうわね。家具付きだから引っ越したその日から普通に暮らせると思うわ」
どちらも家賃はナシよ。お母さまには管理人としてお給料も支給するわ! と高柿先生はにっこり微笑んだ。
「そこまでしていただいては申し訳が立ちません」と恐縮すると、「独り身の老人の道楽だと思ってくれればいいのよ?」とやんわりとかわされてしまった。
ひと通り話が済むと、牧田さんが入ってきて契約書を渡された。
私にばかり好条件の契約でいいのだろうか?
兄の千尋によって地獄に突き落とされた翌日、私は神様に拾われた気分だった。
どうせ、失うものはもう何もない。
これで高柿先生のお弟子さんがどんなつわものでも、私の受け持つクラスがどんなにポンコツでも、絶対にやり遂げようと私は心を固めた。
まさかこれがのちに別の地獄で別の悪魔との悪の契約だったと気づくとは、夢にも思わずに。
私はこの時、日本の料理界の重鎮に見事にハメられたのだった……
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