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第11話
「昨日のことは、お母様から聞いたわ。大変だったわね」
「はい……」
私はうつむいた。
「私が若いころ、苦労して女料理人の地位を確実なものにした話は、知ってるかしら?」
「はい、たしかテレビで連続ドラマにもなりましたね」
「そうだったわね。成功して有名になったころ、正直言って私はかなり有頂天だったのよ。みんながちやほやするものだから、勘違いしちゃってね。おごり高ぶっていた時があったわ」
高柿先生はおかしそうにくすくすと笑った。
「そんなころにね、昔同じ厨房で修行していた先輩が家業を継いだというので、食べに行ったことがあったの」
「それがうちのおじいちゃんですか?」
「ええ。女だからというくだらない理由でいじめられていた私を、いつもかばってくれた先輩だった。彼の眼は曇っていなかったから、尊敬していたのよ。だから開店祝いに、有名になったから私が行けば店に箔が付くじゃない? でもね、料理をいただいた時、私が大間違いしてたことに気づいたのよ。ビーフシチューをいただいたんだけど……衝撃的だったわ」
「衝撃的?」
「ええ。自分の料理の腕が評価され、そのあとは栄光だけが独り歩きして、名前と顔が売れてテングになっていたのね。そんなうぬぼれた私をびしっと律してくれたのよ、あなたのおじいちゃんの料理は。おいしい料理は食べる人のことを思って、丹精込めて作るものだってね」
「……」
「おいしい料理は食べる人のことを思って作る」はおじいちゃんの口癖だった。
「横っ面を厚切りの生肉でべしーんと張り飛ばされたみたいな衝撃を受けたわ。おかげで原点に立ち戻ることができたけどね」
高柿先生は袖の陰でくすくすと笑った。
「あなたのおじいちゃんには、返しきれない恩があるの。だからぜひ協力したいわ」
「あ、ありがとうございます……」
「あなたにしてほしいことは、料理教室の講師よ」
「は?」
「ある特別クラスの生徒たちを、料理ができるようにしてほしいの」
「あるクラス、ですか?」
「そう。その一クラスだけ教えてくれればいいの。とにかく、絶望的な人たちなんだけどね。センスはないけど、やる気は満々あるのよね。それでその人たちを料理コンテストに出して、入賞させてほしいの」
「うーん、私にできるでしょうか?」
「やってみることね。その教室は来月の1週目の金曜日から担当してもらうわ。教室の卒業と料理コンテストは9月よ」
「料理コンテストというのは、どんなものですか?」
「うちの全国の調理学校が一般人向けに主催している料理教室の生徒たちのためのコンテストよ。教室で習った料理を披露するの。テーマは常に、『大切な人に食べさせたい料理』」
「ちなみに、何の料理でもいいのでしょうか?」
「そうね。最初にアンケートは取ってあるの。どんな料理を作れるようになりたいか。なるべく希望は訊いてあげてほしいわね。あなたの担当するクラスは確か、みんなとよしま亭の定番メニューにありそうな料理だわ」
「なるほど……」
「もちろん、素人の方たちなので、プロの料理人のようになる必要はないの。料理を通して彼らが幸せな気持ちになってくれたら、それでいいと思うわ」
私は何度も小刻みにうなずいた。
そのクラスがどんなクラスなのかはまだわからないけれど、高柿先生が私に何をさせたいのかがなんとなくわかったような気がしてきた。
「生徒だけじゃなくてね、私の弟子のこともちょっと一緒にお願いしたいの」
高柿先生はふふふと笑んだ。
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