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第10話
そこは大きなビルで、回転扉を潜り抜けて中に入ると艶やかな御影石の床の広がるロビー、正面奥にはホテルのレセプションのような受付があった。昨日意気込んで押し掛けたサペレのロビーよりも広い。
すこし気おされ気味のまま、奥の受付に歩み寄る。
「あの……豊嶋紗栄と申します。3時にこちらに伺うようにと、高柿先生の秘書の方に言われました」
受付には紺色の制服姿の20代前半の、人形みたいにかわいい女性がいて笑顔で答えてくれた。
「はい、豊嶋様ですね。伺っております。あちらで少々お待ち願えますでしょうか。只今、迎えの者をお呼び致します」
受付嬢に指し示された籐製のソファにおとなしく向かう。
ぽそっと腰を下ろし、あたりを見回す。
吹き抜けの天井、明るいロビーはまるで美術館みたい。
「お待たせして申し訳ありません。豊嶋紗栄様」
はっと我に返り声のするほうを振り返ると、スーツ姿の30代後半くらいの男性が立っていた。細身でのんびりした感じの眼鏡の男性だ。彼は懐から小さなケースを取り出し、その中からカードを一枚取り出して私に差し出した。
「はじめまして。高柿ふみ子の秘書の、牧田と申します」
私立高柿学園 理事長秘書 牧田
私は立ち上がり、両手を差し出して名刺を受け取った。
「あっ、はじめまして、ありがとうございます。豊嶋です。あいにく、帰国直後で名刺を持ち合わせておりません」
「はい、存じておりますのでお気になさらず。まずはこの度はご愁傷さまでした」
「恐れ入ります」
「では、ご案内いたします」
牧田さんとエレベーターに乗り込み、上階へ。
33階。
廊下の一番奥の正面の扉。
「理事長、豊嶋様をお連れいたしました」
「はいはーい。ありがとうさん。お茶、お願いね牧田」
「承知いたしました」
牧田さんが出て行くと、陽気な声が言う。
「いらっしゃい。お待ちしていたわ。さぁさ、座って座って」
ソファを示されて私はまず頭を下げた。
「こんにちは。ほ、本日は、お時間ありがとうございます!」
「いいえ。連絡嬉しいわ。とりあえず、座りましょうね?」
「はい」
うわぁ。
わかるかな? 私のこの高揚感。
野球少年が、差しでオオタニ選手に会うような感じ。
推しに一対一で会える嬉しさと緊張。
大島紬って言うんだっけ? 紺色の着物。カスリで椿の花の模様が織り込まれている。つややかな灰色の帯にエンジの帯締めと帯揚げ。細身の老女によく似合っている。
「ご愁傷様だったわね」
「痛み入ります。葬儀にもお越しいただいたそうでありがとうございました」
「どういたしまして。お父様はほんとうに残念だったわ。あ、私のことはご存じだったかしら?」
「あっ、も、もちろんです! 高柿先生は、私の母校の名誉教授でもいらっしゃいますから」
「あら、そうなのね。それにしても、大きくなったこと。最後に会ったのは、5歳くらいだったかしらね……」
「あのぅ……昨日母から聞いて初めて知りました。15歳の誕生日の包丁、どうもありがとうございました」
「あはは。どういたしまして。ええ、たしかに、そんなこともあったわね」
「今でも愛用しています」
「そう。イタリアに行ってたんだったわね」
「はい。まだまだ学ぶことは多かったんですが……」
私が視線を落とすと、高柿先生は細かくうなずいた。
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