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第4話
結局、一睡もできないまま明け方にベッドを出た。
クマがすごい。
15時間のフライトに加えて、安眠できない二日目の朝。ああ、実家にはエスプレッソマシーンなんてないから、細かくドリップした豆を多めにネルドリップしてマグカップになみなみと注いで一気飲みしてみた。
サペレ。
大企業藤倉グループが手掛ける外食産業の新会社。「食と文化」を企業理念として、あらゆるタイプのレストランを手掛けている。とよしま亭のような文化財に指定された老舗のレストランや旅館を買収したり、リゾートホテルの独特の雰囲気のレストランを演出したりしている。
眠れずにベッドの上でネット検索して、徹底的に調べてみた。
まずは敵を知る必要があるしね。
契約書を見る。
契約者 豊嶋千尋、藤倉瑛士。
藤倉という苗字ならば、経営者一族のひとりに間違いないだろう。
藤倉瑛士、検索、ポチっと。
「……なんだこれ」
布団の中で眉をしかめてうなる。
藤倉瑛士、32歳。藤倉グループ会長の次男で株式会社サペレの副社長。関西で一番偏差値の高い国立大学の経済経営学科卒、経営管理学修士。四年前、サペレ創設時に副社長に就任。その経営手腕は欧米の経済誌に『世界を動かす100人』に選ばれたほど。
「これじゃあうちのバカ兄が丸めこまれても仕方ないか……」
敵は手ごわそうだ。
それにしても?
なぜ文化財とはいえ、たかが街のちいさな洋食屋の買収に、大企業の副社長自らが出てくるのだろうか?
他の書類を見ても、代理人を立てている様子は見て取れない。
バカ兄に頭にきて部屋に戻ってから、封筒の中に名刺を見つけた。
株式会社Sapere 総務部 片瀬 美里
秘書だろうか? 遅い時間だったけど、とりあえず書かれていた携帯番号にかけてみる。
ワンコールで声がする。
「はい、株式会社サペレ、総務部片瀬でございます」
上品な若い声。
「あの、夜分申し訳ありません。わたくし、豊嶋紗栄と申します。恐れ入りますが、副社長の藤倉様にできるだけ早くお会いしてお伝えしたいことがありまして……あの、とよしま亭の売却の件です」
電話の向こうの声は、私が何者なのか知っている様子でああ、と呟いた。
「かしこまりました。それでは副社長に連絡を取りまして、明日にでもお電話を差し上げてよろしいでしょうか」
「できれば、今日中にお願いいたします。緊急なんです。何時でも結構です、お返事をお待ちしていますので」
かなり強引な私の申し出に、秘書らしく女性は快く「かしこまりました」と答えてくれた。
15分後、私のスマホが震える。
「株式会社サペレの片瀬でございます。明日の朝9時から9時半までの間でしたら、お会いできるとのことです。弊社の受付にて、面会をお伝えくだされば、お迎えに上がります」
速い。秘書もさることながら、副社長もデキる人に違いない。
動悸が激しくなる。でも、引き下がれない。とよしま亭は、紙切れひとつで諦めることはできない。
絶対に!
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