イタチ

第1話

夜明けの海岸線を、一隻の船が、蒸気を上げながら進んでいく

それは単純に朝もやに紛れて、そう見えているだけかもしれないのである

日に照らされたように、一つの線の向こうからは、丸い光源が向こうのほうへと浮かんで行っており

白い遠隔を、隔てた、泡の筋が、それを、距離的感覚をつかむように、並んで見える

その前を、立ちふさがるコンクリートの四角い棺桶の連結のような、灰色の箱が、砂浜に立ち並び

国道に並走するような、小さな縁石の外側を歩く男の姿があった

肌寒い中に車の行き来は、時折通るコンビニに配達する小さな軽トラック位のもので

それ以外にはあまり車の行き来はない

男は、何の目的があるのかもわからなかったが、ただ、散歩するかのように、その長い、道をあるいて、トンネルへと消えていった

海沿いにある、もろい岩室の山をくりぬいた、その端だけ穴の開けられた山の中にある

トンネルを通って、表に出た、その男は、海に面したコンビニに入る

先ほど通りすぎたトラックが、荷物を下ろしながら、青いかごを、地面へと積んでいる

その横から、ガラスでできた自動ドアを通って、中に入った男は、数分して、白い袋を出して、戻ってきたまま、歩き出す

日光は、水平線を離れ、わずかに、地平線から浮き出たように、ぼんやりと、ピンポン玉くらいの大きさを、その海に、風景画のように浮いていた

この場合は、人物画とでも称するべきだったのであろうか

しかし、男は、特に何かをするようなものも特徴もない

通り過ぎれば、特に記憶を思い起こす、しおりもないような男なのである

男は、高くも安くもない

五千円くらいのトレッキングシューズを履いていた

それは、特に何かを言われることも、また、何か意思表示をしている風でもない

誰かに見られたからといって、また、見せるための物でもなさそうである

くすんだ白色なのは、日光にさえぎられた

大きな箱の陰にあるせいかも知れなかった

先ほどまでの、箱は、砂をせき止めるためか、波の防波堤の意味合いも強かったのであろうが

次第に、上り坂を超えた先にあるのは、穴を、開けた、虫食いのもろい岩の上に、ちょこんと、人間がそこから先に落ちないようにするための

そんな箱なのだ

男は、歩きながら、しばらくすると、袋の中に、手を突っ込んだ

その腕には、安物の時計が、括り付けられていた

袋に突っ込んだ

腕の先端が、すぼんだジャージのような服は、しかし、運動の為というよりも、一見すると、サラリーマンのスーツのように見えなくもない、雰囲気を醸し出しても見えた

中から出した、ビニールの包装をされた

袋の中には、何かを挟んだ、細長い、軽くかさかさしたパンが、入っている

びっしりと書き込まれた、原材料の上のほうに、わずかに、はちみつのようなものと書かれていたが

果たして、男は、その長いものの

下のほうを手に持つと、そのまま、大きな口を開けると、その先端を、くわえこんだ

その間にも、朝日は、ゆっくりと、頭上へと、上がろうとしている

男を中心として世界が回るように

男からは、太陽を、見ることができるが

それを、無視するように、男は、一軒の掘っ立て小屋のような、白く風化した木の壁

そして、赤いトタン屋根の低い一軒家に入る

鍵は最初から閉められていないらしく

男が手をかけるままに、それは、横に開いて中に、入り込んだのである

しばらくすると、スーツを着込んだ、男は、そのまま、先ほど通った道を、引き返し

国道に出ると、道に出ている、看板の前に立った、まるで男専用のバスターミナルのようである

しばらくしないうちに、目の前には、錆が浮き始めた大きな赤いバスが、止まる

それは、まだらに、思いついたように、クリーム色を黄色にまっぜ多様な色が、大半をつつみ

ポイントポイントに、赤が入り込んでいた

それに乗ると、いつものように、男は、整理券を、購入する

三十分ほど、男は、何を見るわけでもなく、前を向いていた

男が下りたのは、先ほどとは違う、かなり都会というわけではないが

店が、密集し、まばらに民家のある、町とでもいう風の場所である

それでも、シャッターや隙間は、ごまんとあり、その中を、男は歩いていく

つぶれた店は、今なおがらんとした風景を残し看板には過去の遺物を書き残しているが

それを変化させるようなものはいない

通りを歩く人間は、多少衣装に気を使っているが

それでも、その内部には、衣装どうこうよりも、共通認識による、疎外からの脱却的イメージを、感じさせた

空には、ぼんやりと、青白い平面に、白い雲がちぎった綿のように、くっつけて濁されていく

男は、その中でも、異質であった、こんな田舎では、サラリーマンでさえ、車が無ければ通勤もままならない

それでも、歩いて、進んでいく

その服装は、一種異質でさえあるのである

バスから降りて、数分が経過した

川沿いの発電所のような四角い建物が、突如、田んぼや畑のわきに立っている

民家がないわけではないが、それでも、そのような真四角なものではない

その存在の中に、男は、入っていく

中で、下水道関連の仕事を、おえた男が、家路についたころには、バスの外は、暗く

冷たい外気を遮断するように

バスの内部は暖かく

落ち着いたように、数人の乗客は、背に椅子を、落ち着かせている

高校生が、帰るような時間よりも、一つ遅いバスの中は、ただでさえ、数人を入れて十分の一以下の乗客率で、発車するほどに、少なかった

海沿いの空気は、塩を含み、さらには、太陽の隠れてしまった今、気温は徐々に減少を、朝日が戻るまで減り続けることであろう

その閉めっぽさを、遮断した、バスから、男は、自分の降りるバス停の前で、立ち上がると、地面を踏んだ

そのまま、いつものように、国道沿いの小さなコンクリートを隔てた道を歩き

しばらくして、暗い中を、国道を、横切り、上のほうに、歩き出す

海の反対側の山の中には、つたないコンクリートに、砂利を混ぜた、でこぼことした、道が、細く続いているが

なれているのか、男は、暗闇の中であったが、歩き続ける

木立の中、道は、あるところで、コンクリートの灰色の白い道が途切れる

闇の中で浮かんでいた道は、突如途切れたように暗くなる

それでも、男は、同じようにあるきを続けている

道は、それでも、整えられてはいるらしく、それなりの道幅を絶えず続かせ

草が生えないほどに整備されている

それ故に、判別は多少できるのであろう

しばらく歩いていたが、不意に、目の前を、何かが流れていく

川である

わずかに、橙色に、照らされ、水面が見え隠れする

男は、そこにいたが、川辺にも目もくれず、ただ数分

そこにいて

また通り過ぎるように、帰って行った

これは、朝のことかもしれないのである

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イタチ @zzed9

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