4.ヌシと暴走

「ミ、ミラン。これはいける……?」

「む、無理よ……! 魔力が満タンでもそこそこにキツイわ!」

「勇者パーティーのメンバーなのに……?」

「一人じゃ無理だからパーティ組んでるのよ! 流石にヌシはキツイわ!」


 勇者パーティーに選ばれたのにと思わなくもないが、確かにウルフルのヌシの大きさは、ゼツの背丈の二倍もあった。魔王の魔力を吸って大きくなったと言われているヌシは、確かに先ほどのファイアボールなど全く効かなさそうだ。恐らく上位魔法を使えばなんとか倒せるのだろうが、通常のウルフルの時と違い、庇いきれないだろう。

 それならもう、選択肢は一つだった。


「ミラン、目くらませの魔法はどう!?」

「それなら問題ないわ! でも、あたしの足……」

「いいから! それより急いで!」


 ウルフルのヌシは、どちらかに狙いを定め今にも襲い掛かろうとしていた。ミランも細かく聞く暇はないと思ったのか、ウルフルのヌシに向かって手を向ける。


「ブラスト!!」


 瞬間、ゼツはミランに向かって走り出す。同時に聞こえる爆発音と砂煙。その砂煙に飲まれる前に、ゼツはミランを抱き上げ、ウルフルのヌシから離れるよう走り始めた。


「えっ、ちょ!?」

「やっぱ軽いじゃん!」

「ほんとあなた、戦闘訓練してないの!?」


 実際、今の体になる前であれば無理だっただろう。持ち上げることはできても、すぐに疲れてバテるはずだった。

 けれども今は、痛みだけでなく疲れも感じないらしい。疲れ知らずになったこの体では、ミランを抱えて全速力で走っても平気だった。

 けれどもあくまで平均の男子レベルの走力。勿論オオカミの速さには敵わない。


「ちょ、やっぱ追いかけて来てるわ!」

「やっぱり……?」

「これ以上は考えてないわよね……!」

「勿論何にも!」

「あー、もう! もう一回、ブラスト!」


 けれどもウルフルのヌシも今度は跳んで避け、そのままゼツ達を飛び越えてゼツ達の前に立った。そしてそのまま、ゼツ達の方へ牙を向ける。


「ミラン、受け身!」

「へっ!? ちょっ、きゃっ!?」


 ゼツは、力の限りミランを遠くへと投げた。瞬間、何かに体が挟まれる。それがウルフルのヌシだと気付くのに、時間がかからなかった。

 勿論、痛みはない。体を歯が貫通している様子も無かった。


「ゼツ!!」


 対してミランは、泣きそうな顔でこちらを見ていた。出会ったばかりの自分にもそんな風に心配してくれる、そんなミランの姿にゼツの心は少しだけ温かくなった。


「俺は平気! 言ったでしょ! 無敵って!」

「で、でも……!」

「今のうちに隠れて! 俺に気を取られてるうちに!」


 実際、ウルフルのヌシは嚙み切ろうとしているのか、何度か圧力がかかった。けれどもなんともない。改めて凄い体だと他人事のよういぼんやりと思った。

 と、突然ゼツのバランスが崩れて下にずり落ちる。どうやら、噛むことを諦めたらしい。どうにかして自分に注意を引かなければと思いながら、ゼツは地面に落ちた。


 けれども逆に、ゼツの注意が別のものに引かれてしまった。勢いよく投げたからか完全にはだけたミランのスカート。けれどもゼツに気を取られ、ミランは自分の状態に気づいていなかった。

 しかも、落ちた場所が、丁度良く見える場所だったから仕方ない。目の前にあったら、見てしまうのは仕方ない。


「うさぎの……、白パン……」


 瞬間、慌ててミランの手によって、それは隠された。ミランを見ると、顔が今まで見たことがないほど赤く染まっていた。


「最低!!!」


 その瞬間だった。何かすさまじい風にゼツは吹き飛ばされた。

 次に目を開けると、森は燃えていた。いくつかの木は折れ、その中心にミランが倒れていた。


「ミラン!!」


 慌てて駆け寄ったけれども、意識は無かった。ふと、ウルフルのヌシの存在を思い出す。ウルフルのヌシもまた、ゼツと同じように飛ばされ、そして力尽きていた。


 とりあえず、と、ゼツはミランを無理やり背負う。恐らく火の中にいても、ゼツは大丈夫だろう。燃えている場所を通り過ぎても、熱さも何も感じなかった。

 けれどもミランは違う。火も、そしてそれによって生まれる空気が危険な事も、ゼツは知っていた。

 ゼツは急いで、燃えている森を抜けた。




「ん……」


 そんな声と共にミランが目を覚ましたのは、ゼツがミランを背負いながら歩き始めて1時間経った頃だった。


「あれ、あたし……」

「良かった。無事目が覚めて」

「そうだ、ゼツ! あなた何ともないの!?」


 ミランは慌てたようにゼツの顔を覗き込んだ。それに、少しバランスを崩しそうになる。


「ミラン、危ないって!」

「ご、ごめん……! でも、ほんとに何ともないの……? ウルフルのヌシの時もそうだけど、その……」

「何ともないよ。言ったでしょ? 俺は無敵だって。でも、ウルフルのヌシは倒れてたから置いてきた」

「そう……」


 ミランはホッとしたように息を吐く。けれどもどうしてか、ゼツの肩を掴む手は震えていた。


「ミラン……? どうかした……?」

「ううん。何でも……。でも、そうね。説明しなきゃいけないわね。あの爆発の事」


 ミランはまだ、震えるような声で言った。


「さっきのあれ、魔力の暴走なの」

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