5.涙と安心
「魔力の暴走……?」
そうゼツが尋ねると、ミランはこくりと頷いた。
「感情が爆発して起こるものよ。魔力のある人にはね、自由に使える魔力とは別に、体に常にめぐっている血液みたいな魔力があるの。それが爆発しちゃったってわけ」
「だからほぼ魔力切れなのに、あれだけ強力な魔法を使えたんだ。それに意識を失ったのも……」
「そうよ。体の機能を支えているとも言われているから、無くなると動けなくなっちゃうの」
「確かに大変だね。でも、そのおかげで俺たちは助かったってわけだ」
ゼツがそう言ったけれども、ミランはまだ暗く落ち込んだ顔をしていた。
「……本当はね、魔力の暴走が小さい子供が起こすものなのよ。魔力もまだ少ないから、被害も少ないの。大人になったら、多少感情が上下してもコントロールできるはずなのよ」
ゼツの肩を掴むミランの手が、少しだけ震えていた。
「でもあたしは人よりも魔力が作られる量が多いんだって。それで、その……、一部の感情だけなんだけど、ちょっと大きく感情が上下しただけで……」
それを聞いて、ゼツは何となく、察しがついてしまった。魔力の暴走で一瞬のうちにウルフルのヌシを倒してしまうほどだ。もしかしたら、誰かを傷つけてしまった事もあるのかもしれない。だからあれだけ必死にゼツの無事を確かめたのだろう。
ゼツはミランを一旦地面に下ろす。そして、ゼツが良く見えるように、まっすぐ向き合った。
「見て。俺は無事。俺は死なない」
ゼツがそう言えば、ミランの目には涙があふれ始めた。大粒の涙は、とめどなく溢れて止まりそうもなかった。
ゼツはそっと、ミランの隣に座った。そして何も言わず、涙が止まるまで待った。きっと今は余計な言葉を言わない方がいい、それだけはわかった。
いや、本当は違う。ゼツは後少しで、街に着いてしまう事を知っていた。もう少しだけ、ミランとの時間を過ごしたかった。
帰れば、またいつもの日常が待っている。それを思うと、黒くて重い感情が戻ってくる。
けれども、ミランと会って過ごしている時は、少しだけ重くて苦しい感情が消えたのだ。純粋に、話している時間は楽しかった。そしてミランは、言い方は少し素直じゃないけれども、すぐに顔に出てわかりやすいし、言葉も案外素直だ。それが可愛くもあり、そして安心してしまった。この時間が、終わってほしくなかった。
それから暫くして、ミランは泣き止んだ。
「ありがと」
そう小さな声で言う姿も、恥ずかしそうに目を合わせない姿も、やはり可愛らしい。けれどもこのままだと背に乗ってくれないだろうなとゼツは思う。
「ちなみにだけどさ」
ゼツは敢えて意地悪そうに笑って見せる。
「魔力の暴走の特定の感情って、もしかして“羞恥”……?」
そう言えば、バッと少し顔を赤くしながらゼツを見た。どうやら正解らしいが、流石にこのレベルの恥ずかしさは問題ないらしい。まあ、この程度で暴走が起これば、そこら中で暴走して旅どころではないだろう。
「いや、まさか、意外だったな~! いやでも、ギャップとしてありか? まさかうさぎの……」
「ストーップ!! そうよ、恥ずかしさでわけわかんなくなったらそうなるの! また暴走したらどうするの!?」
「そしたら俺がまた背負ってあげる!」
「そういう問題じゃなーい!!」
ミランは、キッとゼツを睨む。
「言っとくけど、あたしが自分で選んだんじゃないから!」
「なるほど、恋人か誰かのご趣味で……?」
「ちがーう! その……。ママが買ってくるのよ……。ほら、言いづらいじゃない……。もう少し大人っぽいのが、とか……」
そうモジモジと言うミランに、ゼツは笑う。そんなゼツに、もうと言いながらも、ミランも気が抜けたようだった。
「もうこの話は終わり!」
「しかたないなあ! じゃあ、ほら、背中に乗って!」
「えっ……」
「乗らないなら話の続きを……」
「わかったわよ! 乗る! 乗るからその話はストップ!!」
そんなミランに笑いながら、ゼツがミランの前にしゃがむと、ミランは大人しくゼツに体を預けた。
それから街に着くまで、色んな事を話した。その時間は、また、あっという間に過ぎ去った。
街が見えてきた頃、ミランはゼツから降りた。流石に仲間に見られるのは恥ずかしいらしい。足を引きずりながら歩く姿に心配はしたが、後少しだからなんとかなるだろう。
「ミラン! 無事だったのか!」
と、一人の男の声と共に、二つの足音がミランに近づいてきた。ゼツやミランと同い年ぐらいの、いかにも剣士という体つきをした男と、小柄でたれ目の優しそうな女の子。ゼツは邪魔をしてはいけないと、静かに後ろに下がる。
「心配したのですよ! やっぱり探しに行こうかとシュウと話していたのですから!」
「シュウ! ケアラ! あはは、ちょっと魔力切れと、足もくじいちゃって……」
「大丈夫ですか!? とりあえず、足を直しますです」
ケアラと呼ばれた女の子は、ミランのくじいた足に手をかざす。
「ヒール」
そう少女が言えば、白い光がミランの足を包んだ。確か回復魔法が使える仲間がいたと言っていたなと、ゼツはぼんやりと思った。
きっと、もう大丈夫だろう。役目は終わり。もう戻らなければ。
そう思いながら、ゼツは邪魔にならないようにその場を去った。
「それにしても、よくこの足でここまで来れたな」
シュウと呼ばれた男が、ミランに言った。
「ほんと大変だったんだから! 実は彼が助けてくれて……。あれ……?」
ゼツが去ったことにミランが気づいたのは、既にゼツが街の中へ消えた後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます