3.無敵と女の子

「えっ、ちょ、ちょっとあんた!? 何を……」


ゼツの下にいる女の子が、混乱したようにゼツを見ていた。

その間にも、別のウルフルがゼツに嚙みつこうと飛びついてきた。

けれどもゼツはそれを腕で受け止め、敢えて腕を噛ませてから振り払う。

勿論、傷一つついていない。


「大丈夫。俺、無敵だからさ」


そう言ってゼツは目の前の女の子を安心させようと笑う。

女の子の前でかっこつけたいのは男の性。

そうでなくても、人前では“良い人”の仮面を被るのは慣れていた。


「足くじいてるの?」

「うっ、うん……」


そう言ってやり取りしている間にも、ウルフルはひたすらに襲ってきた。

勿論ゼツは無傷だけれども、だからと言って戦う術も持ち合わせていない。

寧ろ戦えるのであれば、魔力があるという目の前の女の子の方だろう。


「なんとかしてあげたいけど、俺、戦いには慣れてないんだよね」

「えっ……」

「魔力、どれくらい耐えたら回復する?」


その質問に、女の子はハッとして、それから集中するように目を閉じた。


「えっと、……15分。それだけあれば、3体は倒せるわ」


その言葉に、ゼツはホッとする。

それであれば、問題なく耐えれそうだ。

しかも、女の子を守るために全力疾走してから今まで、疲れを一切感じない。

本当に無敵になった気分だった。


「じゃあ、俺が15分、あんたを守るよ。だからあんたは、魔力回復に集中して」

「……ミランよ。あたしの名前。15分もこうしているのに名前も知らないなんて、やりにくいわ。あなたの名前は?」

「ゼツ。15分間よろしくな!」


そう言ってニッと笑えば、ミランも力が抜けたように笑った。

少しは安心してくれたようだ。

相変わらず背中は煩いが、ゼツにとってはなんてこともなかった。


そこから15分は、他愛のない話をした。

年は同じ17歳。

しかもミランは魔王を倒すために国に任命された勇者パーティーのメンバーの一人で、今回は他のメンバーとはぐれてしまったらしい。


そう言えば父親も、勇者パーティーが街に来ると張り切っていたっけと、ゼツは思い出す。

魔王は魔物を生み出し人類の平和を脅かす脅威とは言われていることはゼツも把握していたが、比較的平和な街に住んでいるゼツにとって、少し遠い存在だった。

同い年ぐらいの女の子が駆り出されているとは知っていたが、初めて聞いたときは驚いたほどだった。


他愛のない話は得意だった。

特にミランとは気が合うのか、あっという間に15分経った。

ミランは、もう大丈夫だと頷いた。


「ゼツ。ちなみに、ちょっとミスして炎の魔法当たっても問題ないわよね?」

「勿論!」


本当は問題ないかどうかはわからない。

けれども、今は自信満々に言う時だとわかっていた。

どうせ死ぬ予定だった。

焼かれて死ねるなら、それはそれでありだった。


ミランは少し起き上がり、周りを見渡した。


「ファイアボール!!」


炎の球が、3体のウルフルにあたる。

ミスがどうとか言っていたが、そんな様子もなく確実に当てていった。

ファイアボールは下級魔法だとはゼツでも知っていたが、それでもコントロールは大変だと聞いていた。

それを難なく素早く動くウルフルに当てるのだから、やはりミランは勇者パーティーに選ばれただけのことはあるのだろう。

しかも、以前どこかの魔法使いに見せてもらったものよりも大きい気がした。


「流石っ! 確実に当てていくっ!」

「ほっ、褒めても何もでないわよ! ……それに、ゼツが守ってくれなきゃ死んでたし」

「俺はただ傷がつかない体質なだけ! それより、坂の上の街に行くんだっけ? 案内するよ」


ミランが行く予定だった街は交易の盛んな街で、ゼツの住んでいる街でもあった。

そこは王都から目的の場所への中継地点らしく、ミラン達はそこで色々と仕入れる予定だったらしい。

パーティーメンバーとも、はぐれたらそこに集合すると決めていたという。


その街は、魔物を避けるために、森から離れた高台に作られている。

足をくじいたまま行くのはかなりきつい。

けれども今のゼツの体ならばミランを背負ってでも難なく行けるだろう。

ゼツはミランに背を向けてしゃがんだ。


「ほい」

「……何?」

「背中に乗りなって」


そう言えば、ミランは何故か顔を赤くした。


「そ、そんな、あたしは子供じゃないのよ!」

「でも、ミランも街が坂の上って知ってるでしょ? そんな足で行ったら1日かかるって」

「そ、そうだけど……! その、重いし……」


そう言ってモジモジするミランは寧ろ細身で、重そうには見えなかった。

確かにスタイルは良く身長は平均よりは高いのだろうが、ゼツもある程度身長があるため、ゼツから見れば小柄にしか見えなかった。


「俺、そんなに貧弱に見える?」

「い、いや、そういう意味じゃ……。でも、だって、長い坂だし……」

「言ったでしょ? 俺、無敵だって」


ゼツがそう言えば、ミランは恐る恐るゼツに近づいた。

その瞬間だった。


さっきのウルフルよりも低く大きな唸り声と重い足音。

ゼツは咄嗟に立ち上がり、ミランの前に立つ。


魔物には同じ種族の縄張りの中に、ヌシと呼ばれる存在がいる。

ヌシは他と比べて大きくて強い。

そして、ゼツの目の前に現れたのは、間違いなくウルフルのヌシだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る