それでも鏡はうつらない

 昼頃には警察が島に来て、上村が連行された。


 事件の真相を知らされてなかった皆は一様に驚いていたが、同時に、この殺伐とした閉鎖空間から抜け出せた解放感が顔の奥に感じられた。


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「さて、梨子。


 寿樹の遺産はどこにあると思う?」


 泡は警察の事情聴取を待つ船の中で、話しかけた。


「……確かにそうね。


 まず、遺産があったのかという問題があるわね。


 多分だけど、存在はしたけど、それは500億円なんてたいそうな額ではなく、億すらも届かないものだったんじゃないかしら。


 だって、宣利さんが寿樹の遺産で留学に行ったことはおそらく事実だけど、宣利さんが寿樹さんの遺産に釣られて、上村さんの罠に引っ掛かったことも事実。


 なら、宣利さんは幾らかの遺産を手にしたが、十分に満足のいく額ではなかった。だから、まだ遺産が隠されているのではないかとにらんでいた。だから、大広間にまんまと閉じ込められたんでしょう。」

「なるほど、いい推理ね。


 なら、質問を少し変えましょう。


 宣利さんが信じた寿樹さんの遺産はあったんでしょうか?」

「……それは分からないわ。


 それは結論の出せる質問なの?」

「いいや、正しい答えはないでしょうね。


 少なくとも、私は寿樹さんの遺産を見つけることができなかった。


 これは、答えのない問いよ。」

「……私は遺産は存在しなかったと思う。」

「それはどうして?」

「そもそも、鏡幻島を買い取る時点で、相当のお金がいるでしょう。それに、鏡幻荘の建設にも相当の資金がいるでしょうね。


 だって、あの島は本島から相当離れているから、建築資材を運ぶにも、大工を呼ぶにも大変でしょうしね。


 だから、相当のお金を使ったはずだから、遺産がそこまで残されていなかったということはあり得る話だと思う。」

「なるほど、これまたいい推理ね。


 確かにそれは正しいでしょうね。


 でも、それに反対意見を述べてみましょう。


 冴島雫はどのようにして、鏡幻荘をリフォームしたのでしょう?」

「……。」

「宣利さんは大広間の閉じ込めトリックに引っ掛かった訳だから、大広間が移動することを知らなかった。


 つまり、開かずの間が空白であることを知らなかった。


 なら、リフォームの際、冴島雫は開かずの間を宣利に見せなかったことになる。私達はリフォーム後の開かずの間しか見ていないけど、リフォーム前の開かずの間はどうなっているか分からない。


 そのリフォーム前の開かずの間には何があったのか?


 海老沼寿樹はその開かずの間に何を隠したのか?


 なぜ、海老沼寿樹は鏡幻荘の建築を冴島家に頼んだのか?


 海老沼寿樹が対称性にこだわった理由は?


 島も建物も対称性にした理由は?


 それなのに、大広間の移動によって、対称性を破れるようにしたのか?


 そのような大広間の移動によって起因される鏡幻とはなんなんでしょう?


 雫は鏡の間に何を求めたのか?


 ……これらに答えはあるのかしら。」

「……。」

「なんか、話の軸がぶれたわね。


 ……ところで、これは開かずの間で見つけたもの。」


 泡は白衣のポケットから古ぼけた紙を取り出した。その紙にはこういったことは書かれていた。


『No,■■■ 藤原都 


 鏡幻荘の北東の部屋にて銃殺。』


 冴島雫が差していた予言の人物は、雅の鏡の中の人物。つまり、都だったと言う訳だったらしい。


「冴島雫は鏡の中の住人なのかしら?


 もし、鏡の中にミラーユニバースが広がっていれば、過去への干渉は可能になるわね。」


 突然切り出した泡は白衣のポケットからラムネを取り出して、口に咥えた。


「これは、少し想像を飛ばし過ぎている自覚はある。


 それでも、そう考えると、疑問は少し簡単になる。


 疑問が少ないから、それが真実であるとは限らないけどね。


 雫が雅に見せた鏡の間は何だったんでしょうね。


 1つの解釈では、雅は移動する大広間に閉じ込められてしまった。移動する大広間を少し動かせば、扉は開かなくなるし、扉のノブは見えたまま。だから、雅の見た光景はそのまま再現できる。


 それに、雅が出た部屋は西から東に移動していたから、左右の間隔が変わっていたから、鏡の世界に迷い込んだのだと考えることもできる。


 そう考えることが一番簡単よね。


 でも、雫の言う鏡の間はそう言った意味だったのでしょうかね。


 ……ごめんね。


 今の内容は全て、私の妄想。


 忘れて。」


 泡からされた話は、幻の様で信じがたい世界の話だったが、鏡の様にこの現実世界を反映しているように思えた。


                        それでも鏡はうつらない(完)

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