島の秘密
「さて、探偵を交代と行きましょうか。」
私は一応、指で顔を差してみるが、泡はことごとく私のことを無視した。
「私は事件のトリック担当の探偵で、これからは犯人特定担当の探偵に推理を任せましょう。
それでは、探偵は都さんが殺された部屋で待っていますから移動しましょう。」
___________________________________________________________________________
雅の部屋に着くと、天神教授が窓の方に向かって、立っていた。
ベットの都の死体を見ると、顔に白い枕カバーが被さっていた。
「それじゃあ、天神さん。お願いしますよ。」
教授はこちらに振り返って、上村さんを見つめる。
「……この島に孤独が存在するとしたら、あのコナラの木でしょう。」
教授が切り出した話の概要は私には分からなかったが、上村の表情が明らかに変わったのが分かった。
「まず、私は宣利さんが殺されたあの大広間を見た瞬間から、あなたが犯人ではないかという疑念を持っていました。
私は大広間を見た時に、私は部屋の中に、上村さんのスパイクを見つけました。
これは、犯人が昨日のココナッツビリヤードから鏡幻荘に入る間にこの大広間に侵入した証拠でした。なぜなら、上村さんがココナッツビリヤードの時に履いていたスパイクでしたからね。
そのスパイクが犯行に使われた。
きっとあなたはスパイクを砂浜に放置していたから、全員が容疑者になるので、犯人を絞る手掛かりにはならないと考えたのでしょう。確かに、放置されていたのなら、誰が持ち去って、犯行に使っても問題はない。
しかし、合理的に考えれば、犯行にあなたのスパイクを使う人間は、あなたしかいない。
よく考えてみましょう。この事件は被害者を1カ月以上大広間に放置して、餓死させるという殺人でした。つまり、この犯行計画は1か月以上前から練られていたということになる。
そんな計画的な殺人をする犯人が犯行現場の移動に使う靴を用意しないことがあるでしょうか?
人間を1カ月以上閉じ込めれば、閉じ込められた人間がその部屋を排泄物や血などで汚すことは想像できるでしょう。ならば、足元を汚さないように、普段履きとは別の靴を用意しておくことが普通でしょう。
犯行現場のみで履く靴が無ければ、犯行現場の汚れを普段履きの靴付けたまま過ごすことになります。靴の汚れで分かってしまうこともありますが、何より匂いですぐにばれてしまうでしょう。
ここまで想像すれば、きっと犯人は昨日の上陸時点で別の靴を用意していた可能性が高い。
そして、犯行現場にあった靴は上村さんのものだったので、あなたが犯人である可能性が高まった。
次に、工具箱についての推理をしたいのですが、これはトリック専門の探偵に任せることにしましょう。」
教授はそう言って、泡にアイコンタクトを送った。
「それでは、犯人が鏡幻荘に侵入した方法及び、雅の部屋に侵入した方法を説明しましょう。」
泡はそう言って、窓の方向へと歩いて行った。そして、窓の鍵を外し、窓を開けた。
「あなたはこの窓から侵入したんです。
この窓の鍵を掛けたまま、この窓から侵入した。
矛盾したように言い方ですが、先ほどの大広間の密室に比べれば、非常にしょうもないトリックです。」
泡は開けた窓から外に出た。そして、白衣のポケットからドライバーを取り出した。
「マイナスドライバーの良い所は、サイズさえ合えば、プラスドライバーの代わりになるところです。」
泡は窓の外から窓枠に足を乗せて、窓枠に立った。頭は窓の外に出している。そして、しばらく何かをした後、窓から降りた。
「それでは、鍵のかかった窓から侵入する方法を見せましょう。」
泡はそう言って、上部の窓枠を掴み、強く引っ張る。すると、窓枠は上部から綺麗に抜けた。そして、窓が外へと倒れていった。
まるで、窓枠自体がオーブンの扉の様に開いたのだ。
「これでは泥棒が入り放題ですね。
正直、あの大広間のトリックを思いついた時点で、この窓の開閉を思いつくことは簡単でした。大胆であるがゆえに、気が付くことの難しいことがあります。ですが、
そして、あなたはこの窓扉を使って、鏡幻荘に侵入して、大広間の処理をした。そして、都さんを殺す時も、あなたはこの窓扉から侵入した。もちろん、都さんを殺すつもりで侵入したのですから、泥の上に足跡を付けたくはない。
だから、屋根から侵入したのではありませんか?
このロープを使って、屋根ら吊り下がるように窓枠を開けた。ネジを回して、扉を開けるくらいならロープを持ちながら、片手間で出来ますからね。
そして、用意していた拳銃で都さんを殺した。
ここからは、上村さんにとっては関係ない話ですが、雅さんと都さんはなぜ入れ替わりを2回したのかを考えていきましょう。
上村さんが殺したかったのは、都さんでしょう。なぜなら、都さんは島の木の秘密を知っていたからです。
この島の木の秘密は、後で説明しますが、あなたにとってはこの秘密は重要なものだった。
だから、都さんを殺そうとした。この時、都さんはそのような意図に気が付いていたでしょう。なぜなら、宣利さんが殺されて、島から出る手段が無くなったのですから、次は島の木の秘密を知っている自分が殺されると思ったでしょう。
なので、都さんは雅に入れ替わりを提案した。だから、いつも通りの部屋割りとは違うので、犯人は都と間違えて、雅を殺す。
こういった戦略だったのでしょう。
しかし、都さんはおそらくあなたが犯人であることに勘付いたんでしょう。例えば、あなたがロープや拳銃を用意している所を偶然見かけてしまったとかですね。この時、入れ替わりが完了しているから安心だとは思えなくなってしまった。
なぜなら、隣の部屋に犯人がいるんですからね。
だから、このまま入れ替わりを続けるにしろ、また入れ替わるにしろ、上村さんの部屋から離れていたかった。なので、雅の部屋に向かった。その途中で、鏡の破片のトラップに引っ掛かる。
そこで、都さんは思ったはずです。雅の部屋なら安心だと。
なので、都さんは雅と無理やり入れ替わった。結果、都さんと雅はいつもの部屋で過ごすことになった。都さんが安心してベットで眠っていたのは、そう言った理由があったのだろうと推測できます。ですが、都さんのミスは扉を開けることを忘れていたことですね。
しかし、これは本筋の推理とは関係ありませんね。
話を戻しましょう。
ここで注目しておきたいのは、窓扉の開閉にはドライバーが必要だった。
そして、私が乾さんからもらった工具箱にはプラスドライバーがありませんでした。
ですから、この工具箱を触った人間にプラスドライバーを盗んだ人間がいる。昨日の昼にプラスドライバーを盗むことのできた人間は、とりあえず乾さんと上村さんの2人でしょう。」
泡はそう言った後、天神教授にアイコンタクトを送った。
「この時、工具箱の動きを確認しておくと、まず上村さんが工具箱を船から持ち出し、乾さんに渡す。そのまま乾さんが工具箱を持っていた。
上村さんは工具箱を渡す前のアリバイはなく、乾さんは浄水器の修理を1人でしていたので、アリバイはなかった。どちらもアリバイがないので、犯行は2人とも可能でした。
しかし、上村さんはコアサンプルを用意していたので、アリバイを作っていた訳です。
事前にコアサンプルは用意しておけば、アリバイ工作に使うことができます。上村さんはアリバイを作り過ぎていますね。
だって、この島にいる人間の内、全ての時間にアリバイがある人間は少ない中、アリバイをきちんと作っている上村さんは逆に怪しく見えました。
これは、少しこじつけでしょうかね。
さて、もう1つあなたが犯人である証拠を示しましょう。
それは、都さんのダイイングメッセージです。
都さんの手の近くに、Eのような血文字があります。
おそらくあなたは光がほとんど部屋に無かったこと、シーツに付いた血文字の処理は難しいこと、自身を差すメッセージではなさそうだったことなどを理由として、この都さんのダイイングメッセージを残したのでしょう。
しかし、この血文字はあなたの名前を差しているのです。
まず、この血文字はEとも読めるし、Mとも読めるし、3とも読めるし、Wとも山とも読める。しかし、この血文字は4画で書かれていることから、E以外の選択肢は無くなります。
ですが、Eだと駄目なんですよね。だって、Eの付く苗字は海老沼さんもいるし、越前さんもいる。なので、ダイイングメッセージとしてふさわしくない。そもそも、日本人の名前をアルファベットで書く必要がない。
なら、この血文字は何と書いているのか?
正解は、あなたの下の名前である喜一なんです。
あなたの下の名前の喜一の”喜”は喜ぶですから、2文字目の一と違って、書くのは時間がかかりますね。
すぐに死が近づいている人間がそのような”喜”と言う字を書いている暇がない。
だから、都さんは”喜”をカタカナの”キ”とした。
カタカナのキが一番画数の少ない表記方法ですからね。また、一の場合はそのまま一と書く方が一番画数の少ない表記方法です。
なので、都さんは”キ一”と書きたかったのですが、死に際で、字が汚くなったのでしょう。キと一の距離が近づいてしまったのです。なので、文字としてEのように見える表記になってしまったんです。
つまり、このダイイングメッセージはあなたの名前を差しているんですよ。
さて、かなりあなたが犯人である証拠が集まってきました。まあ、あなたが開かずの間の鍵を持っていた時点で、犯人であることは確定的なのですが、これだけは説明しておかなくてはならない。
今回の殺人を行った動機です。
まず、宣利さんを餓死させる時点で、犯人の強い殺意が読み取れます。また、都さんを拳銃で急所を外して苦しませていることからも怨恨の面が見えますね。まあ、これは都さんが起きることが怖かったから、すぐに撃ち抜いただけかもしれませんがね。
ひとまず、宣利さんには限りない殺意が見えます。
このような殺意は何に起因するものなのか?
おそらくそれは、宣利さんがあなたの父親である海老沼寿樹さんを殺したからでしょう。
その証拠は、あの島のコナラです。
まず、この島では、コナラだけは自然に生えることは無いのです。
この島は火山島なので、大陸からのつながりが昔にあった訳ではなく、本島からもかなり離れています。その上、寿樹さんがこの島を買い取るまでは人間の出入りはほとんどなかった。
そうなると、自然な植生では、コナラが入ることは無い。
この島に生えている木は砂浜にはヤシの木が、土の地面にはクスノキやムクノキ、その間にはハマボウフウなどの植物も生えています。
これらの植物は理論上、この鏡幻島へ自然に侵入することが可能です。
ヤシの実は水に浮くので、海流に乗って、何kmも離れた島に侵入することができる。また、ハマボウフウも海流に乗って、種子を運ぶ種類です。
そして、クスノキやムクノキの種子散布の方法は鳥に種を食べさせることで、鳥に種を運ばせる散布方法を取ります。なので、渡り鳥などがクスノキやムクノキの種子を食べて、この島にたどり着けば、クスノキやムクノキがこの島に侵入する可能性はあります。
しかし、コナラはそのような海を越える種子散布方法を持たない。
なぜなら、コナラは重力散布型の植物だからです。
コナラの実は、ドングリです。このドングリは知っての通り、堅果という堅い果皮に実が囲われています。これでは、鳥などは好んでこのドングリを食べません。そして、ドングリは水に沈みます。それに、ドングリは海水に弱いので、すぐに実が駄目になってしまうでしょう。
なので、ドングリは海を越えることができないのです。
ドングリは所詮、リスなどが冬眠のために別の位置に運ばれるだけで、地続きの地面しか移動できないのです。
もし、有名な童謡のように、ドングリを運んでくれるドジョウがいれば話は別なのですが、残念ながら海にドジョウはいませんからね。
つまり、この海で閉鎖された島に、ドングリが自然に入ることは無いのです。
では、なぜこのドングリが侵入したのか?
それは、自然な侵入ではなく、人為的な侵入が起こったからです。
……ところで、上村さんのポケットに物を入れる癖は、父親譲りの性格でしたよね。
昨日の雑談でそのように話していましたね。そのポケットに入れる癖が父親譲りだったのならば、寿樹さんもポケットに物を入れる性格だったということ。そして、寿樹さんは植物生態学の研究者であったことを合わせて考えると、このような推測を立てることができます。
寿樹さんの死体のポケットからコナラのドングリが発芽した。
寿樹さんは植物生態学を研究していましたから、鏡幻島の研究とは別の研究で、ドングリを手に入れ、ポケットに入れた。そして、寿樹さんがこの島に来た後に、宣利さんは殺された。
その時、宣利さんは寿樹さんの死体を島の西の道に埋めた。一応、宣利さんも植物生態学者ですから、この島の研究は引き継ぎたかったのでしょう。だから、森に埋めることは出来ないので、道の真ん中に埋めたのでしょう。
そのまま、宣利さんはしばらく寿樹さんの死体を埋めたまた島を放置していた。その間に、寿樹さんのポケットに入っていたドングリが発芽した。
宣利さんはしばらくぶりにこの島に帰ってきた時、ドングリの幼木が生えていたことでしょう。
その時、宣利さんは思いついたのです。
このコナラの木を生やすことができれば、その木の下にある寿樹さんの死体を掘り返されることは無くなる。
特に、この島に重機などは持ち込むことは難しいですから、一度木が生えてしまえば、木の下の地面を掘り返すことは難しいと考えた。
その時、西にだけ木が生えているのは不自然ですから、東西南北の道に木を植える必要があった。だから、宣利さんはコナラの苗木を3本植えたのでしょう。しかし、その苗木は、死体の上に生えている木と樹齢が違った。
だから、年輪調査では樹齢の差が出てしまった訳です。木の大きさはその生育状況で全く変わりますから、いくら宣利さんと言えど、それを判断することは難しかったのでしょう。
さて、この時、父親に寿樹さんを持つ上村さんと海老沼さんには十分な動機がある訳ですね。
ここまでの推理で、証拠と動機がそろっているのは、上村さんだけですね。
このようなことから、上村さんが犯人だと決めつけて、越前さんは少し強引な手段に出させたわけですね。」
「全くその通りです。」
上村さんはようやく口を開いた。
「私は許せなかった。
父を殺したくせに、父の残した遺産やこの島でのうのうと過ごしている宣利が許せなかった。
私は随分早くにコナラの秘密には気が付いていました。動物の生態学が専門と言えど、ドングリがリスによって運搬されることは知っていましたから、この島にコナラの木が生えることはあり得なかった。
ですから、すぐにその考えに至ることができた。
しかし、すぐには宣利を殺すことは出来なかった。
単純に自分が捕まらない形で、宣利を殺す方法が思いつかなかった。だから、ずっと自分の心の中でふつふつと怒りと溜めていたんです。
そんなときです。私にあるものが届きました。それは、鏡幻荘の開かずの間の鍵と鏡幻荘の特殊な仕組みについて解説した紙でした。
私はそれが誰によって送られたものか分かりませんでしたが、私はその送り主に感謝してもしきれませんでした。
だって、ようやく宣利をこの手で地獄に葬ることができるんですから。
私に迷いはありませんでした。父の全てを奪った宣利にはただ殺すだけでは足りないと思っていました。
だから、この餓死させる方法は最適でした。
本当に惨めで苦しめられる死に方だったと思います。
それと、都は父の死体の存在を知っておきながら、それをゴシップの様にたぶらかす態度が気に食いませんでした。こちら側の気持ちなど考えずに、去年のパーティーでのあのニヤニヤした顔は許せませんでした。
後は、ただ計画通りに2人を殺しました。
あなた達の言う通りです。
まさか、この殺人が警察にではなく、あなた達に解かれるとは思いませんでした。」
「……さっき、警察を呼びました。
もう電波を遮断する必要はありませんよ。」
「……そうですか。」
上村は静かにそう呟き、窓の外からコナラの木を見つめていた。
彼はそのコナラに何を思っていたのかは分からない。
ただそこに生えるコナラの木を父親の形見のように見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます