最後の共同推理
私は扉の前で深呼吸をする。
深呼吸する私に泡はウィンクで鼓舞する。この扉を挟んで、人殺しがいるというのに、ノリが軽い。
それに、この事件の犯人は……
私は意を決して、扉を叩く。扉はしばらく静寂を保ったままだったが、ドアノブが下がり、扉がゆっくりと開く。その扉の隙間から部屋の主の顔が見えた瞬間に、扉を蹴り飛ばす。
そして、扉は勢いよく開き、主はその勢いに負けてバランスを崩す。主は両手を宙に動かしてバランスを取る。泡はその宙を舞う手を掴むと、瞬く間に掴んだ手を空いての背中に回して、そのまま相手の背中を腕越しに押し倒した。
「梨子! 今の内に鍵を探して!」
泡は相手の背中に馬乗りになって、取り押さえていた。相手は足をばたつかせて抵抗しているが、泡がその抵抗に対して、背中に回した腕を強く押さえた。痛みを伴う悲鳴が響いた後、足のばたつきは無くなった。
私は抵抗しなくなったその人の体に両手を当てて、鍵のようなものを探す。すると、胸を触った辺りで、金属の感触がした。
私はその感触を頼りに、胸ポケットに手を入れる。すると、鍵特有の溝があり、鉄の冷たい感触がした。私はその鍵のようなものを胸ポケットから取り出した。
すると、それは鍵束だった。4本の鍵が鉄のリングに束ねられていた。
「でかしたわ! 梨子!」
私は泡に鍵を渡した。
「さて、確認しますよ。この鍵は開かずの間の鍵ですね?」
泡は鍵を相手の顔の近くまで持っていく。相手は唇を噛み締めて、白状すべきか迷っていた。
「確認はすぐにでもできますから、ここで否定するべきではないですよ。」
相手は床に顔を擦りながら、顔を頷かせた。
「分かりました。それじゃあ、この鍵を使って、宣利さんを餓死させて殺したことも認めますね。」
相手は頭を頷かせなかった。
「私はここまで強硬手段に出ることができた理由は、この事件の真相を全て分かっているからですよ。だから、私は真っ先にこの開かずの鍵をあなたが持っていることを確認したかった。」
相手は以前として、殺人を認めようとしない。
「梨子! きっとこの部屋にロープがあるはずだから、探してみて。」
私は泡に言われた通りに、部屋を見渡すと、隠すでもなく机の上にロープが丸く束ねられていた。
「ロープは2件目の殺人で使ったのでしょう。一旦手足を縛らせてもらいますよ。」
泡はそう言って、相手の手足を縛った。ロープは相当余っていた。相当長いロープだったらしい。
「それでは、実演しましょう。
あなたがどのようにして宣利さんを大広間に閉じ込めたのか?」
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泡は片手でロープを持ちながら、奪い取った鍵を開かずの間の扉に刺す。
すると、鍵はしっかりと根元まで刺さり、鍵はクルリと回った。ガチャリという鍵の開いた音がする。
「この扉の先に、今回の事件の真相が広がっていることでしょう。
その真相を確認する前に、私の仮説を説明しておきましょう。
宣利さんの殺された大広間には鍵がかかっていました。そして、殺された宣利さんは内側からは脱出可能な部屋の中から出ることができずに、餓死しました。
なぜ、大広間の内と外は互いに密室の対称性を持っていたのか?
これが今回最大の謎となるでしょう。
梨子はこの対称的な密室について様々な考察をしました。
外側の密室に関しては振り子を使って、鍵を施錠する方法や時間的誤認を使った合鍵を使う方法などで、内側の密室は、糸や物体による固定方法、吊り天井による物理的な方法などを考察しました。
しかし、そのどれもが可能性として否定されるものでした。
私は梨子からの推理を聞くたびに、私はある違和感が生まれてきました。
それは、内と外の密室の方法の乖離です。
梨子の推理の全てが内側の密室と外側の密室を作る方法が独立して成立していることに気が付いたんです。
確かに、互いの密室が独立して存在することはありますが、方法が増えるほど、それを裏付ける意義が増えます。なので、感覚的に内側の密室と外側の密室を貫く1つの方法があるのではないかと言う直感が働きました。
実際、その直感はおそらく正しいものだったのだとこの扉を開けば証明されることになるでしょう。
この直感が確信に変わるのは、先ほどの地震でした。
先ほどの地震はおそらく火山性の地震でしょう。この島は火山の噴火で出来たのですから、その可能性が高い。その証拠に津波などは起こっていないですし、梨子にとっては小さい地震だったようですしね。火山性地震は断層型地震や海溝型地震よりは地震のマグニチュードは小さいですから。
私は訳あって、大広間の中にいたのですが、その地震が非常に大きい横揺れに感じました。
しかし、火山の直下型の地震ならば、下から突き上げる強い縦揺れを感じるはず。実際、梨子はそのような縦揺れを感じていたわ。
なぜ、このような違いが起こったのか?
その違いが今回の密室を解決させた。
鏡幻荘と大広間は全く違う世界にある。
……それでは、そろそろ扉を開きましょう。」
泡はドアノブに手をかけて、扉を開いた。
私はその扉の先に広がっている世界に驚くしかなかった。
「……ない?」
「そうなの。
この扉の先には、部屋がない。」
扉の先に広がっているのは、暗闇だった。かろうじて見えるのは廊下から10cm程下がった床だった。
「私も梨子も今回の密室を考えるとき、カーの密室講義の分類に従って考えていた。
でも、忘れてはならないのは、その密室講義の内容には前提が存在する。
それは、密室に秘密の通路がないこと。
確かに、あの大広間には2つの扉しかなく、秘密の通路なるものは存在しない。
しかし、この密室を流動的に、アモルファスに考えてみる。
もし、大広間が移動するなら」
泡はそう言って、縄でつないだ犯人と一緒に暗い扉の中へと入っていく。そして、泡の姿は暗闇から見えなくなった。しばらくすると、ガチャリという音が2回して、泡が扉から戻ってきた。
「やっぱりね。
それじゃあ、西の保管庫に向かいましょうか。」
そのまま、泡は西の保管庫へと向かう。私もその泡について行った。
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泡は西の保管庫にある棚を動かして、大広間の壁を露わにした。
「それじゃあ、行きましょうか。」
泡は足首をくるくる回して、準備運動をした後、大広間の壁に両手を置いた。そして、壁を強く押す。
すると、壁は段々と奥へと動いていく。ガラガラと言う車輪が回るような音が聞こえてくる。壁が段々と遠ざかっていくと、側面の動かない壁に扉が見える。あれがおそらく西の大広間の扉だろう。
泡は壁をある程度押したところで、一旦壁を押すことを止めた。
「このように、この大広間の部屋自体が大きく移動するの。
それじゃあ、この確認が取れた所で、推理を進めましょうか。
この大広間の仕組みを使えば、内側からも外側からも密室を作ることが可能になる。
まず、宣利さんを部屋の内側に閉じ込めた方法を考えましょう。
おそらく宣利さんを閉じ込めた方法は、今の状態のまま部屋を放置したのでしょう。
先ほど言った通り、大広間には2つの扉しか脱出手段がない。この時、その脱出手段である扉は、あのように大広間に通じていません。なので、大広間には扉の枠だけが存在し、その枠の外は壁で密閉されています。
だから、大広間から出る方法は無くなる。
これが宣利さんを大広間に閉じ込めた方法です。
私達は扉を閉めて閉じ込める方法ばかりに囚われていましたが、実際は大広間から出ることができないようにする方法を考えるべきだった訳です。
それでは、次の外側の密室について説明しましょう。
外側の密室はもしかすると、あなたの意図とは反するものだったのだと思います。
これは私の想像ですが、宣利さんはまだ海老沼寿樹さんの遺産を探していたのではありませんか?」
もちろん、犯人は何も答えない。
「宣利さんは寿樹さんの遺産をずっと探し続けていた。
宣利さんはきっとこの鏡幻荘の中に寿樹さんの遺産があるのだと思っていた。だから、あなたはこう持ち掛けた。
『寿樹さんの遺産の隠し場所が分かったので、西の大広間に入り、しっかりと扉を閉めてしばらく待っていて欲しい。』
おそらく開かずの間の鍵を見せびらかせば、宣利さんは信じることでしょう。
そうして、あなたは宣利さんを大広間に待機させた。この時の一番の懸念点は宣利さんが大広間を出てしまうことだった。
だから、扉を閉めるようにすることと大広間で待機しているようにすること言ったんです。
その時、宣利さんは『扉を閉めて』という言葉を『扉の鍵を閉めて』と勘違いしてしまった。だから、宣利さんは扉の鍵を閉めて待機していた。
あなたはその隙に、部屋を押し、内側の密室を作り上げた。
後は、この状態で1か月放置して、昨日を迎えた。
ですが、昨日の状態で、鏡幻荘に入られてしまうことは色々と不都合があった。
まず、大広間が変な位置で放置されていることです。このままの状態では、すぐに大広間が移動することが悟られてしまう。だから、元の位置に戻す必要があった。
そして、大広間の中の宣利さんがダイイングメッセージを残している可能性があるので、大広間に入って、そのチェックをする必要があった。
大広間へ入る方法はこうです。
まず、この大広間を東へ押し込む。すると、開かずの間の扉と合致します。なので、東の扉から大広間に入ることができます。開かずの扉の鍵はあなたが持っていたので、簡単に侵入できたはずです。
そして、ダイイングメッセージのチェックを終えた後、大広間を出て、扉の鍵を閉める。そして、東の保管庫の扉から入り、大広間を西に押し込む。そして、大広間の車輪にストッパーを掛ければ、
西の大広間に密室が完成するんです。
この時、西の大広間の扉の鍵は閉まっていたので、しょうがなく東の扉から入った。そして、この時、西の扉は開ける必要はないので、受動的に密室を作ってしまったんです。
これで、外側からの密室の完成です。
このように、内側の密室と外側の密室にはつながりがあったわけです。」
確かに、このように考えれば、密室を作る方法も理由も説明することができている。
「このように、鏡幻荘自体は地盤が固定されているのに対して、大広間は車輪のストッパーだけで固定されているので、地震が大きい横揺れに感じたのでしょう。
……さて、第2の事件の説明をする前に、自白はしませんか?」
やはり犯人は自白しようとしない。
「……ところで、この壁を押す作業は、私だからできましたけど、男性でも簡単にできるか分からないところです。このような押す作業をトレーニングしたことのある人間以外難しいと思いますよ。
例えば、タックルやスクラムで押すトレーニングをしている
ラグビー部とかね。」
犯人はごくりと唾を飲んだ。
「そう言えば、あなたはラグビーで全国大会に出るほどの実力者だそうですね。
上村喜一さん。」
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