可能性を消して

「都さんが殺された?」

「そうよ。


 今回殺されたのは、雅じゃなくて、都さん。」

「それは根拠のある発言なの?」

「ええ、もちろん。今回殺されたのが都さんである根拠は、この現場にあった靴よ。」


 泡はベットの下にある靴を指差した。


「でも、雅の靴はぼんやりとしか覚えていないけど、都さんと雅さんの靴は同じだったような気がするわ。


 それが都さんの靴だとする根拠はないよ。」

「いいやあるの。」


 泡はベットの下にある靴を持ち、私の近くに持ってきた。そして、靴の裏を見せる。


「よく見て。この靴の裏。


 鏡の破片と泥が一緒に付いているでしょ。」


 私が靴の裏をよく見ると、確かに泥だらけで、泥の中にぽつぽつと小さな突起が見えて、それは鏡の破片のようだった。


「この小さな突起を抜くと、刺さった部分はキラキラ輝いている。これは鏡の特徴ね。この鏡はかなり細かいものが多く刺さっていることから、廊下のものだと分類できる。」

「なぜ、廊下のものだと分かるの?」

「それは、私が廊下の窓の前で破片の細かさを変えたからよ。思い出してみて、私は部屋に破片を撒き終わった後、廊下に破片を撒く前に白衣を踏んで細かくしていたでしょ。」

「だから、分類できるのね。」

「そう。


 鏡の大きい破片と小さい破片によって、靴に付く鏡の破片は変わってくる。そして、これは廊下の破片を踏んだ時のものと分類できる。


 だから、廊下の鏡の破片を踏んだ人間は、たった1人で都さんだけ。


 そして、この破片の靴に刺さった部分が泥で汚れていないことから、廊下の鏡の破片を踏んで、泥を踏んだという時系列も成立する。だから、この靴は確実に都さんの物よ。


 この靴がベットの下に置かれていたということは、ベットの上にいる人物の持ち物である可能性が高い。つまり、ベットで死んでいるのは都さんであると考えられる。」

「じゃあ、雅が都さんを殺したってこと?」

「それも違う気がするのよね。


 根拠としてはベットの上に死体を動かした跡がなかったことと窓の下に大きな泥の跡があったことね。


 まず、ベットの上の死体に動かした跡がなかったことについて説明する。確かに、ベットの上で身をよじらせた跡は確認されたけど、不自然に犯人がベットの上に運んだような跡はなかった。


 もし、ベット以外で殺されて、ベットに運ばれたなら、シーツに付く血の跡にミルククラウンの様になるはずよ。血の跡の周りに小さな血の跡が見られるような少し高い場所から落としたような血液痕が見つかるはずだけど、それらしきものはなかった。


 また、この部屋の床に血痕らしきものは見られないから、ベットで都さんが撃たれたことは確実ね。そして、ベットのどのような状態で撃たれたかを考える。


 まず、ベットの上に座っている状態で撃たれたとしましょう。これは残念ながら、無理。なぜなら、銃弾は都さんの体を貫通しているからよ。そして、貫通した銃弾は都さんが撃たれた胸の下にあった。


 だから、都さんはベットに寝ころんだ状態で殺されたことになる。


 また、シーツの血痕の飛び散り方が大人しかったことから、都さんは撃たれる前の抵抗はほとんどなく、撃たれた後に少し身をよじらせたと見られるわ。


 なぜ、撃たれる前の抵抗がなかったのかは、ベットに寝転んだ状態で殺されたことと併せて考えると、都さんはベットの上で眠っていた状態で胸を撃たれたということになるわ。


 この時、雅が犯人であるということは自然かどうか考えてみる。


 雅は都さんを部屋に招き入れた所まではいいわ。でも、都さんが雅の部屋で寝たことは不自然じゃないかしら。


 ベットの上に座って、話をするくらいなら分かる。だけど、双子と言えど、人の部屋でベットで眠りこけることがあるのかしら。」

「でも、雅が都さんに睡眠薬を盛った可能性はあるんじゃない。」

「その可能性は捨てきれないけど、一応最後まで話を聞いて。


 まだ、窓の外に地面に残された泥の跡について説明をしていないわ。


 窓の真下の地面には泥の大きな跡が付いていた。これはおそらく人が転落した跡よ。形的に、人の手や足、頭が泥の上にスタンプされたようよ。そして、部屋の中には都さんしかいなかったから、この泥の跡は雅が窓から落ちた跡ね。


 では、なぜ、雅は窓から落ちたのか?


 それは、都さんに窓から突き落とされたのよ。もし、都さんと雅が同意の下入れ替わりを行ったなら、窓の下に体を打ち付ける形の泥の跡は付かない。単に足跡だけ付くはずだからね。


 だから、雅は都さんに突き落とされたのね。理由は分からないけど、都さんは雅と入れ替わる必要があったのよ。


 そして、私の推理が正しければ……。」


 泡は雅の部屋から出て行って、廊下に出る。そして、先ほど片付けた鏡の破片を横切って、南の方へ歩いて行った。そして、泡は南の玄関の前の廊下で立ち止まる。


「ここ、綺麗に掃除されてる。」


 私が泡の指さした廊下をよく見てみるが、それはよく分からない。泡は廊下の端の床を指でなぞり、反対の指で指差した廊下をなぞる。


 すると、廊下の端の床をなぞった指は黒く汚れていたが、廊下の真ん中の端の床をなぞった指は全く汚れておらず、まっさらで綺麗だった。


「昨日はすぐに宣利さんの死体が見つかったから、家の掃除はしていない。


 それに、昨日、南側の廊下が掃除されていないことは確認済みなの。


 ここで、さっきの梨子の推理の否定を先にしておきましょう。


 私がなぜ、昨日廊下の床の掃除状況を確認したのか? 


 それは、梨子と同じように、ドアノブの下に物を置いて、大広間に宣利さんを閉じ込めたのではないかと思ったからよ。


 確かに、ドアノブにぴったりの高さのものをはめて、ドアノブが全く動かなければ、摩擦でドアノブの塗装が剥がれる可能性も低くなる。だから、一番可能性のある推理だと思ったのだけれど、廊下の床の汚れを確認して、その可能性は途絶えたわ。


 なぜなら、廊下に物を長期間置いておくと、そこだけ汚れないからよ。


 この鏡幻荘は1年に1度の今日しか使わないから、掃除が行き届いていないところが多い。特に、天井の掃除が行き届いていないわ。だから、埃や汚れが床に落ちているの。


 だから、1か月以上放置されれば、このように床が汚れるはずよ。もし、廊下に物を置いておいて、1か月放置すれば、物を置いていた場所と他の廊下との汚れ具合が少し変わってくるはず。


 それが物を置いた跡として残るはずなのよ。でも、昨日確認した限りではそのような跡は見られなかった。廊下は全て均一に汚れていたわ。


 だから、ドアノブの下に物を置いておくトリックも違うの。


 そして、本題に戻りましょう。」

「余談で私の推理が否定されたの。」

「本題でも梨子の推理を否定するよ。」

「えっ!?」

「じゃあ、本題。


 昨日掃除されていなかった廊下が、今日になって掃除されているのか?


 それは、泥に突き落とされたが廊下を歩いたからよ。雅が鏡幻荘の周りを泥だらけで歩いたとするわね。この時、まず、私に事情を説明して、都さんを雅の部屋から追い出す方法があるわ。


 でも、これは駄目よ。だって、私は雅と都さんの見分けは付かないからね。


 私は鏡の破片トラップに引っ掛かった都さんが悪あがきをして、雅に成りすましているとしか思わない。だから、私に相談することは出来ない。


 ゆえに、雅は都さんの部屋で一夜を過ごすことに決めたの。


 だから、雅はまず体に付いた泥を風呂場で落とそうとした。その時、私に気が付かれないために、南側の玄関から侵入した。そして、風呂場で泥を落としたでしょう。でも、風呂場に行くまでの廊下は泥だらけのままでいかないといけないから、廊下に泥が落ちていた。


 だから、それを雅が掃除したのよ。


 なので、南側の廊下は掃除されているわけね。このような自然な推理が展開されるから、殺されたのは雅ではなく、都さんと言うことになるんじゃないかしら。


 また、これは感情論になるけれど、さっきの都さんらしき人の悲しみは本物だったように思える。


 だから、私は雅が都さん殺しの犯人ではないと思っているわ。」

「……そうなのかな?」

「それに、梨子の推理では、宣利さんの事件の方の二重の密室を作る意図を完全に説明できていないと思うの。


 確かに、鏡幻荘の密室の説明は自然だと思うけど、やっぱり大広間を閉じる意図は見えないわ。


 だって、合鍵の存在を示したくないだけなら、一重の密室だけで十分よ。


 それに、ドアノブの下の物体を取り除くだけが密室に入る意図なら、なおさら大広間の鍵を掛ける必要はない。」

「確かに、そうなるか……。」

「でも、そのようなことが起きたとすると、事件は余計に難しくなる。


 なぜなら、犯人は窓側から侵入したとすると、地面に足跡を残していないことになるのよ。」

「……確かに!」

「足跡はどちらも都さんと雅の足跡だった。と言うことは、都さんを殺した犯人は足跡を残さずに、雅の部屋に侵入し、都さんを殺したことになる。」

「難しすぎない?」

「でも、この推理の否定の数々が真実を浮き彫りにするはずよ。」

「全ての不可能を消去して、最後に残ったものがいかに奇妙なことであっても、それが真実となる。(シャーロックホームズ)


 ってこと?」

「そう。この事件の真相はおそらく奇妙なものになるでしょうね。


 これだけまともな推理が全て不可能、または不自然になっているんだからね。」

「じゃあ、推理の数を撃たなきゃならないね。」

「ええ……。


 一応、まだ1つ試していない仮説があるの。」

「まだ隠し持っていたの?」

「ええ、ただ少し奇怪だから試していなかっただけよ。」

「その奇怪なトリックは何?」

「それは、扉自体に糸を掛けるトリックよ。」

「扉自体に糸を掛ける?」

「扉の下からピアノ線のような糸を部屋の中に通して、扉の上から部屋の外に出す。その糸の両端を部屋の外で固定しておくやり方よ。


 これなら、ドアノブの塗装が剥がれることは無い。扉の素材は固いから、糸の跡も残らないはずだと思うの。」

「なるほどね。」

「一応、糸を持ってきたから、試してみましょう。」


 泡は白衣の中から透明な糸を取り出した。


「なんで、ピアノ線を持っているの?」

「普通、持っているでしょ?」

「まあ、そうか。」


 泡は白衣のポケットからラムネ菓子を取り出して、口に咥えた。そして、宣利さんのいる西の大広間の扉を開いた。やはり、きつい匂いが匂ってくる。泡はそんなことを気にせずに、扉の下から糸を通した。そして、扉の上に糸を掛けた。


「梨子? 出した糸の両端を押さえてくれる?」

「分かった。」


 私は扉の上と下の糸の両端を持った。だが、これを強く引っ張ることができないと分かったので、糸の両端を足で踏んづけた。泡は私が糸を踏んづけたことを確認すると、大広間の扉を閉めた。


 私は扉が開かないように強く糸を踏んづけた。しかし、泡はすぐに大広間の扉を開けた。糸はしっかりと私の靴の下で固定されていたが、糸が扉の蝶番の方へと移動していた。


「なるほど、糸で扉を固定しようとすると、糸が蝶番の方に移動するから、簡単に開いてしまうのね。


 ……この推理も駄目ね。」

「とりあえず、1つの可能性は消すことができたね。」

「……いつ、可能性を消しきることができるんでしょうね。」


 泡は溜息をついた。


 その時、突然、地面が揺れた。


 私がその地面の揺れにびっくりした後、それが地震だと気が付いた。自身は上下に揺れるような揺れだった。私は立ったままで入れたが、泡は地震にバランスを崩して、地面に尻もちをついていた。泡は口からラムネ菓子を落とした。


 しばらく地震が揺れた後、段々と揺れが収まっていった。


「……泡、大丈夫?」

「痛~。凄い揺れ。


 火山性の島だから、地震が起こりやすいのね。それにしても、強い地震。


 震度6はあったんじゃない?」

「……? そうかな?


 あって、震度3くらいじゃなかった?」

「そう? それに、強い横揺れ……。」


 泡は何かに気が付いたように、目を見開いた。そして、泡は体を起こした。泡は口に咥えたラムネ菓子を指で挟んで、息を大きく吐く。泡は考えを巡らせているようだった。


 そして、泡は再び口にラムネ菓子を運んだ時には、ニヤリと大きく口角を上げていた。


「……なるほどね。


 完全に解けたわ。この事件のトリックが。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る