2個目の推理

「嘘でしょ! 雅が……。」


 雅の死を皆に伝えたが、一番驚き、悲しんでいたのは、都だった。


 それは演技か本心か測りかねた。


 私が彼女の部屋の前で雅の死を伝えた後、彼女は困惑している様子だった。それは、雅の死が受け入れられない純粋な困惑と言うよりも、他の何かが入り混じっている困惑に見える。


「……本当なの?」

「はい。誰かに撃たれたみたいで……。」

「……でも、雅の部屋は鏡の破片が撒かれていて、誰も入ることができないんじゃなかったの?」

「そうなんですけど……。」

「……そんな。」


 都は少し考えている様子だった。しかし、その思考の中で雅の顔に涙が流れ落ちる。都はそのまま膝を落として、地面に崩れ落ちた。


 静かな鏡幻荘の中に都の泣く声が響き渡った。


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「本当に……。」


 無残に殺された雅の死体を都はただ呆然と見つめていた。目の前の状況を受け入れられない様子の都は段々と呼吸が乱している。


「大丈夫ですか?」


 都は呼吸を乱したまま、私の質問に答えられない様子だった。泡はその過呼吸気味の都の後ろに回って、背中をさすった。


「とりあえず、呼吸を落ち着かせましょう。」


 泡の治療のおかげか、都は少しずつ自然な呼吸を取り戻していった。泡はそのまま都に雅の死体を見せないように、部屋から出るよう促した。都は泡の誘導に乗り、おぼつかない足取りで、部屋を出た。


 呼吸に落ち着きを取り戻した都だが、何かに絶望したような顔は変わらなかった。都は頭を抱えたまま、壁に寄りかかる。そのまま足の力が抜けていき、壁に寄りかかった肩を下へと滑らせた。


 そして、床に座り込んだ。その後、こう呟いた。


「私が入れ替わらなければ……。」


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「さて、それじゃあ、事件を整理しましょうか。」


 都を部屋に返した泡は、雅の部屋にいる私に話しかけるなり、そう言った。


「……やっぱり都さんが犯人なんじゃない?」

「……。」

「だって、雅の部屋に窓から侵入しようと思える人間は、廊下のトラップを知っている人物。トラップの存在を事前に知っていた人物は、私と泡と雅の3人だけ。廊下は暗いから、トラップに気が付けないはず。


 でも、鏡の破片のトラップに引っ掛かった人間なら、その限りではない。


 泡は言ったわよね。昨日から今日の夜でトラップに引っ掛かった人間は、都さんだけだって。


 なら、都さんがトラップに引っ掛かった後、窓から侵入したのよ。そして、都は雅を殺したのよ。」

「……それには決定的な間違いが……。」

「密室でしょ。それは簡単よ。


 だって、鏡の破片の存在を知っていれば、踏まないように注意すればいいだけなのよ。


 おそらく、都さんは雅の部屋を普通に扉から脱出した。そして、鏡の破片トラップを踏まないように移動した。


 鏡の破片が撒かれた床を飛び越えると、着地の時に大きな音が鳴ってしまう可能性がある。だから、おそらく都さんは開かずの保管庫のドアノブに足をかけて、ゆっくりと移動した。ドアノブは鍵が掛けられているから、固定されている足場よね。


 だから、女性一人くらい乗ることは簡単でしょう。後は、ドア枠を掴みながら、鏡の破片が撒かれていない地面にゆっくりと足を乗せれば、鏡の破片トラップを突破することができる。そして、部屋の窓は都以外の侵入者を避けるために、すぐ鍵を閉めただろうから、これで密室の完璧よ。


 これは意図した密室じゃなくて、脱出するためにしょうがない密室だったの。


 そして、都さんが犯人なら、最初の事件も納得がいく。


 だって、都さんは鏡幻荘の鍵を私達が入る前に持っていた唯一の人間だもの。


 実は、二重の密室なんてものはなかったの。ただ、都さんが持っていた合鍵で開け閉めされた部屋だと考えたら、この事件は簡単に解決することができる。


 おそらく方法はこうよ。


 まず、大広間に宣利さんを閉じ込めるトリックだけど、これはドアノブの下に物を置いておくことで解決する。


 扉を開かせないためには、扉を物理的に開かせないよう押さえる方法もあるけど、そもそもドアノブが回らなければ、扉は開かない。


 だから、ドアノブの下にちょうど収まる高さに合わせた物体をドアノブの下に部屋の外から置いておく。そしたら、大広間の中からはドアノブを回せないので、扉を開けることができないから、大広間の中に閉じ込めることができる。


 そして、後は今日の密室に侵入する意義は、ドアノブの下の物体を回収することよ。ここで、都さんの合鍵が必要になってくる。


 都さんは到着が遅れていた振りをしていたけど、実はもっと早く鏡幻荘の近くまで来ていたのよ。都さんは普通に南の砂浜に船を停める訳じゃなく、それ以外の場所に船を停めた。


 そして、鏡幻島に侵入した後、鏡幻荘に鍵で侵入し、大広間にも鍵で侵入した。そして、ドアノブのの下の物体を回収した後、帰るときに鍵を閉めた理由は、鍵によってこの密室が作られたことを知られたくなかったから。


 だって、この鏡幻荘の鍵を開けて置いたままにしておくと、誰かが鍵を開けたことになってしまう。そうなれば、真っ先に疑われるのは、都さん。なぜなら、昼に鍵を持ってていたのは、都さんだけだから。


 その危険性を避けるために、都さんは鍵を閉めた。そして、北の停めていた自分の船に乗って、鏡幻島を大回りで旋回して、南の砂浜に到着した。これで解決。


 だから、密室に入る意義も密室を作る意義もあった。


 よって、最初の事件も今起きた事件も密室を作る意義があった。


 これらのことから、最初の事件も今の事件を実行に移すことのできる人間は、都さんただ1人。


 これがこの事件の真相じゃないかしら?」


 泡は黙って、私の推理を聞いていた。今回はビリヤード振り子トリックの時の様に、突っ走っていない。さらに、先ほどのような推理の穴はないように見える。


「……確かに、その推理は私も一番可能性の高い仮説として、ついさっきまで考えていたわ。


 でもね。ある決定的な間違いがその推理には存在するの。」

「……間違い?」


「ええ、梨子は間違っている。



 だって、今回殺されたのは、だもの。」

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