密室には密室
泡は白衣を脱いで、床に飛び散った鏡の破片を脱いだ白衣で集めた。
私ならず、雅も口を開けて驚いている。
「……聞きたいんだけど、マジで何をしているの?」
「決まっているでしょ?
この部屋を密室にするの。」
「マジでどういうこと?」
「一番最初のミッションインポッシブル見たことない?
イーサンハントがアジトの入り口の電球を取って、周りを暗くする。そして、電球を割って、床に振り撒く。そうすれば、侵入者が入り口から入ろうとすれば、電球の破片を踏んで、音が鳴るの。
その音で犯人の侵入を察知するってやり方。」
「……それをするってこと?」
「そう。」
ようやく私は泡の思考に追いついた。
「この鏡の破片を梨子の部屋側の廊下と私の部屋側の廊下に撒く。廊下には明かりは無いから、廊下から雅の部屋に近づいた人間は確実に廊下の破片を踏む。そうすれば、音で侵入者が分かるって訳ね。
そして、雅の部屋の窓周辺にもこの破片を撒いておく。そうすれば、また音で察知できる。乾さんの証言から、最初の事件で犯人は東の玄関か窓から侵入していると思われるから、窓に鍵を掛けていても、突破される可能性がある。
だから、この二重の警備で密室を作る訳ね。」
「でも、この部屋は防音性能が凄いんだよね。」
「ええ。扉を閉めてしまえば、部屋でどんちゃん騒ぎしたとしても、扉に聞き耳を立てていても一切聞こえませんわ。」
「だから、あえて雅の部屋と私の部屋の扉を少し開けておくの。
私は寝ずにずっと聞き耳を立てて置くから、雅は安心して眠ればいい。」
「それは泡さんに悪いですわ。」
「いや、ちょうど今夜は徹夜しなくちゃならないと思っていたの。
だって、明日の夜までには助けは来るかもしれないけど、それまでの安全は確保されるとは限らないからね。早めに島外に連絡を取れた方がいいでしょ。だから、無線を作ってみようかと思うわ。」
「無線を作るって、材料はあるの?」
「私のスマホを分解すれば、部品はそろうと思うわ。それに、工具箱は乾さんから借りればいいでしょ。」
「スマホは壊しちゃっていいの?」
「今持ってきているスマホは連絡用だから、そこまで重要な情報は入っていないわ。」
「……でも、無線を作った所で、船の無線みたいに酷いノイズがあったんじゃ意味がないんじゃない?」
「それはなんとかするわ。
通信を遮断する妨害電波は波長さえ分かれば、何とかできるわ。それが一番時間がかかるけどね。」
「徹夜するほどなのね。」
「ええ、そうね。私だと相当時間が掛かっちゃうわ。
もし、私のお抱えエンジニアがいたなら、1時間もかからないんだけどね。」
「お抱えエンジニア?」
「……さあ!
もう夜も遅いし、鏡の破片を撒いてしまいましょうか。」
泡は顔を赤くして、慌てた様子だった。泡は白衣で包んだ鏡の破片をまず窓の前に振りかけた。その後、泡は部屋の扉を開けて、廊下へ出た。そして、泡は鏡の破片が詰まった白衣を床に置いて、足で踏んづけた。
白衣からベキベキと鏡の割れる音が聞こえる。どうやら、鏡の破片をさらに細かく砕いているらしい。
私は泡に続いて、廊下に出た。廊下は暗かった。
先ほどまでは、天井に付いている天窓からの太陽光が廊下を照らしていたらしい。
「……あの天窓って開くんですか?」
「いいえ、あの窓ははめ殺しと聞いてますわ。もちろん、あの窓も強化ガラスですから、割れませんわね。」
「天窓からの侵入も無理ってことね。」
「つまり、天窓も窓も同じ条件で、上に付いているか横に付いているかの差ね。」
泡は私の部屋側の廊下に鏡の破片を振り撒きながら、そう言った。泡はその後、反対側の廊下も鏡の破片を撒き終えた。
「ちょうど足りたわね。
……ねえ、梨子? 一回、部屋の中で鏡の破片を踏んでくれる?」
「分かった。」
泡は自分の部屋に戻ったので、私は雅の部屋に入った。そして、窓の前に撒かれた鏡の破片を踏み、体重をかけていく。すると、ペキペキと音を立てた。鏡幻荘の静寂を破るには十分な音だった。
「十分聞こえるわね。扉を開けてさえいれば、居眠りしていても聞こえるわ。」
「ありがとうございます! 私なんかのために。」
「同じ船に乗った仲ですから、これくらいは大丈夫ですよ。
本当は全ての廊下に撒いて、犯人を特定したいところですが、それだとどこで誰が鏡を踏んだのか分かりません。それに、撒いた場所が広くなると、雅さんを予言から守るという目的を失いかねない。
だって、天神さんの部屋の辺りで鏡の割れる音が聞こえて、その音の調査に言っている隙に、雅さんに接近される危険性がありますからね。まずはこの鏡幻荘の北西を守ることに集中します。」
「……でも、都の方が大丈夫でしょうか?」
「正直私は都さんが雅さんに間違われて殺されるとは思いません。」
「なぜですか?」
「冴島雫の予言は、双子の差異を考慮できない程に不正確なものではないからです。」
「つまり、予言は必ず私を殺しにかかってくるということですか?」
「ええ、正直、冴島雫とは直接会ったことはありませんが、彼女は私に及んでいる。
いいや、彼女は私を超えているのかもしれません。
私は究極の傲慢と言えるほど、自己肯定感を高く持っているつもりです。ですから、世界の誰が束にかかってきても、私は及ばないと思う時もあります。
それでも、冴島雫だけは私の
彼女は建築界においては天才的な革命児でした。鉄やコンクリが主流になった建築界に、CLTと言う技術を引っ提げて木材を主流に書き換えた。
それは革命的で天才的でした。それだけなら、私もただ凄いと思えた。
ですが、彼女の研究成果や論文を見るたび、何か私を凌駕する途方もない存在を彼女に感じるのです。
彼女と私は似ている。
それでも、全てが非対称であるがゆえに鏡のような存在に恐怖を覚える。
そんな感覚を彼女からは感じるんです。」
泡の話す口調は、当事者ではない私にも恐怖を伝えるものだった。
冴島雫とはどんな存在なのだろうか?
「……話が逸れましたね。
だから、彼女の発言には得体の知れない説得力があるんです。
彼女が雅が死ぬと言ったなら、それが実現してしまうような気が私にはしてしまうんです。
そこに、間違いはなく、確実に都さんではなく、雅を殺しにかかってくる。」
雅は泡の一種の殺害予告のような脅しに面食らっていた。
「それでも大丈夫です。
私が守ります。彼女の予言通りにはさせません。」
泡は今までの真面目な口調のままで続けたので、そこには妙な説得力が生まれていた。雅もそれを聞いて、少しは落ち着いたようだった。
「分かりましたわ。泡さんを信じます。」
「大丈夫、絶対に殺させはしない。」
しかし、私は泡の発言に自信が消えていることが分かった。先ほどまでの自信と迫力は冴島雫に裏付けされたものであったことを強調していた。
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いや、寝ていいのか?
私はベットに寝転がりながら、天井を見つめていた。その中で、単純に人殺しのいる空間で、意識を保たずに眠ってしまってもいいのだろうか?
だって、明日には助けが来るはずなら、眠らずに気を張って置くべきじゃないか?
私はベットから抜け出して、自分の荷物を漁る。何か武器になるものを自分の持ち物から探してみる。だが、服や小物ばかりで、金属バットのような抵抗する道具はない。
……そういえば、乾さんがこの家には銃があるって言ってなかったっけ?
もし、銃を持たれたら、どんな武器を装備したところで意味がない。そもそも泡の助けがあったとしても、銃に抵抗することは難しいような気がする。
じゃあ、ますます眠れなくない。
私は少し開いた扉の前に向かう。少し、泡の顔を見て安心したい。私は扉のドアノブを握った所で、あることを思いつく。
泡は信頼できるのか?
そもそも、この鏡の破片を床にばらまく方法は回りくどい気がする。だって、泡と雅が同じ部屋で過ごすことが最適解である気がする。しかし、泡はそうしなかった。
なぜだ?
泡はなぜ自身が死ぬ運命に無いと知っているのか?
それは、自身が犯人だから?
私は握ったドアノブを離した。そして、ベットに座り込む。
もう、何を信じればいいか分からない。
自分以外の全てが怪しい。
私は頭の中で交錯する疑心と恐怖に耐えられずに、ベットに頭を下ろした。
すると、私の頭の中から変な考えがスーッと消えていった。
それが、睡魔であったことに気が付くのは、朝になってからだった。
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私の網膜に光を感じて、重いまぶたをこじ開ける。カーテンから漏れ出した光が私の顔を照らしていた。
どうやら眠っていたらしい。
本当は眠ってはいけなかったが、私が殺されていないという結果論だけで自分の行動を正当化しよう。クローズドサークル物のミステリーで、1日くらい徹夜しろといつも思うが、人のことを言えたものではない。
意外と殺人現場の目撃は人を疲れさせるものだ。それは、恐怖すら超えるものなのだと思った。まあ、それは限りなく部外者である私であるからなのかもしれない。
私はこの経験はミステリーに使えると不謹慎にも思いながら、ベットから体を起こした。よく考えると、布団もかけずに寝ていたのだが、意外と寒くはなかった。
私は窓に向かい、カーテンを開けて、窓を開ける。昨日の雨はもう止んでいて、晴天が広がっていた。しかし、家の周りはまだ水溜まりができている。
私は少しだけ外の空気を吸った後、扉の方向へと向かう。扉を開けて、廊下に顔を出す。一応、人がいないか確認する。誰もいなかったので、廊下に出る。
雅の部屋の扉は閉まっていて、泡の部屋の扉は開いていた。なので、泡の部屋から先に向かうことにした。泡の部屋の扉を開けると、泡が工具を使って、何かを作っている様子だった。
「あら、梨子。その顔から見るに、よく眠れたようね。」
「そんなに寝起きの顔してる?」
私は鏡で顔を確認することを忘れていたことに気が付く。
「泡は徹夜したの?」
「もちろんでしょ? だから、もうすぐ無線が完成するわ。」
「侵入者はいなかったの?」
「1人いたけど、すぐに帰ってもらったから大丈夫よ。」
「ふーん、それなら良かったわ。
だって、雅も部屋の扉を閉めるほど安心して……。」
あれ?
なんで、雅の部屋の扉が閉まっていたんだ?
私はすぐに泡の部屋を飛び出して、雅の部屋の扉を確認する。すると、部屋の扉はしっかりと締まっていた。
「閉まってる?」
泡が私の後ろで呟いた。泡も何かやばい気配を感じ取ったのだろう。
私と泡は目を見合わせると、泡は深呼吸をした後に、雅の部屋の扉のドアノブに手を掛ける。
そして、扉を開く。
予想通りと言うべきか、予言通りと言うべきか。
目の前には胸から血を流して、ベットに力なく横たわる雅の死体があった。
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