鏡の間

「さて、気を取り直して、都に成りすましている雅の演技を見に行きましょうか。」

「そうね。」

「今度は突っ走らないでね。」

「……はい。」


 私は反省した顔を泡に見せた。それを確認した泡は、雅の待つ部屋へと向かっていった。


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「越前さんに梨子さん。何か御用でしょうか?」


 都に成りすました雅だろうが、喋り口調がいつものお嬢様口調でないと、本当に都のように見えてしまう。


 と言うか、雅はお嬢様口調を止められるんだ。


「じゃあ、単刀直入に言うけど、あなた雅でしょ。」

「……何を言っているのかしら? 


 私は正真正銘、藤原都ですけど。」

「やっぱり双子と言えども、状況の差が出るんだね。


 雅の方が私達と喋ったり、天神さんと話したりしているから、都さんより声が少し枯れて、半音低くなってる。」

「……!!!


 ……そうなんですか?」


 雅の顔は一気に優しさがにじみ出てくる。やはり少し都に寄せるために、顔の表情まで変えていたのだろう。


「もちろん、嘘。2人は全く同じ声。」

「かまをかけたんですの?」

「ええ、先に雅に成りすました都さんに会っていましたからね。都さんの方はなりすましが上手ではなかったので、すぐに見破れました。正直、雅のなりすましは上手だったわね。


 先にこっちに来ていたら、騙されていたかもね。」

「それは嬉しい限りですが、しょうがありませんわね。


 わたくしは雅ですのよ。」

「なるほど、じゃあ、言語ゲームの提唱者は誰でしょうか?」

「ルードヴィヒ・ウィトゲンシュタインですわ。」

「本物ですね。」

「都は答えられなかったんですの?」

「ええ、そうですね。」

「社会学者ですのに……。」

「存在は知っていても、フルネームを暗唱することは難しいですよ。」

「そうですわね。


 私は直前まで天神さんとお話していたので、記憶に染みついているだけなのでしょうね。」

「……それにしても、なぜ2人は入れ替わっているんですか?」

「……別に深い理由はないんです。


 ただ、こちらの部屋の方が匂いが薄いので、都が部屋を変わってくれただけですわ……。」

「でも、それならわざわざ入れ替わりの演技をする必要はないのでは?」

「……。」

「やはり、深い理由がありそうですね。」

「……ここでは喋りにくいですので、中へお願いできまして?」

「……ええ、もちろん。梨子もいいわよね。」

「はい。」

「ありがとうございます。」


 雅はそう言って、扉を大きく開けて、部屋の中へと私達を招き入れた。泡がまず入り、私がその後に入る。


「そちらのベットの上にでも腰かけてくださいまし。」


 雅は私達をベットの上に座るように促した。雅の荷物は片されて、既にクローゼットの中だった。雅は廊下を見渡した後、扉を閉めた。そして、部屋の鍵を閉める。この部屋も大広間と同じつまみのあるサムターン式の鍵のようだ。


「……この部屋は防音性が高いので、盗み聞きの心配はないと思うんですけれども……。」

「相当聞かれたくないことのようですね。」

「ええ、もしかしたら、この事件の真相に近いものなのかもしれませんわ。」

「ほう、それは興味深いわね。」

「この秘密を知っていることがバレると、犯人に命を狙われかねないかもしれません。」

「それを私達に話してしまってもよろしいのですか?


 私達が犯人の可能性もありますよ。」

「私はその可能性は低いと考えていますわ。


 なぜなら、父をあのようにむごたらしく殺す人間は、父に対し相当の恨みを持つ人間でしょう。泡や梨子、天神さんのようなほぼ父と初対面の方では、あのような殺しを行わないでしょう。


 もし、泡や梨子たちに間接的な恨みがあったとしても、もっと別の方法でちちをっ殺すでしょう。あの殺し方は、父と長年の付き合いがある人間でしか持ちえない憎悪を感じますわ。


 それに、1カ月前から鏡幻島への入島を許される人間は、藤原家か海老沼家の人間しかないはずですわ。この島は簡単に密入できる訳でもないですし、父がこの島に来るタイミングは藤原家の人間でも分かりませんわ。


 なので、あなたがた初対面の3人の犯行は難しいですわ。そして、藤原家か海老沼家の人間の誰かが父とこの島に来て、あの大広間に閉じ込めたのだと考えても良いのです。」

「なるほど、確かにその通りですね。


 自分が言うと怪しくなりますが、その理屈は私達が犯人でない証拠としては、強いですね。」

「そうでございましょう?


 それゆえ、私はお2人にはこの話をしても良いと判断しました。もちろん、他の人への口外は控えてくださりますようお願いします。」

「もちろんです。」

「ありがとうございます。


 それでは、私が知っているこの鏡幻荘の秘密について説明しますわね。


 まあ、秘密と言えど、私も記憶が曖昧なのですが……


 私は開かずの間に入った記憶があるのです。」


 雅の発言に私達は驚いた。


「……それはどういう経緯で?」

「おそらく、私が開かずの間に入ったのは、鏡幻荘のリフォームのタイミングでしたわ。


 そのリフォーム中、父はリフォームを行った冴島雫以外誰も島に入れようとしませんでした。


 ですが、私は父が鏡幻島に向かう船にこっそりと乗り込んで、リフォーム中の鏡幻島に乗り込んだことがあるのです。鏡幻島は、クリスマスにしか行くことができませんでした。ですから、その特別感に惹かれて、父に内緒で鏡幻島に向かう父の船に乗り込みました。


 父は冴島雫に頼まれた材料を船で持ち運んでいました。私はその材料に隠れて、島に乗り込みました。


 幸い、島に着くまで父に気付かれることはありませんでした。父が材料を鏡幻荘に運ぶ途中に、船から抜け出し、鏡幻荘の中に入りました。私は父に見つからない様にだけ気を付けていたのですが、よく考えれば、そこには冴島雫がいることを忘れていました。


 私は冴島雫に見つかったのです。


 私は冴島さんに怒られるのかと思いましたが、彼女はにこりとほほ笑み、


 『いいものを見せてあげる。』


 彼女はそう言って、私を連れ出し、開かずの間と言われている扉の前に立ちました。そして、彼女は鍵を使って開かずの間の鍵を開け、扉を開けました。


 部屋の中は、大広間、つまり、今回父が殺された部屋と全く同じ部屋が広がっていました。家具の配置から、部屋の大きさまで同じでした。それは、他の部屋でも同じことなのですが、開かずの間である部屋が東の大広間と全く同じように管理されていたのです。


 『この部屋は鏡の間、この鏡幻荘の対称性を守っている部屋』


 彼女はそう言って、私をその鏡の間に入れました。そして、彼女は扉を閉めたのです。


 私はしばらく何が起きたか分かりませんでした。私が状況を理解するまで、鏡の間で立ちすくんでいました。何分か経った後、私がようやく扉を開けようとすると、扉が全く開かないのです。


 ドアノブは回るので、鍵が閉まっているのではないのですが、いくら力を込めても、扉は開かない。彼女が外から扉を押さえているようでもなく、全く扉は開きませんでした。


 それから、1時間ほど扉が開かないまま、鏡の間の中に放置されました。私はそのままどうしようもないので、いつの間にか鏡の間で眠りに落ちてしまったのです。


 その後、私が目を覚ますと、目の前には冴島雫がいました。


 『よく眠れた?』


 不気味に微笑む彼女は当時の私にとっては、とても気味が悪かったです。


 『これで、あなたは元の世界には戻れない。


  今、あなたがいるのは、鏡の中の世界。』


 彼女は真面目な口調で続けました。


 『近い未来、この鏡の世界に迷い込む人間が出るでしょう。


  その人間は迷い込んだまま生きて出られない。


  その時、鏡の中のあなたも殺される。』


 彼女はそう言って、不敵な笑い声を上げました。


 私はそのまま彼女に連れられて、鏡の間を出ました。その時は簡単に扉が開きました。私はその時に強烈な違和感を感じました。パニック状態の私にはその時の違和感が何だったのか分かりませんでした。


 ですが、そこが鏡の中の全てが反転した世界であるかのようでした。


 私はそのまま彼女に連れられて、島の外に送られ、家に帰されました。幸い、一日中外で遊んでいたと勘違いされたので、誰にもバレなかったようです。


 私はこの体験の中に、今回の事件の真相が全て隠されていると思います。


 冴島雫はおそらく父の死を予言していました。


 そして、私の死も。


 私は父が殺された後、彼女がした予言が怖くなってしまったのです。


 ですから、都に相談しました。すると、都は私と入れ替わることを提案しました。


 私と都が入れ替わることで、予言が変わるのではないかと。


 それは都に私の予言を押し付けることとなってしまうということなので、私は反対しました。


 それでも、結局は都の強い説得に押されて、入れ替わりを行うことにしました。


 都は彼女の予言を信じていない様子でした。だから、かばっても死なないと思っているんです。


 今でも少し、都が身代わりで殺されてしまうのではないかと内心怖いんです。」


「なるほど、そう言った事情があったんですね。」

「ええ、だから、もうすぐ私が予言通りに殺されてしまうのか、都が身代わりに殺されてしまうのではないかと気が気じゃないんです。」

「……それなら、私が雅を守りましょう。」

「どうやって?」

「……こうするんです。」


 泡はそう言った後、クローゼットの横に置かれている姿見に向かって、ドロップキックを食らわせた。


 ドロップキックを受けた鏡は音を立てて、ひび割れる。ひび割れた鏡は、キラキラと部屋の光を乱反射して空中に漂った。


 私はただ口を開けて驚くしかなかった。

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