ビリヤード振り子トリック

「さあ、次は都さんのふりをしている雅に事情を聞きに行きましょうか?」

「……ちょっと待って。」

「何?」

「雅に話を聞きに行く前に、密室の作り方について考察してもいい?」

「いいわよ。ミステリー作家の卵の推理を聞かせてもらいましょうか。」

「ええ、これはミステリー作家ならほとんどが知っている密室のトリック。


 留め金のトリックよ。」

「江戸川乱歩とかのやつね。」

「そう、留め金のトリックは古典的なトリックだけど、結構最近の作品でも普通に使われていることが多いわ。もはや、ミステリー好きの間では周知の事実として、詳しい説明なしで使われることも多いわ。


 糸を使うトリック、ロウソクを使うトリック、氷を使うトリック、扉を強く閉めるトリック等が有名ね。


 糸を使うトリックは、留め金にテープで糸を付けて、糸を壁や物に何かに引っ掛けて置く。そして、糸を扉の下から通して、部屋を出る。その後、糸を引っ張れば、留め金が下りる。そして、テープを上手いこと張って置けば、留め金からテープが離れる。そして、糸を引っ張りきれば、テープも部屋の中から回収できるってやつね。


 ロウソクやマッチを使うトリックは、留め金の部分にマッチやロウソクを仕掛けて、火をつける。すると、それらが燃え尽きると、留め金が下りて鍵がかかるトリック。


 氷はそのロウソクとマッチと同じ理屈で、留め金に氷を仕掛けて、氷が溶け切ると鍵がかかるトリック。


 扉を強く閉めるトリックは、留め金を地面と垂直になるように立てておいて、部屋から出た後、扉を強く閉めると、扉を閉めた衝撃で立っていた留め金が倒れて、鍵がかかる仕組みね。」


「でも、それって、留め金だからできるトリックよね。今回の密室で使われた鍵は、部屋の内側でつまみをひねる必要のあるサムターン式の鍵よ。


 今言った留め金のトリックの応用で出来るものもあるけど、今回はどれを使う訳?」

「今回使うのは、糸と針のトリックと強く扉を強く閉めるトリックの合わせ技。


 名付けて、ビリヤード振り子トリック。


 このトリックを使えば、2つの密室を簡単に作り出すことができる。」

「面白そうね。聞かせてもらいましょうか。」

「まず、昼にしたココナッツビリヤードを思い出してもらいたいんだけど、2つの球が隣り合っている所に、手球をぶつけると、手球がぶつけた球は動かずに、ぶつけた球に隣り合っている球が動き出すよね。」

「ええ、そうね。


 ニュートンのゆりかごの仕組みと同じで、球をぶつけた衝撃がぶつけた球から隣り合う球に伝わって、隣り合う球だけ動き出すわね。」

「その仕組みをこの密室に応用してみる。


 この時のトリックの条件として、犯人は東の大広間、つまり、開かずの間の鍵を持っているものとし、その開かずの間にビリヤードのキューを置いていることにするわね。


 まず、宣利さんを密室で餓死させる。この餓死の方法は後で説明するわ。とりあえず、宣利さんを餓死させた後、大広間を密室にする。その方法はこうよ。


 まず、サムターン式の鍵のつまみを開いた状態、つまり、つまみの先端が上を向く状態にしておく。この状態で、鍵を閉めるためにはつまみを扉の蝶番ちょうつがいのある方に回さないといけない。


 よって、大広間の南側の扉だとすると、西側の保管庫の部屋の方へと鍵のつまみを回さないといけない。


 なので、鍵のつまみの東側面上部に糸をテープなどで張り付けて置く。そして、その糸のもう一方の先端はビリヤードなどの丸い球に貼り付ける。そして、その球にもう1本の糸を貼り付ける。この糸のもう一方の先端は天井に貼り付けて置く。


 この時の貼り付けるポイントは、鍵に貼り付ける糸の先端は上を向くように貼り付け、天井に貼り付ける糸の先端は西を向くように貼り付けることね。これは後で説明するわ。


 この糸が2本付いた球を東側の壁にぴったりつくよう、机の上に置く。後は、仕掛けをしていない扉を内側から鍵を閉め、仕掛けをした扉から出て、扉を閉める。そして、開かずの間の鍵を開けて、中に入る。


 で、隣の部屋に仕掛けた球が置かれている壁を正確に見つける。そして、その壁に向かって、力一杯ビリヤードのキューを突く。


 するとどうなるかと言うと、キューで突かれた壁は衝撃を隣の部屋の球に伝える。衝撃を受けた球は、机の上を転がり始め、机の上から落ちる。しかし、その球は天井に貼り付けられているので、振り子の原理で空中を動く。


 すると、振り子が西側に向かうと、扉の鍵に貼り付けられた糸がぴんと張り、つまみを西側に引っ張る。すると、つまみは振り子の運動エネルギーに耐えかねて、回り出す。


 よって、扉の鍵は閉まる。


 鍵に貼り付けた糸の先端は上を向いていた。つまり、扉が閉まると、糸の先端は西側を向く。この時、振り子の力で糸は西側に力がかかる。すると、鍵に貼り付けられたテープは振り子の力に負けて、剥がされてしまう。


 また、天井のテープも同じ。糸を西側に貼り付けているから、テープは振り子の力に負けて、剥がれてしまう。


 すると、固定されなくなった球は大広間の西の壁にぶつかり、その周辺に転がり落ちる。


 これで、大広間の密室は完成。


 このトリックを鏡幻荘の密室でも利用する。犯人が脱出したのは、乾さんの証言から、おそらく東側の部屋の窓ね。


 とりあえず、東側の部屋に着くと、先ほどと同じ球の振り子装置を作る。今回は、窓の下を向いているクレセント錠の取っ手の裏側と天井にテープを貼り付ける。この時、糸の先端はクレセント錠では下に、天井では西側を向くようにする。そして、球を窓の前の机に置く。


 後はさっきと同じ理屈で、壁をキューで突き、球を部屋の奥に振り子させる。すると、クレセント錠は奥に引っ張られて、下にあった取っ手は上がる。そして、鍵は完璧に閉まる訳ね。


 これで、二重の密室が完成する。」

「まあ、一応、密室は完成するわね。


 じゃあ、後で説明するって言っていた宣利さんを餓死させる方法も説明お願いできる。」

「ええ、もちろん。これは、あの大広間についてある仮定が必要だったの。」

「その仮定とは?」

「それは、


 あの大広間が吊り天井だったという仮定。」

「……なるほど。」

「仮に、あの大広間の天井が吊り天井で、上下運動可能だとするわね。


 すると、後は簡単。


 宣利さんを睡眠薬で眠らせるなりして、意識の無い宣利さんを大広間に運ぶ。そして、大広間を閉めた後、吊り天井を扉よりも下に移動させる。


 そうなれば、宣利さんが目を覚ました後、扉を開けようとすれば、扉は部屋の内側から見れば引き戸だから、部屋の内側に扉が引けないと扉は開かない。この時、扉を部屋の内側に引こうとすると、吊り天井が引っ掛かる。


 よって、扉は開かない。


 これは、糸で扉を固定する方法よりも扉が開くリスクは少ない。


 だから、宣利さんは部屋の中で餓死した。


 そして、今日になって、吊り天井を上げるために、鏡幻荘の中に入り、宣利さんの死体を確認した後、さっきのビリヤード振り子トリックを使って、鏡幻荘を密閉した。


 これで、全てのトリックの説明は終わり。


 さて、ここからは犯人の特定の時間。


 今話したトリックを行えた人物は誰か?


 ヒントとして、ビリヤード振り子トリックは、部屋の中にトリックに使った球を残してしまうこと。


 しかし、泡の捜査ではそれしき球は見つからなかった。


 そう考えると、犯人はどこかのタイミングで、大広間と東の部屋にある球を回収することができた人物。


 泡と私はそもそも昼の間はずっと一緒にいたから、スパイクを持って、さっきの犯行をすることができない。だから、泡と私は鏡幻荘に真っ先に入ったために、球の回収をすることは出来るけど、アリバイの観点から犯行は不可能。


 では、そうなると、犯人として考えられる人物は……。」


 私はゆっくりと来た道を引き返して、食事場へと向かう。そして、食事場の扉を開き、中に入る。いきなり扉を開かれたので、中にいた上村と天神教授は驚いていた。


「あなただ! 天神教授!」


 私は口に何かを入れて、呆然としている教授を指差した。


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