調査は続く
「おそらく、化粧をしていたのは、雅と都の差を少しでも無くすためね。双子と言えど、少し差が出てもおかしくないからね。実際、双子を育てている親や双子を生徒に持つ教師は、双子を見分けられることが多いしね。」
「だから、化粧をして、その双子の微妙な差を消そうとしたってこと?」
「そうだろうね。」
「でも、何のために?」
「それはまだ分からないけど、この状況が関係しているでしょうね。」
「うーん、なんだろう?」
「ひとまず、上村さんの部屋に行きましょう。」
泡はそう言って、上村の部屋の扉をノックする。しかし、応答はない。泡はしばらくしてから、ドアノブに手をかけて扉を開ける。開いた扉の隙間からは、上村の姿は見られなかった。
ベットの上に荷物が置かれている所は天神と同じだが、ポケットティッシュやペンに何かのレシート、ドングリなどの小物がベットの荷物の横に散乱していた。
「上村さんはココナッツビリヤードの時もポケットに入れていた小物を出して、ココナッツを蹴ってたもんね。」
「おそらくポケットの中にものを詰め込むのが癖なのね。」
「そうですね。兄はポケットになんでも入れてしまう父親譲りの癖がありますね。」
私が声のする後ろを振り返ると、私達の後ろには海老沼が立っていた。
「海老沼さん。」
「あまり人の部屋を勝手に覗くのは良くないですよ。」
「それはそうですね。でも、この状況ですので……。」
「まあ、返事が無ければ、部屋の中で殺されていることもあるかもしれないか。」
「海老沼さんも命を狙われているかもしれませんよ。
だって、直前まで乗っていた船が爆発したんでしょ?」
「そうですねぇ。でも、逆に言うと、私が船に乗っていない時に爆発したので、私は命を狙われていないのかもしれません。」
「そうとは言い切れませんよ。
だって、海老沼さんが無線をいじっていた時は、この梨子もいたんでしょう。なら、どちらか一方の命を奪いたいときは、爆発で2人を殺すことは避けるんじゃないですか?」
「なるほど、私だけが狙われていた場合は、梨子さんのおかげで私はその時だけ殺されなかったということかもしれないということですね。」
「そうですね。」
「でもそうなると、私達が船から出た所を見ていたということですよね。」
「そうなりますね。」
「ということは、鏡幻荘にいた越前さんや天神さん、乾さんには犯行は不可能ですよね。だって、鏡幻荘から船は見えませんから。」
「確かにそうですね。
ただ、それは船の爆発だけが目的だった場合は、その前提は否定されますけどね。」
「つまり、船の爆発で誰かが巻き添えになってもいいから、とりあえず爆破した。だから、爆発した時に私達が偶然船の中にいなかったということですか?」
「そうですね。
単純に船と言う脱出、連絡、宿泊手段を無くしたかっただけなのかもしれません。そこで人が死のうが関係ない。
そもそも、この島に私達を止まらせる理由は、おそらくまだ殺したい人がいるからでしょう。その殺したい人は特定の1人かもしれないし、この島にいる全員なのかもしれないです。」
「だから、船の爆発だけでは、犯人を絞ることは出来ない訳で、分かることも少ないということですね。」
「まあ、そう言うことですね。」
「……。」
「ところで、海老沼さんは足の調子はどうですか?
ええ、大丈夫ですよ。越前さんの治療が良かったおかげで、歩くことに支障はありませんよ。多分誰かと相撲をすることが無い限り大丈夫だと思いますよ。」
「それは良かったです。
では、昼の間に島を歩かれたりしましたか?」
「はい、少しだけ鏡幻荘に取り付けたヒートポンプの調子を見に行きましたね。特に異常はなかったので、すぐに船に引き返して、読書をしていましたけどね。」
「なるほど、船ではずっと読書ですか?」
「まあ、都さんに無線をいれたりはしましたが、それ以外は読書をしていましたね。」
「なるほど。
都さんとの無線は何度しましたか?」
「1回ですね。越前さんがケースを乾さんに私に言った直後に都さんに連絡をしました。都さんはその時にはまだ本島を出ていませんでした。」
「その時は無線が使えたということですね。」
「はい。」
「まあ、そもそも衛星を経由しているから、圏外はないはずなんだけどね。
だから、そもそも電波が遮断されていた可能性が高いですね。」
「通信遮断装置的な物が仕掛けられていたということですか?」
「そうですね。」
「となると、私達はいつ脱出できるんでしょう?」
「私は明日の夜に人と会う予定があるので、それまでには私が遅れたら何かあったと思われると思います。明日の夜から明後日までには必ず助けが来ると思いますね。」
「予定詰め詰めですね。私なんて年末に何も人と会う予定はありませんよ。
予定を入れて置くと、こんな時に役立つことがあるんですね。」
「かなりのレアケースですけどね。」
「まあ、そうですね。」
「……ちなみに、上村さんはどこにいるか分かりますか?」
「確か、天神さんと2人で食事場に向かってましたよ。」
「食事場ですか?」
「何か保管庫から缶詰らしきものを持ち出していたので、何か食べているんじゃないかと思いますよ。
……私はとても何かを食べる気は起きませんけどね。」
「……まあ、そうかもですね。」
泡は気まずそうに口に咥えたラムネ菓子を上下に動かしていた。
「とりあえず、お話しありがとうございました。」
「いえ。」
海老沼はそう言って、自分の部屋に帰っていった。
「なるほど、上村さんの癖は父親譲りね……。」
「それって大事なこと?」
「まあ、島の木の秘密を解く上では、海老沼寿樹がポケットに物を詰め込む癖があったことは重要だね。」
「まだ教えてくれない感じ?」
「探偵らしく謎は焦らそうかな。」
「出た! ミステリーあるあるの無意味な謎の引っ張り。」
「定型文にはなるけど、『時が来れば話す。今は説明が長くなりすぎる。』ってことにしておこうかな。」
「それは何度も読んだことか!
重要なことを話しかけた所で、どこからか悲鳴が聞こえるやつと探偵の謎の出し惜しみはミステリーの謎引き延ばし界の二大巨頭なんだから。」
「うふふ、梨子の調子が段々上がってきたわね。
その調子で、食事場に向かいましょうか。」
泡はニコニコ笑いながら、食事場へと向かった。上手いことのらりくらりとかわされたなと思いながら、私は泡の後ろについて行った。
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食事場の扉を開くと、上村と天神の2人が缶詰のコンビーフや鯖缶をパクパク食べていた。
私は死臭が漂う空間で、肉をバクバク食べれる奇人が2人いる奇跡に嫌悪感を覚えた。
「やあ、君も腹ごしらえに来たのかい?」
天神教授は箸でコンビーフを摘まんで、口に運んでいた。上村も鯖缶を食べている。
「腹ごしらえだとしても、肉は食べません。」
「そうか、高い缶詰だから結構美味いよ。」
「本当に、僕も毎年この缶詰を食べることが1つの楽しみでもあるんだよ。」
そのまま2人は、缶詰の汁までゴクゴク飲み干していた。ラムネをかじっている泡でさえ少し引いていた。
「……ひとまず、天神さんに聞きたいんですが、昼の間はずっと雅さんと一緒にいたんですか?」
「ずっとと言われると違うね。
大体、都さんが来る2時間前くらいかな。ちょうど西の海岸で本を読んでいる雅さんを見つけて、そこからはずっとお話をしていたかな。」
「ちなみに、都さんと出会う前はどのように過ごしていましたか?」
「島の探索をしていましたね。後は海を眺めて、ぼーっとしてましたね。」
「なるほど。
……上村さんはずっと私達と一緒にいましたね。」
「そうですね。」
「そう言えば、スパイクが見つかったんですよ。」
「そうなんですか? どこで見つかったんです?」
「実は大広間の中なんですよ。」
「大広間?
……もしかして、何か犯行に使われたんですか?」
「ええ、現場は吐瀉物や排泄物などが散乱していましたので、それを踏まないために上村さんの靴が使われたんだと思います。」
「そうですか。」
上村は新しいコンビーフの缶詰を開けて、それを箸で摘まんで口に入れた。
この人はトイレで飯を食べられる人じゃなく、トイレをおかずに飯を食べられる人だ。
「まあ、ココナッツビリヤードの会場に置きっぱなしにしていたので、誰でも取ることができたでしょうね。」
ビリヤード?
私はその言葉で、謎が解けていく。
そうだ。まだ典型的な密室の作り方を忘れていた。
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