条件整理

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前書き


「近況ノート:鏡幻荘の間取り図」にて、間取り表を公開しています。本文中にて説明されていますが、間取り表を見てからご覧になる方が想像しやすくて良いと思われます。

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「大分、廊下の匂いは消えてきたわね。」


 泡は鏡幻荘に保管されていたスプレー式の消臭剤を片手に廊下を回っていた。


「確かに、私も匂いは薄くなったように感じるけど、私達はずっと匂いの強い大広間にいたから、鼻がおかしくなっただけかもしれないね。」

「そうだね。


 実際、都さんと雅は、まだ玄関の近くから離れようとしないものね。」

「でも、早く匂いに慣れてもらわないと、今日はここで一夜を明かすしかないからね。」

「とんでもないクリスマスイブになりましたね。」

「じゃあ、この最悪なプレゼントを作ったサンタクロースは誰か突き止めないといけないわね。」

「どうするの?」

「それは、聞き込みしかないでしょう? こういうミステリーでは基本じゃないの?」

「まあ、そうだけど……。」

「なら、メモ貸してあげるから、しっかり重要なことは書いていってね。」


 泡は白衣のポケットから、黒い革の手帳とシャープペンシルを取り出して、私に渡した。その後、もう一方の白衣のポケットから煙草のラムネ菓子の箱を取り出し、ラムネ菓子を口に咥えた。そして、ラムネを吹かすふりをした。


「やっぱり空気が悪いから、吸い心地悪いわね。」


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 始めに、事情聴取をしたのは、乾だった。皆、一カ所に集まっているのかと思ったが、皆が皆を警戒して、バラバラになっているようだった。


 そして、廊下で泡は消臭剤を振り撒いていると見つけたのが乾だった。ちょうどトイレからできた所だった。泡はトイレの前に立つ乾に話しかけた。


「乾さん、水は正常に出ていますか?」

「ええ、ちゃんと海水じゃなく、淡水が出ていますよ。」

「それは良かった。ちゃんと浄水器の整備は出来ていた訳ですね。」

「そうなりますね。」

「ちなみに、浄水器の整備って言うのは、結構時間のかかるものですか?」

「まあ、そうですね。


 越前さんからあのケースを渡されてから、都さんがそろうまでずっと浄水器の整備をしていましたね。浄水器は南面の風呂場とトイレ用の浄水器と北面のキッチン用の浄水器がありますから、2つとも修理していましたね。」

「なるほど、ちなみにその修理の途中で誰かと会いましたか?」

「いえ、修理の途中では誰とも会いませんでしたね。


 ただ……。」

「ただ?」

「ただ、死臭のような酷い匂いを私は修理の途中で嗅いでいたような気がするんです。」

「それはいつ?」

「いつかは分かりませんが、南面の修理を終えて、北面の修理をしようと向かった所で匂いを嗅ぎましたね。」

「ちなみに、どこらへんでした?」

「確か、東面の周辺を通りかかった時に微かに変な匂いがしたんです。南面に着いた時には何も感じなくなりましたが、あの匂いは今思い返すと、鏡幻荘に立ち込めていた匂いなんじゃないかと思います。」

「なるほど。


 つまり、東面の玄関又は窓が開いた可能性があるということですね。」

「そうなりますね。


 私が東面の玄関も窓も確認したのですが、全て閉まっていたことを確認しています。上村も西面の窓と玄関はすべて閉まっていると言っていました。」

「なるほど。


 実は、私も鏡幻荘に真っ先に飛び込んだ時に、全ての部屋をチェックしたのですが、その時も窓がきちんとしまっていたことを確認しました。あの窓でよく見る取っ手を下に動かしたり、上に動かすことに鍵をかけるクレセント錠が全て下に下りていました。」

「じゃあ、窓も玄関も閉まっていたということか。なら、私が嗅いだあの匂いは気のせいだったのかな?」

「まだ分かりかねますね。


 ……ちなみに、皆さんどこにも見当たらないのですが、どこにいらっしゃるか分かりますか?」

「おそらく自分の部屋にいるんじゃないかな?」

「自分の部屋が決まっているんですか?」

「ええ、藤原家と海老沼家の人間はだいたい決まっているね。このクリスマスパーティーは毎年行われるものだから、なんとなく各自の部屋を持っていて、おそらく皆は勝手に入っているんじゃないかと思いますよ。


 越前さん達には申し訳ないですが、その関係で客人の部屋も決まっているんですよ。」

「別に、部屋はどこでもいいんですけど。」

「それは良かったです。ちなみに、越前さんは北玄関横の東側の部屋ですね。そして、甘利さんはそこの東玄関横の北側の部屋です。その間の部屋は、都の部屋になりますね。」

「分かりました。後で確認しますね。」

「……ちなみに、この中に宣利を殺した犯人がいるのでしょうか?」

「……いるでしょうね。もちろん、乾さんも私も容疑者に入りますけどね。」

「そうですね。」


 乾がそう言った後、会話が途切れてしまった。


「それでは、次は誰にしましょう?」

「一番近いのは、南玄関横の西側の部屋にいる天神さんでしょうか? ちなみに、その西隣の部屋が雅で、その隣が上村さんの部屋。上村さんの部屋を玄関を挟んで隣になるのが、海老沼さんの部屋ですね。」

「それで全員分ですね。」

「残りの部屋は、キッチンや食事場です。ちなみに、私が出てきた部屋がトイレで、そのトイレの南横が風呂場です。私の部屋はトイレの東横ですね。」

「……ちなみに、大広間の扉は北と南の2つだったと思うんですけど、あの扉は何ですか?」


 泡は東玄関の真正面の壁にある2つの扉を指差した。


「あれは、保管庫の扉だね。」

「保管庫?」

「ええ、缶詰や食料、掃除道具などの日用品が保管されていますね。その消臭剤も西の保管庫から取り出したのではありませんか?」

「多分そうでしょうけど、天神さんに頼んで、持ってきてもらったので。」

「なるほど。そう言うことですか。


 ちなみに、保管庫は西しか開けることができません。ですから、あの東の保管庫は、東の大広間と同じく開かずの間となっていますね。」

「……分かりました。


 ……そうだ! 最後に1つよろしいですか?」

「はい、もちろん。」

「先ほど出た浄水器の修理をする時は、鏡幻荘は断水状態になりますか?」

「……そうですね。そうしないと、浄水器から水が漏れ出してしまうのでね。」


 私は最後の泡の質問の意図が分からなかった。乾もなぜその質問をされたのか分かっていない様子だった。しかし、泡1人だけは納得した様子だ。


「立ち話にもかかわらず、長々と申し訳ありませんでした。」

「いえ、宣利を殺した犯人を見つけないと、夜もおちおち眠れないでしょう。」

「……そうですね。」


 乾は話が終わると、自分の部屋に帰っていった。


「宣利さんが殺されたことを悲しむんじゃなくて、自分の命の心配をする訳か。


 これは、乾さんは宣利さんの死を何とも思っていないね。」

「海老沼さんの噂通りだね。」

「そうね。だから、全員に動機があると思っていいわね。


 ……次は、天神さんにしましょうか。」

「うん。」


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「いないわね。」


 泡は天神のいるはずの部屋をノックした後、扉を開いた。部屋の中には天神の荷物がベットの上に置かれていた。よく考えると、この鏡幻荘の部屋を見ていなかった。


 部屋は右側の壁にベットの側面が貼り付いていて、左側の壁にはクローゼットや照明器具、姿見などの家具が置かれている。そして、窓の前には机が置かれている。それらの家具の高級感も含めて、部屋の雰囲気はそれなりにいいホテルくらいのイメージだ。


「他の部屋に行ってるのかな?」

「そうかもね。


 じゃあ、隣の都さんの部屋に行きましょうか。」

「うん。」


 私達は天神の部屋を後にして、隣の雅の部屋の扉をノックする。しばらく待ってみるが、なかなか出てこない。泡が待ちくたびれて、ドアノブに手を掛けようとした時だった。扉が勢いよく開き、雅が出てきた。


「どうかされましたまして?」


 雅は少し息を切らしていた。何か部屋の中でしていたのだろう。


「お化粧中でしたか?」


 泡は扉の隙間から部屋の中を指差した。私はその指の先を見るために、泡の後ろに立った。確かに、泡が指差した机の上には化粧道具が転がっていた。そんな私を雅は敵意を感じる目で見た。私は雅に何かしただろうかと不思議に思う。


「ええ、少し化粧が崩れたので、直していたところですわ。」

「……そうなんですね。


 実は、皆さんが昼の間どこにいたのか聞いてまして、雅さんは確か天神さんとお話ししていらっしゃったんですよね。」

「ええ、言語ゲームについてお話しいただきました。」

「そうそう、言語ゲーム。作者はルードヴィヒ……


 なんでしたっけ?」

「……。」


 雅から笑顔が一瞬消えたが、すぐに立て直す。


「忘れてしまいましたわ。」

「あっ! そうだ。ルードヴィヒ・リトベンスタインでしたね。」

「ああ、確かそうでしたわね。」

「そのルードヴィヒの言語ゲームを天神さんとお話になっていた訳ですね。」

「ええ。」

「なるほど、では、天神さんに聞けば、証明ができますね。」

「そうですわね。」

「ありがとうございました!」

「それでは……。」


 都はそう言って、扉を閉めた。


「……ルードヴィヒ・リトベンスタイン?


 ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインじゃなかったっけ?」

「そうよ。梨子は記憶力がいいわね。」

「……わざと間違えたの?」

「ええ、明らかに怪しかったからね。


 文学者の雅なら天神さんと熱心に話していた言語ゲームの作者の名前を間違えるはずがない。」

「と言うことは?」

「あれは都さん。


 つまり、今2人は入れ替わっているということ。」

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