解錠

「見つかんないなあ。」

「そうね。


 砂浜も森もくまなく探したのに、海に飛ばされたのかしら?」

「そうかもしれない。だって、もう2,3時間は探してるよ。」

「いや、本当にすいません。」

「いえ、時間は有り余っているのでね。」

「……それにしても、都さんが遅くありませんか?」

「確かにそうですね。


 予想では、2時間ほどで着くということでしたよね?」

「そうですね。もう私達が到着してから4時間は経っていますね。


 単純に遅れているだけならいいのですがね。」

「……少し、休憩がてら、海老沼さんの所に行きますか?


 おそらく、無線か何かで都さんと連絡が取れるでしょうからね。」

「そうですね。」


 私達3人はスパイク探しを切り上げて、海老沼が休んでいるであろう船へと向かった。


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「あれ? あの船はもしかして、都さんの船じゃない?」


 私は私達が来た船の横に停められた漁船のような船を指差した。実際、船の上には、都の姿が見える。その船の近くの砂浜には、海老沼が立っていた。私達がその船の近くに向かうと、海老沼が私達に気が付いたようだった。


「ようやく鏡幻荘の中に入れますよ。」

「すいません、こちらの不手際で待たせる形になってしまいまして。」

「いえ、それよりも都さんが遅いので、何かあったのではないと心配していたところだったんですよ。」

わたしは大丈夫です。


 実は、この船の燃料が切らしていまして、色々と用意する内に、時間を食ってしまいました。それと、もう波が高くなっていますので、少し安全運転で向かったので、この時間になってしまいました。」

「それならいいんですけど……。」

「ところで、鏡幻荘の鍵を忘れた。なんてオチはないだろうね。」

「大丈夫ですよ。そんな間抜けな真似はしません。」


 都はそう言って、ポケットから鍵の束を取り出した。鍵の束は大きな輪に鍵が数十本束ねられており、区別がつかないのではないかと思ってしまう。


「私の荷物の中に確実に入れて置いたはずなんですけど、なぜか元あった場所に鍵束があったんですよね。」

「まさかの出来事だよね。乾さんが持ち物チェックを行わなかったら、島についてから待ちぼうけになっていたかもしれない。」

「まあ、何とか鍵束も用意できたところですし、早速鏡幻荘に入ってしまいましょうか?」

「そうですね。ただ、全員を集めてからにしましょう。


 今いないのは、雅と乾さんと天神さんの3人ですね。」

「それなら、わたくしと天神様はこちらにいますわよ。」


 私が声の方へと向くと、天神教授と雅が砂浜を歩いて、こちらに近づいている所だった。


「ちょうど良かった。今から鏡幻荘に向かう所だったんです。」

「それは良かったですわね。


 私と天神さんは先ほどまで、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインについて伺っていたのですが、今、ちょうど落ち着いた所でした。


 非常に興味深かったですわ。より言語ゲームへの理解が深まりましたわね。」

「こちらも言語学の神髄を感じられたような気がします。」

「互いに有意義な時間で、このパーティーの一番利点だと思いましたわ。」


 雅が口に手を当てて、微笑んだ。天神教授もまんざらではない顔をしている。


 随分仲が良さそうだ。


「じゃあ、後は乾さんだけですね。」

「それなら、乾さんはおそらく浄水器のフィルター交換を行っているだろうから、鏡幻荘の近くにいるんじゃないかと思います。」

「なるほど。それなら、このまま鏡幻荘に向かってもよさそうですね。


 それでは、各自荷物を私の船の中から取り出してもらえますか?」



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「ちょうど降り出しましたね。」


 乾が手のひらを空に向けて、雨を感じ取っていた。確かに、先ほどから私の顔にもぽつぽつと雨粒が当たっている気がする。


「もう少し都さんが遅かったら、僕らはびしょ濡れでしたね。」

「上村さんは外での研究が多いから、雨に濡れ慣れているでしょう?」

「確かにそうですけど、慣れているから濡れたいとは思いませんよ。」

「確かにそうですね。」

「そんなたわいの会話をしている内に、段々雨足が強くなっていますよ。」


 確かに、顔に当たる雨粒が大きく、多くなっている。


「早く開けなくちゃですね。ちなみにこの扉は、南でしたっけ?」

「ええ、南の扉ですね。」


 都はそれを聞くと、鍵束を漁った。そうこうしている内に、ちょうど鏡幻荘の前に着いていた。都は鏡幻荘の玄関の前に立つと、鍵束から探し出した1つの鍵を鍵穴に入れた。


 都が鍵をひねると、鍵の開く音がした。その後、都が扉の取っ手に手をかけると、扉を手前に動かした。


「うっ!」


 都が顔を歪ませて、鼻を手で押さえた。その都の行動を考えている内に、私にもすぐその理由が分かった。私も鼻を手で覆い、鏡幻荘からの匂いに思わずむせてしまった。他のメンバーも同じように、肉が腐って、発酵したようなとても耐えがたい匂いをしている。


「なんですか? この匂い?」


 都がそう言った後に、酷くむせて、森の方へと離れていった。私を始め、乾や海老沼、上村、雅はすぐに異臭のする玄関から離れていった。


 そんなひるむ私達をお構いなしに、泡は白衣から取り出したハンカチを手に当てて、鏡幻荘の中へと入っていった。同じく、天神教授もハンカチを手に当てて、鏡幻荘の中へと入っていった。鏡幻荘の中は、明かりが点いていないので、とても暗い。


 私は肺にこびりつくような酷い匂いに、まだ吐き気を催していた。私が立ち止まっている中、鏡幻荘の中からは、扉が次々に開く音が聞こえていた。


 しばらくして、ようやく吐き気が落ち着いてきたころに、泡が再び玄関から顔を出した。


「都さん! 大広間の鍵を貰えますか?


 その部屋の2つの扉のどちらにも鍵がかかっていて入ることができないんです。」

「ゲホゲホ……鍵?


 部屋の中は全て鍵を開けているはずなんですけど……。」


 都はそう言いながらも、鍵束を漁って、1つの鍵を探し出した。その後、都は服の裾を伸ばして、鼻に手を当てながら、泡に鍵を渡した。


 匂いに慣れだした私は服の裾を伸ばして、口と鼻に手を当てた後、泡のいる玄関へと向かった。玄関を覗くと、目の前には細長い茶色の木の板が縦にいくつもが合わさったような作りの壁が見えた。


 その壁の左側に泡は進んでいたので、私もそれについて行く。すると、玄関からは見えなかった壁の向こうに、木の扉が見えた。その前に教授も立っていた。泡は片手で扉の鍵穴に、都から渡された鍵を入れて回すと、ガチャリと音を立てて、鍵が開いた。


 そして、泡は鍵を持っていた手で、ドアノブを掴み、扉を奥に開いた。泡はしばらく目の前の光景に停まっているように見えた。私は泡の前に向かい、大広間の中を見た。


 すると、部屋の中からは一層強い異臭が立ち込めていた。そして、部屋の中は酷く荒れていて、家具などが散乱している。その散乱した家具などを1つ1つ見ていくと、部屋の真ん中であるものが目に入った。



 それは、流木を繋ぎ合わせたように酷く痩せこけた老人の死体だった。

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