ココナッツビリヤード

「ココナッツビリヤード~!!!」


 乾は拍手と共にそう叫んだ。上村と海老沼、雅は乾に合わせるように拍手をしていた。


 乾の足元の砂浜には、10個のココナッツがビリヤードの逆三角▽に並べられていた。そして、砂浜には4方向に4つの穴が空いている。そして、乾の手元にはココナッツが1つあった。


「……このココナッツで、ビリヤードのベーシックゲームをするってことですか?」

「ええ、3年前に暇つぶしにやってみるとこれが楽しくて、それ以来恒例行事になっていますね。」

「あの……そのベーシックゲームっていうのは……。」


 私は申し訳なさそうに尋ねた。


「ビリヤードのベーシックゲームは、今逆三角形に並べられている球を砂浜の穴に入れていき、穴に入った球が得点になるのよ。でも、この時に、手球って言う逆三角形に並べられた球にぶつける球を穴に入れてはいけないの。


 だから、手球を入れてしまったり、穴に球を入れることが出来なかったら、自分のターンは終わりね。」

「なるほど、番号の球を順番に入れるイメージがあったけど、そんなルールだったのね。」

「きっとそれは、ナインボールね。それはまた別のゲームのルールよ。」

「ナインボールは、ココナッツを区別しないといけないですからね。別に、ココナッツに傷を付けて、数字を書くことは出来るんですけど、色が全て同じなので、見分けがつきにくいんですよ。まあ、手球のココナッツだけは少しココナッツの毛を剝いでいますけどね。


 普通のビリヤードと違うことは、このビリヤードはキューがないので、足で直接ココナッツを蹴ることになります。これがまた難しいんですよ。」

「面白そうですね。」

「私もルール分かったんで、頑張ります!」

「じゃあ、始めましょうか。


 順番はじゃんけんで決めましょう。」


 結局、じゃんけんの結果、乾、雅、私、天神、上村、泡、海老沼の順番になった。

 

「じゃあ、私から。


 一応、ココナッツが当たると、怪我する可能性もありますんで、少し離れていてください。」


 乾は手で人払いをした後、手に持ったココナッツを地面に置いて、助走のために後ろに何歩か下がった。


 そして、乾はどすどすと重そうな体を砂浜に下ろしながら、右足でココナッツをトーキックした。しかし、その蹴り上げられた手球のココナッツは、逆三角形に並べられたココナッツの上空を飛び越えた。


 そして、手球のココナッツは遠くへとコロコロ転がっていた。しかし、手前に並べられたココナッツは蹴る前と全く形を変えていなかった。


「あちゃー、そうだ。蹴り過ぎると、飛び越えちゃうんだった。」

「残念ですわね。


 と言っても、私も同じような状況でございますけどね。最初の三角のココナッツに当てるだけでは、穴に入れることは至難の業ですからね。」

「場外球だから、元の位置からやり直しだね。」


 乾は遠くに転がった手球を雅に渡すと、さっきの乾が最初にココナッツを置いた位置に手球のココナッツを置いた。そして、雅は助走を付けずに、足の腹で砂浜にココナッツが転がるように蹴った。


 雅の蹴ったココナッツはなかなかの威力で、逆三角形に並べられたココナッツが四方八方に離散した。さすがに、ココナッツが穴に入ることは無かったが、次の人にとっては有利な盤面が出来上がっていた。


「私の順番はこれでおしまいでしょうね。


 この後に上村さんがいらっしゃいますものね。」


 雅は上村の方に目を向けた。上村は自信満々と言った風に仁王立ちしていた。上村の足元を見てみると、ピカピカのスパイクが身に付けられていた。上村はココナッツビリヤードに賭けているらしい。


「じゃあ、次は梨子ちゃんね。」


 雅はそう言って、少し毛の薄い手球のココナッツを指差した。私はそのココナッツをぐるりと一周してみる。すると、手球と他のココナッツ、そして、穴の3つが一直線になっている所を見つけた。


 私はニヤニヤしながら、その一直線上に立つと、手球が浮き上がらないよう、足の腹で蹴った。少しココナッツが固いので、足は少し痛かった。


 私はこれで1点を確実にゲットしたはずだったが、蹴られた手球は一直線に進まず、少し斜めに進んだ。その影響で、目的のココナッツの側面をかすり、目的の球は穴とは違う方向へと進み始めた。


「ああ!」

「残念! 


 これがビリヤードとの違いですわね。ココナッツは楕円ですし、砂浜はでこぼこなんですわ。だから、狙いを定めることが相当難しいんですの。」

「難しいです……。」


 私がそう言って、引き下がると、次は天神教授が出てきた。教授も梨子と同じく手球の周りを見渡した。しかし、梨子と違う所は、安直に手前の球を狙うのではなく、少し奥の球を狙い、手球とその球と穴が一直線でないことだ。


 教授は手球の前でしゃがむと、片目を閉じて、コースを見定める。そして、立ち上がったかと思うと、後ろに3歩下がり、手球を蹴った。


 すると、その手球は目的の球の側面をかすり、目的の球は吸い込まれるように穴へと向かっていった。球は穴の周りをぐるぐると回った後、すっぽりと穴に収まった。


「凄いですね!


 初めてなのに、得点をゲットできるなんて……。」


 乾は驚いているようだった。


「いえ、手前のミスがあったから軌道を予測できただけですよ。」


 私がその手前のミスであったので、少しイラっとした。教授は私の期限も伺わずに、穴の球を取り除いていた。教授は球を取ると、手球の周りをうろつき、次のプレーを考えているようだった。


 教授はある場所で立ち止まると、再び3歩下がって、手球を蹴った。すると、目的と思われる球に再び命中し、穴へと球が吸い込まれていった。


「2点目……。」


 その驚きもものともせずに、教授はすぐに球を穴から取り除くと、手球の前にすぐに立って、三度みたび3歩下がって、手球を蹴った。すると、三度手球は球に当たり、球は穴へと落ちた。


「……。」


 私は教授のゲームの上手さに驚きながらも、砂浜の盤面を見るとさらに驚くべきことになっていた。手球、球、穴の3つが隣接しているイージーな状況が出来上がっていたのだ。教授は先ほど落とした球を取ることもせずに、手球を少し蹴って、目的の球を落とした。


「さすがに、ここまでですね。」


 教授はそう言って、手球の周りをうろついた。ここまでと言ってはいるが、リスクを犯せば、遠くに5点目をゲットできそうな球はある。しかし、教授は5点目を取ることはせずに、手球を漁っての方向へと蹴り上げた。


「4点ですか……。


 これは前回王者の上村さんも難しいかもしれませんねえ。」


 乾が上村の方を向くと、上村は面食らったような顔をしていた。上村は蹴るときに邪魔になるためか、ポケットに入れたペンやハンカチなどの小物を取り出して、地面に置いた。


 そして、上村はゆっくりとココナッツビリヤードの盤面に向かう。そして、上村は静かに手球の周りを歩いた後、にやりとほほ笑んだ。


「さすが、ゲーム理論の教授だけはありますね。


 もう、私に蹴りようがない。」


 上村はそう言って、お手上げのジェスチャーをした。私が盤面を見てみると、確かに、手球と球とが一直線になっている所はなく、球を穴に入れることが難しい状況となっていた。


「先に上村さんがこのココナッツビリヤードが強いという情報は、雅さんの証言から分かっていましたからね。どれほど強いかは未知数だったので、このような得点不可能な盤面を作らせていただきました。


 自分が5点目を成功させる確率を込みで考えた利益と他人に得点を取られる損失をその盤面での球の遠さを考えた結果、5点目を取るべきではないと思いましてね。」


 そんなことを言われると、目の前の得点しか見えていなかった私が恥ずかしくなる。


「しょうがないですね……。」


 上村はそう言って、手球を知らぬ方向へと蹴った。手球が止まった所は、またもや得点が不可能な位置だった。


「一応、これで様子を見ましょう。」

「いじわるされますね。」


 泡はニコニコしながら、上村に向かってそう呟いた。上村は苦笑いを浮かべていた。泡は手球の周りを歩いた。そして、しばらく考えてから立ち止まった。上手い具合に球を穴に入れるルートが無い。だから、とても無理そうだ。


「でも、私の勝ちですね。」


 泡はそう言うと、助走も無しに手球を蹴り上げた。そう、蹴ったのではなく、蹴り上げたのだ。手球は球を1つ超え、その奥にある球を上から弾いた。球は上から弾かれたことで、スピンがかかり、軌道がゆっくりと変化しながら、穴へと入った。


 泡はすぐに穴に入った球を取り上げると、手球の前に立った。今度は足の腹で手球を蹴り、先ほど飛び越えた球を穴に入れた。


 後は泡の独壇場だった。


 3,4,5点と次々に得点を決めていき、1位だった教授の4得点を抜き去った。最後の6点目も決めるかと思ったが、最後は適当に手球を蹴った。


「海老沼さんだけ楽しめないのは、あまりよろしくありませんからね。」


 そう言って、泡の独壇場は終わった。泡の凄技の後だったので、海老沼は恥ずかしそうにして、盤面に立った。どうやらこれは泡の配慮なのか、手球と球、穴が一直線上になっている。


 それを見た海老沼は、その一直線上に立った。そして、海老沼は球を蹴るために、助走を始めようとした時だった。


 海老沼は足場の悪い砂浜にバランスを崩し、足首がぐにゃりと曲がった。そして、海老沼は足首が曲がった方向へと倒れてしまった。


「痛~~!!」


 海老沼は足首を押さえながら、言葉にならない悲鳴を上げていた。

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