上陸
「森みたい……。」
それが鏡幻島に上陸した私の第一声だった。
この感想はこの島に初めて上陸したものなら誰もが思うだろう。なぜなら、島には5m程の砂浜の先には、先ほど話していた対称性のある木たちが鬱蒼と広がっている。そして、砂浜にも街灯の様に、等間隔に植えられたココヤシの木が生えていた。
確かに、道の真ん中には、少し茶色みがかった葉をつけているコナラらしき木が堂々と生えていた。コナラの木が特段奇妙な形をしているわけではなく、普通の樹形だった。道の横の木の樹形も変わった様子はない。
だから、樹形が島の謎に関わっている可能性は低いのかもしれない。なら、木の幹に何か傷があるとかかな?
「どうかされまして?」
私は船と島に掛けられた板の上で止まっていたので、後ろの雅に声を掛けられてしまった。
「いえ、自然だなあと思って。」
「確かにそうですわね。
でも、木の配置が幾何学的ですから、和の雰囲気と言うよりも、フランス式庭園のような洋式の雰囲気を感じますわね。」
「確かに、フランスの平面幾何学のような人間本位的な雰囲気がしますね。でも、樹種は日本のものですし、刈込による整形もないですから、何とも不思議な感覚ですね。
和洋折衷のような特殊な造形ですね。」
「今更驚くことでもないのかもしれないのだけれど、泡さんは庭園にもお詳しいのね。」
「一応、研究でヨーロッパに行くことも多いので、そのついでに知っただけですよ。」
「なるほど、泡さんは私の様にインドアな研究員ではなくってね。」
「まあ、こんな日本からも離れた辺境のパーティーに来るくらいですから、研究員としてはアウトドアなのかもしれませんね。」
泡と雅の2人が話が落ち着くと、こちらに目線を映した。私はしばらく考えた後、早く下りろというメッセージだと気が付いて、すぐに橋から砂浜に飛び降りた。私の後に続いて、泡や雅が船から砂浜へと下りた。
「あの、コナラの隙間に見えているのが、鏡幻荘ですか?」
「ええ、あのコナラの隙間から見える木目の壁が鏡幻荘ですわ。」
私はコナラの下部の葉が茂っていない部分を見た。すると、そこには、木の板のようなクリーム色の壁が見えた。その木の壁には、こい茶色の木目がいくつか渦巻いている。
「木がそのままなんですね。」
「ええ、その通りですわね。
木の新鮮な色を活かすために、木の板に透明な腐食防止の塗料は塗ってはおりますが、直接触ると、木目の感触が楽しめるような自然的な建築だと聞いておりますわ。」
「……あれが、冴島雫のCLT……。」
「CLT?」
「CLTはCross Laminated Timber(クロスラミネーティッドティンバー)。木を重ね合わせることで、強度などを向上させる技法よ。冴島雫はそのCLTを使った発明をしたのよ。」
「確か、冴島雫様は、8年前に行われた鏡幻荘のリフォームで、そのようなCLTの技法をお使いになったと伺っております。」
「冴島雫がリフォーム。」
「もともとこの鏡幻荘をお作りになったのは、冴島家でございました。鏡幻荘は少し老朽化が進んでおりましたので、リフォームを冴島家にご依頼した所、冴島雫様が関わって頂きました。」
「……それじゃあ、その時に開かずの間はどうなったんですか?」
「……確かに言われてみると、どうしたのでしょうね?
「なるほど……。」
つまり、リフォームの際、開かずの間は開かれた可能性があるということだ。
リフォームなのだから、開かずの間の壁を壊して、中に入ることだってできたはずだ。なのに、開かずの間がまだ空いていない。
だから、藤原宣利の命令で、開かずの間を開けないようにリフォームしたのか、開かずの間を開けてなお、開かずの間を再び作り出したのか?
やはり、開かずの間の中には、宝なり寿樹の遺体なりが隠されているに違いない。
「そう言えば、宣利さんが行方不明なんでしたね。
だから、とりあえず鏡幻荘に言って、宣利さんがいるか確認するべきですかね?」
「そうですわね。」
「その通りですね。
……でも、宣利の迎えが無いということは、もしかしたら、この島にはいないのかもしれませんね。
自分から誘っておいてねえ……。」
乾や上村たちも船から降りてきた。
「そう言えば、天神さんは船では全く見ませんでしたけど、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ。」
天神はそう言って、船から姿を見せた。天神の頭には少し寝ぐせが付いていて、天神は口を大きく開けてあくびをしていた。
「寝ていたんですか?」
「すいません。
年末の仕事整理のせいで、寝不足なんですよ。」
「あらら、それはご苦労様ですわね。」
「でも、もう3時間眠りましたんで、体調万全ですね。」
「なら良かったです。」
「で、海老沼さんは船の片づけをしているんで、とりあえず私達だけで鏡幻荘に向かって欲しいそうです。」
「なるほど。それでは、私達だけで向かいましょうか。」
「そうですね。」
天神が船から降りると、私達はコナラのある道を歩いた。コナラは枝葉の広がりだけ見れば、道を完全にふさいでしまっている。だから、身長の高い上村や乾などは、枝葉が当たらないように、屈んでコナラの下を通った。
コナラの木を超えると、ようやく鏡幻荘の全体像が見えてきた。コナラの幹が隠していた部分には、鏡幻荘の玄関があった。大きく両開きの扉で、ここだけはクリーム色の木の壁と違って、濃い茶色の塗装と扉らしい溝が彫られていた。
また、壁にはガラスの窓が取り付けられており、今見える面には玄関を挟んで2つずつの窓が対称的に取り付けられていた。
そして、屋根は黒々とした瓦が三角の屋根に敷き詰められており、全体としては和風の建築物だった。
「ちなみに、この今見えている面が4面になっていますわ。
今は、太陽があちら側に見えますから、こちらが南の面で、他の北、東、西も同じような面となっておりますわね。」
「対称性にこだわってますね。」
「そうですわね。」
そう言っている内に、私達は南面の玄関にたどり着いた。そして、乾が玄関のドアノブに手をかけた。
しかし、扉には鍵がかかっているようだった。
「どうやら、ここには鍵がかかっていますね。ということは、本当に宣利はこの中にいないのか?
念のために、他の玄関もチェックしますか。上村さんは右側の玄関をお願いします。私は左側の玄関をチェックしますから。」
「一応、窓の方も確認しておきましょうか?」
「まあ、緊急性の高い場合ではあるから、念のため確認しておきましょうか。」
「では、私共は開いている場所が無いか確認しますんで、越前さん方は、少しお待ちください。」
「はい。」
乾は玄関に向かって右側に向かい、上村は左側に向かった。そして、窓も確認しながら、私達から離れていった。
「宣利さんがここにいないとなると、どこに行ったのかしら?
本当に行方不明と言うことになりますわね。」
「そうなると、クリスマスパーティーどころじゃないのではないですか?」
「……そうなりますわね。
でも、一応、まだ家の中で私達の来訪に気が付いていないだけなのかもしれませんわ。」
「まあ、それならいいですけどね……。」
そんなことを泡達が話している内に、上村と乾の2人が右側から帰ってきた。
「駄目だ。どの玄関も窓も閉まってる。」
乾は再び南の玄関に立ち、玄関を強く叩いた。
「宣利ー!」
乾はそう大声を上げるが、中からの返事はない。
「それは駄目ですよ。この鏡幻荘の防音性は高いことはご存じでしょう?」
「確かに、こういう時は欠陥ですな。窓ガラスを割ろうにも、この窓ガラスは強化ガラスで、とても簡単に割れるものではないと聞いている。
……そうなると、都さんが合鍵を持って来るまで、待機になりますね。」
「別に急かしているわけではないのですけど、時間はどれほどになるでしょう?」
「……おそらく、バスで家に帰ったとなると、私達との遅れは2時間ほどになるかと思います。
申し訳ないですが、2時間ほどこの島で時間を潰してもらうしかないですね。」
「……なるほど。
なら、とりあえず、海老沼さんに報告もした方がいいでしょうし、荷物も置きたいですから、船に戻ることにしましょうか。」
泡がそう言うと、全員が頷いて、来た道を引き返した。船に戻ると、ちょうど海老沼が船を出ようとしている所だった。乾が海老沼に鏡幻荘が開いていないことを伝えた。乾と海老沼が話し合っている隙に、船に戻って、荷物を置き直した。
「さて、どうしましょう? 船でゆっくり待ちますか?」
「……そうですわ!
ココナッツビリヤードなんてどうですの?」
「ココナッツビリヤード?」
私と泡は声をそろえて、そう言った。
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