「大人の双子ってあんまり見たことないので、新鮮です。」


 私は双子に対するそのままの感想を述べた。


「確かに、小中学校では双子ちゃんはよく見る気がしますけど、高校から大学、社会に出ると、双子が少なくなっているような気がしますわよね。


 でも、おそらくそれは双子でも進学先や就職先がバラバラになることが多いだけだと思いますわよ。


 単純に双子自体の数は減っていないですが、双子が双子としてそろっている状態が少なくなっているだけだと思いますわよ。双子は遺伝子が同じと言えど、それぞれが選ぶ選択は違ってくるものでしょうからね。


 実際、都は社会学者で、わたくしは文学者になっています。文系と言うくくりでは同じですが、社会学と文学は全く違う分野ですわよね。双子なのに、このような差が生まれてしまっているわけです。これ自体は一般的にも言えることだと思いますよ。」

「……なるほど、一理ありそうですね。小中学校は義務教育ですから、そろえる必要はありませんからね。」

「まあ、私たち双子は小学校から大学まで同じなんですがね。」

「……でも、なんだか双子のはずなのに、口調とか雰囲気とかが違いますよね。」

「ああ、それはよく言われますわね。私はお嬢様口調と一般的には言われる口調が染みついていますわね。小さい頃から、そのような気品のある喋り方に憧れがあり、独学でこの口調となりました。


 姉の方はそんなことに興味はなく、哲学書などを読み漁っていましたので、現代のごく普通の口調であったと思います。私達双子を見分けるポイントは、とりあえず喋らせてみることですね。」

「なるほど。確かに、喋ってみると、全く違う。


 だって、都さんの方は……。」

「都が何か失礼をしましたか?」

「いえ、気にするほどでは……。」

「都は高圧的な所があるので、そこに嫌悪感を抱いたのなら、都に代わってお詫び申し上げます。」


 雅はそう言って、頭を下げた。背筋がピンと張っていて、とても上品なお辞儀だった。


「あ、頭を上げてください! 本当に頭を下げられるほどのことではないので、大丈夫です。」

「いえ、それでも今後のこともありますから、先に謝っておくべきかと思いました。都は少し他人と壁があるだけなので、その壁を越えてもらえれば、良い人なんですよ。


 だから、あまり都のことは嫌わないでくださいね。都は他人から嫌悪感を抱かれることと傷つきやすいので、最初の態度は大目に見てくださると嬉しいですわ。」

「わ、分かりました。上から目線な言い方にはなりますが、大目に見ることにします。」

「良かったです。」


 雅は笑顔を浮かべた。平安貴族のような気品のある笑顔だった。


「……一応、承知してはいるはずなのですが、お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「ああ、そう言えば、こちらの自己紹介がまだでしたね。


 私は甘利梨子です。特に何の才能も無くて面目ないですが、よろしくお願いします。」

「いえ、私共も公に自慢できるほどの研究成果は出しておりません。実際に、私と都の2人はまだ他の人と違い、教授職に就いておりませんので、まだまだ未熟者でございます。」

「そんなこと言って、2人ともまだ20代なのに准教授じゃないか。普通はそこまで速く出世できないよ。」

「いえ、運が良かっただけでございます。乾様こそ、34歳で教授であったではありませんか。」

「そう言われると、そうだったか。私の場合も、運よく新技術を開発しちゃっただけなんだけど、そうなると雅君には反論は出来ないね。


 でも、こちらの泡さんはまだ10代なのに、教授どころかノーベル賞だからね。桁違いだよ。」

「いえいえ、運が良かっただけですよ。」


 泡がちゃらけたようにそう言ったので、私以外の3人は笑い合っていた。私は置いてきぼりのまま愛想笑いを浮かべた。


 おそらく雅と乾の2人とも滅茶苦茶すごい。私の大学では、天神教授というイレギュラー教授を除いて、教授は皆一様に50歳オーバーだ。准教授で定年退職する人間もざらだから、20,30代で准教授や教授と言うのは相当すごいことだろう。


 雅なりの私へのフォローが思わぬ形で、私を傷つけている。


 その上、同い年の泡は雅と乾のはるか上を行っている。私の立っている地面だけ沈んで、私の体がミジンコくらいに縮んでいるような気分だった。


「ところで、梨子は鏡に関する話は考えて来てらっしゃる?」


 私は急に振られた話題に、ポカンとなった。


「ああ! 梨子に伝えること忘れてたわ!」

「それは大変!」


 3人は焦っている。私は何か分からずに焦る3人を見つめていた。


「鏡に関する話って何ですか?」

「実は、鏡幻島のクリスマスパーティーでは、鏡に関する小話を発表することがいつの間にか慣例になっているのよ。


 別に義務ではないのだけれど、父上の機嫌を損ねることになりかねないので……。」

「鏡か……。


 アリスとかなら少し読んだことはあるけど……。」

「残念だけど、鏡の国のアリスは皆が話しつくしているから、もう駄目だと思うわ。」

「せっかく梨子はミステリー書いているんだから、何か鏡に関するミステリーはないの?」


 泡の言葉から、私は今まで読んできたミステリーの中から鏡を検索する。鏡を使ったミステリーは多いが、人前で話すとなると、ある程度古くて、有名なやつがいい。私はあるミステリーを思い出した。


「黒死館殺人事件! 確か、鏡を使った変なトリックがあった気がする。」

「なるほど、それなら、父上のお眼鏡にも敵うかもしれないわね。日本三大奇書の1つだもの。それに、独創的なトリックだから、興味深い話になるはずだわ。」


 黒死館殺人事件の鏡のトリックは、事件現場にあった鏡から天文学やら物理学やらを絡めて、犯行現場は太陽系に例えることができるから、鏡は水星である。だから、犯人が映るはずという理解不能のトリックである。


 意味が分からないから、逆に意味が分かるという不思議なトリックである。この黒死館殺人事件の良い所は、青空文庫に無料公開されているので、今からでも確認し放題な所が良い。


 鏡のトリックは他にもたくさんあるが、全て手元に原本がないので、不安なままの発表になってしまう。その点、黒死館殺人事件のトリックはカンニングし放題なので、良い。


「確か、あのトリックは色々な分野が混ざっていた気がするから、もし私の助けが必要だったら、言ってね。」

「ありがとう! 多分助けてもらうことになると思う。


 ……ところで、泡はどんな鏡を発表するの?」

「私はパリティ対称性の破れとかかな。


 でも、過去の話と被りがあるようなら、鏡が左右非対称である理由を話そうかと考えているけどね。」

「パリティ対称性の破れは去年、海老沼さんが話していたようですから、鏡が非左右対称を映す理由の方がいい気がしますわね。」

「パリティ対称性の破れはやられてますか。


 ……鏡の非対称性も被りそうな話題ではありますけど、何とか免れているですね。」

「海老沼さんは対称性シリーズとして、チャージ対称性や時間対称性、ゲージ対称性などをやっていて、意外と身近な鏡の対称性などは発表していませんね。」

「なるほどね。離散的対称性を紹介しているわけですね。」


 私はここには手を出してはならないという直感が働き、泡にそれらの対称性の意味を聞かないことにした。


「……それじゃあ、雅さんは何を発表するんですか?」

「私は一昨年から四鏡を話しているので、今年は水鏡の話を用意しておりますわ。」

「なるほど、それなら、吾妻鏡も後鑑もありますから、あと3年はいけますね。」

「四鏡?」


 今回は直感が働かずに、泡に聞き返してみた。


「四鏡は平安から鎌倉の歴史書よ。吾妻鏡も後鑑もそれに似た歴史書ね。昔読んだことあるから、復習ね。」


 私はしれっと黒死館殺人事件を読んでいたり、日本の歴史書を簡単に読んでいる泡の守備範囲の広さに本日何度目かの驚きに襲われた。


「もしかして、さっきのパリティ対称性の破れとかの離散的対称性とかも分からなかったんじゃないの?」

「私、文系だよ。」

「それはそうね。


 だから、オズマ問題から分からない訳か。」

「もちろん!」

「じゃあ、梨子は宇宙人と電話で会話しているとしましょう。」

「前提が凄いですね。」

「その前提を信じたとして、梨子が会話している宇宙人が左右を知らないとすると、梨子はどうやって宇宙人に左右を伝える?」

「それはお茶碗を持っている手が……、駄目か。


 ……太陽が……宇宙じゃ東から登るとは限らないか。


 ……意外と難しいかも。」

「まあ、今解けたら、今すぐにでも研究仲間になって欲しい所ね。実際、長年答えは出なかった問題だからね。


 でも、梨子は惜しい所まで行っていたのよ。方角がこの問題の終着点だったの。結局このオズマ問題は、北と南を区別することができないから、左右を伝えることは出来ないってことになったの。」

「北と南? それは、方位磁針の赤い方が北って伝えればいいんじゃないの。」

「それが難しいのよ。


 確かに、遠く離れた宇宙でも、方位磁針を作ることができる。だって、磁石は簡単に作れるからね。だから、磁石のN極が差す方が北だと伝えるだけでいい。でも、宇宙人にN極を北だと伝える方法が無いの。


 なぜなら、北はN極が差す方向で、N極は北を差す磁石の向きだという循環する定義が成されているからよ。つまり、北もN極も人間がなんとなく定義した主観性たっぷりの定義だったってこと。


 だから、宇宙人に左右を伝えることは無理じゃないかってことになったのよ。


 でも、この問題の解決法は北と南を区別することができればいい。でも、その方向を人間の主観性を排して、客観的な方法で宇宙人に伝えなくてはならない。その客観的な方法とは、物理法則。


 しかし、物理法則には基本的に向きなど存在しない。だって、物理法則は人間の思っている向きと逆にしても、基本的に成立するからね。」

「その物理法則を逆にするってどうするの?」

「いい質問ね。その物理法則を逆にする方法が鏡よ。」

「鏡? 


 ……そうか! 例えば、鏡に映っている状態で、ボールを右に投げたら、鏡の中ではボールは左に投げられている。物理的に投げる方向は逆になっているけど、物理法則は崩れていない。」

「そうね。だから、右だとか左だとかは物理法則では関係ない。なぜなら、物理法則の向きを全て逆にしても、物理法則は成立するから。


 これをパリティ対称性って言うの。」

「なるほど……。


 でも、さっきはパリティ対称性の破れって言ってなかった?」

「そう、このパリティ対称性は全ての物理法則では成り立たないことが分かったの。」

「つまり、鏡に映った物理法則が全く違う動きをしているってこと?」

「そう。


 コバルト60という物質が放射崩壊する時の電子の放出方向は、鏡の中では全く違う方向を差すことが分かったの。」

「それが、パリティ対称性の破れってこと?」

「そうね。これで、私達に何の役に立つの? って思うかもしれないけど、私達みたいな物理屋には相当な発見だったのよ。


 だって、鏡の中で全く違う行動をする物質なんて意味が分からないじゃない?


 梨子も鏡の中の自分が全く違う行動をし出したら、怖いでしょ?」

「確かに……。」

「他の対称性も話しておきたいところだけど、説明が長くなっちゃったわね。」

「去年の海老沼さんの発表より分かりやすかったよ。」


 乾がそう言った。


「それは、海老沼さんに悪いですね。」

「いえ、海老沼さんも十分説明が上手かったと思いますわよ。理系じゃない私が理解することができたんですからね。


 でも、それよりも泡さんの説明が上手かっただけですわ。」

「まあ、こちらは得意分野ですからね。海老沼さんの専門は熱力学ですから、それは不利だったでしょう。」

「海老沼さんのコバルト60の崩壊の説明は、少し詰まっていましたからな。私が手助けをしたほどです。」


「コバルト60! ウリミバエの話でしょうか?」


 今度は後ろから知らない声が聞こえた。私が振り返ると、ズボンのポケットが大きく膨らみ、薄汚れた作業着を着たガタイのいい男が立っていた。


「上村さんじゃないですか。」

「コバルト60を使って、生物種を根絶させる方法の解説なら、この僕にお任せを!」


 また、ベクトルの違う天才が現れた。と私は思った。

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