行方不明

「行方不明ということですか?」

「ええ、その通りになります。」

「警察に連絡などはしなかったんですか?」

「まず、何か月も、研究のフィールドワークのために、1人で出かけることがあります。まあ、連絡が無いことは今までありませんでしたが、鏡幻島の地図や鏡幻荘の鍵類が持ち出されていたので、鏡幻島に行ったものを思われます、


 鏡幻島は宣利の私有地であり、研究調査地でもあります。ですらから、宣利が鏡幻島で、フィールドワークをしている可能性を捨てきれないため、警察に連絡をしていません。」

「……それでも、直接鏡幻島へ安否を確認にはいかなかったんですか?」

「鏡幻島への立ち入りは、宣利の許可が無ければ、立ち入ってはならないんですよ。」

「許可?」

「宣利は鏡幻島で、生態系の研究を行っています。その研究は彼が40年に渡る厳正な維持管理によって、成り立っています。もし、部外者が何か余計なことをしてしまうと、宣利の40年分の研究が台無しになってしまう可能性が高いのです。」

「なるほど。植物の遷移が極相に至るには200~500年と言いますからね。まだたったの40年では研究を止めさせられたら、たまったものではありませんね。」


 私は泡の発言を聞いて、頭に? を浮かべた。泡はそんな私の?を感じ取って、説明を加えた。


「ああ、植物の遷移は簡単に言えば、全くの更地から森になることよ。森にも段階があって、森の最終形態が極相って言うの。人の手が加わらなければ、その最終形態に至るまでには、200~500年かかると言われているの。」

「なるほど。だから、その植物の移り変わりを研究しているってこと?」

「そういうことでしょうね。


 ただただその植物の移り変わりを観察するだけなら、今までも行われているから、何か鏡幻島には特殊な条件があるんでしょうけどね。」

「ええ、鏡幻島の特殊な条件は、実際に行って見れば分かりますよ。まあ、あの真ん丸の地図を見れば、想像は出来るでしょうけどね。」

「なるほど、鏡だものね。」


 泡は鏡幻島の特殊条件が分かったようで、うんうんとうなづいている。そして、私の隣にいる天神教授も泡と同じく頷いている。私は取り残された気分だった。私は焦りながら、皆に同調して頷いてみた。


「梨子、さっき言ったでしょ。鏡幻島は植えられている木すらも上下左右対称になっているって。


 だから、鏡幻島の特殊条件はその対称性と生態系の関係ってことでしょ。」

「その通りです。その辺りは宣利や喜一に聞くと良いですよ。


 ……そうだ! 自己紹介やこれから停まるメンバーの説明がまだでした。」

「そう言えば、そうですね。それじゃあ、こちらから。


 私は越前泡です。一応、物理学に軸足を置いて研究しているつもりです。専門はワープ技術の研究ですね。


 そして、私の友達の甘利梨子ちゃん。将来有望なミステリー作家さんよ。」

「ちょっと!」

「間違ってた?」

「……間違ってるって言いにくい。」


 泡は得意げな顔を浮かべていた。私はそれに対抗する術が無く、大人しく引き下がった。


「そして、こちらが天神さん。


 ……そう言えば、下の名前は伺ってなかったわね。」


 教授は油断していたのか、少し間を開けて、自己紹介を始めた。


「私は、天神冴利てんじんさとしです。経済学の中でのゲーム理論を専門にやっています。」


 教授は乾に軽く会釈をした。


「で、あなたはたしか、乾さんですよね。直接会ったことは無いですけど、化学ばけがくの分野では有名ですからね。確か、専門は水質浄化の方でしたよね。」

「知って頂き光栄です。それ以上の紹介は不要でしょうから、他のメンバーの紹介をしましょう。


 先ほど話に出した喜一は上村喜一です。動物生態学が専門ですね。着古した作業着を着た人間がいたら、そいつが喜一です。


 他は……。」


 乾が他の紹介をしようとした所で、防波堤の隙間から男が首を出した。男は作業着を着ていないので、上村ではないだろう。男は青いナイロンのジャケットの上に救命胴衣を装着していて、頭には船長のような帽子を被っていた。


「乾さん。出そろったなら、出発しましょうよ。


 宣利さん怒らせて、沈黙のクリスマスイブは嫌でしょう?」

「ああ、そうだね。メンバーの紹介は船の中でも、島についてからでもできるからね。」

「ああ、すいません。紹介が遅れました。海老沼秀樹です。


 ……いや~、本物なんですよね?」


 海老沼は泡を見つめながら、そう言った。


「どれが本物か分かりませんが、私は越前泡ですよ。」

「やっぱり! 私達、物理屋にとっては憧れの的ですからね。私の専門は熱力学で、越前さんの量子力学とは少し分野がそれますけど、一目会って、話したいと思っていたんです!」

「この2日はいくらでも話しかけてください。この日のために、今年の仕事はもうすべて終わらせてきましたからね。」

「それは心強い! それじゃあ、まず……。」

「おいおい! 急かしに来たお前が話し込んでどうする!


 早く出発背ならんのだろう?」

「ああ、そうだった。


 でも、ここで話しておかないと、私が船の操縦だからな。」

「島についてから話せばいいじゃないか。船舶免許はお前と都さんしか持っていないんだから。」

「……しょうがないか。


 また、島についてからゆっくりと話しましょう。」

「ええ、もちろん。」


 泡は海老沼の方に手をもっていった。海老沼は差し出された泡の手を握って、2人は握手をした。


「じゃあ、出発しましょうか!」


 乾はそう言って、海老沼が出てきた防波堤の隙間から港へと入っていった。私達も乾と海老沼に続いて、そこへ入る。入るとすぐに、たくさんの船が海に浮く桟橋に並べられているのが見えた。


 桟橋につなげられている船には漁船のような操縦室にしか屋根のない船もあれば、クルーザーのような船全体に屋根のかかる高そうな船もあった。


 乾について行き桟橋の奥の方まで歩いていくと、ある船の所で乾は止まった。私が乾が止まった船を見てみると、今まで並べられてきたどの船よりも大きく、高そうな船だった。


 まるで豪華客船のタイタニックのようで、8人を運ぶ船としては大きすぎるし、豪華すぎた。


「……立派ですね。」


 泡は船を見上げながら、自然にそう口に出した。


「初めて見る人は必ずそう言いますな。ですが、本体の船の高さだけでなく、燃費と維持費が桁違いに高いだけのとんでもないごく潰しですよ。」

「乾さんの持ち物なんですか?」

「いや、私と言うよりも藤原家の所有物ですな。」

「藤原家?」

「ああ、私は苗字は違いますけど、宣利の実の弟なんですよ。」

「あら、そうなんですか?」

「ええ、この集まりは藤原家と海老沼家の親戚同士の恒例行事でもあるんですよ。」

「海老沼家? 海老沼さんだけじゃないんですか?」

「ええ、海老沼さん以外にも上村さんも海老沼家の人間ですね。海老沼喜一の父親である海老沼寿樹は宣利の師でして、そこで長年の付き合いがあるんです。」

「では、もしかして、私達3人はアウェーな感じですか?」

「まあ、そうなるかもしれません。10年以上は毎年このクリスマス行事が行われていますからね。


 でも、このクリスマス行事は基本的に研究者の意見交換が根底にありますから、親戚間の疎外感は感じないと思います。」

「なるほど。まあ、気になることは数々ありますが、とりあえず船に乗り込むことにしましょうか。」

「そうですな。」


 乾と海老沼は桟橋と船を繋ぐ手擦り付きの橋を渡って、船の中へと入っていった。その橋は波に合わせて、ゆっくりと揺れている。泡が先陣を切って、橋を渡った。そして、その後ろを教授が続いた。


 私もその橋を渡った。


 それが引き返すことのできない惨劇の幕開けとも知らずに……

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