越前泡
私は緊張している。
私は集合場所の港行きのバス停前で、初対面の天才、越前
まさか、冬休みのクリスマスイブとクリスマスの日の良好だと思わなかったが、私の予定はオールフリーだ。よく考えれば、彼氏のいる優美がこの旅行を断った理由もそう言う訳だったのかもしれない。
だが、あの越前泡に会えるなら、優美に劣等感を感じる必要はない。私にとってはこっちの方が有意義だ。
しかし、1つ懸念材料を挙げるとすれば、天才の集会に凡人の私が混じることだ。ミステリーの天才です。と名乗るほどの自信が私にはない。だって、ミステリー小説を出版しているわけでもないし、新人賞を受賞しているわけでもない。
それに、ある読者にはすぐにトリックを見破られる程度のミステリー書きである。
他に特出したものもないし、平々凡々の私が天才の集会に交じると、空気の読めない奴みたいになりそうで怖い。それに、私の頼りは、友達の友達である越前泡だけだ。
優美
そこで、私の思い描いたように殺人事件が起ころうものなら、真っ先に容疑者として吊るし上げられてしまう。
そうならないためにも、越前泡とのファーストコンタクトは必ず成功させないといけない。それがこの旅行を成功させるコツだ。
「ましてや、名前が
「そうそう、そんな令和っぽい名前なのに、昭和の経済みたいで面白いですね~。なんて言えないわ。」
「バブル経済?」
「そうそう! ノーベル賞3つ取ってるみたいだけど、バブル経済みたいに、才能が急落しそうで面白そうですね~。才能のバブル崩壊は気を付けて~。なんて言えないわ。」
「それでそれで?」
「だから、才能のバブル崩壊起こったら、失われた30年の日本みたく没落しないように気を付けて~。才能のデフレで、価値が下がり続けんようにな~。なんてことは言えないよ~。」
「……ファーストコンタクトは最悪だね。」
私はついつい口を滑らせた後に、私の口を滑らせた声の主がいる後ろを振り向く。
後ろにあった顔は、無表情だった。私は顔から血の気が引いて、真っ青になった。
「……初めまして……。」
「アハハ! 冗談だよ。」
無表情だった顔は崩れ、笑顔が映った。今頃だが、滅茶苦茶可愛い顔をしている。まさに、才色兼備と言った様子だ。口には煙草のようなものを咥えていて、肩まである綺麗な黒髪が美しかった。
その越前泡と思わしき人物は、すらりとしたボディラインに、研究者らしく白衣を羽織っていた。天は二物、三物どころか、物のバーゲンセールをしているらしい。
「……君、面白いねえ。もしかして、君はノリツッコミの天才だから呼ばれたの?」
「そ、そうじゃないですよ。単に、優美の代わりとして呼ばれただけです。」
「君となら、腹を割って話せる仲になりそうだよ。優美の友達なだけはある。私好みの変人だわ。」
「ええ、もう変人認定ですか?」
「この旅行でも、あなた以上の変人に出会うことは無いと断言できる!」
「そんなに変でした?」
「無自覚系の変人が1番の変人よ。」
「ええ……。」
私、変人だったの?
「君も吸う?」
泡はそう言って、白衣のポケットから箱を取り出した。そして、箱から自身が加えているものと同じ銘柄の煙草らしきものを取り出し、私に渡した。
「煙上手く吸えないんで……。」
「ふふっ、やっぱり君は面白いよ。
私の煙草、煙出てないでしょ?」
泡は咥えた煙草を嚙み砕き、砕いた煙草を口に入れて、飲み込んだ。
「ええ!?」
「これ、ラムネ! 煙草型のラムネよ。」
泡は箱から手をどかして、箱のパッケージを見せた。箱には有名なシガレット型のお菓子の名前が書かれていた。泡は取り出したラムネを新しく咥え、また新しくラムネを出した。
「吸う?」
「頂きます。」
私はお菓子の箱からラムネを取り出し、そのラムネを歯で挟み込んで咥えた。ラムネを口に咥えてからしばらくすると、ほんのりと清涼感のある甘みが口の中に広がった。
「美味しいですね。」
「私みたいに中毒にならないようにね。」
「こっちにも中毒があるんですか?」
「まあ、ニコチン無いだけましだけど、フロイト的に言うと、お菓子でも、煙草でも同じ行動だからね。」
「へえ。」
「でも、最初の発言は撤回するわ。ファーストコンタクトは私史上最高!
いい友達になれそう。」
泡はそう言って、手をこちらに差し出してきた。私はその手を握った。彼女の手は温かくて、指の細い可憐な手だった。泡は私に微笑みかけた。私も自然と出た笑顔を彼女に返した。
「名前は梨子ちゃんよね。梨子って呼んでいい?」
「もちろんいいです。」
「私のことは泡でも、バブル経済でも、デフレでも好きなように呼んで。でも、ラムネは禁止ね。」
「それじゃあ、泡で。さすがに、そんな失礼な名前で呼べませんよ。」
「その失礼な名前を生み出したのは誰かしら……。」
「誰でしょうね~?」
しばらくの私達は見つめ合った後、笑い合った。
「もう親友よ。ベストフレンド!」
「そうね!」
「じゃあ、そろそろ行きたいところだけど、ここのバス停集合する人間は、私達2人だけじゃなくて、もう1人いるみたいなのよ。」
「そうなんですか?」
「ええ、私も詳しく知らないけど、経済学の才能ある人だって聞いているわ。」
「経済学ですか。
私は経済学部じゃないけど、経済の講義は聞くから、それなりに話しできるかもしれない。」
「私も次はノーベル経済学賞を狙っているから、その人と話すのが楽しみね。」
「4つ目ですか?」
「さすがに、平和賞は偽善者の私には無理だけど、取れるだけ取っておきたいわね。」
「すごいね。この先、そんなレベルの話ばっかになっちゃうのかな?」
「大丈夫よ。さっきみたいなノリツッコミで自分のフィールドに持ち込めば、いいのよ。」
「さっきのノリツッコミだったのかな?」
「でも、まだその経済学の人はまだ来なさそうね。」
泡は白衣のポケットを漁った。そして、ポケットから折り畳まれた紙を取り出した。そして、その紙を開いて、私に見せた。
「これが今から行く鏡幻島の地図。」
「へえ、なんかすごいですね。」
「島が上下も左右も対称になっているからね。」
地図を見ると、島は自然物とは思えない真ん丸の円だった。そして、その円状の島の中には、上下左右の4方向に海岸から大きな道が中心に伸びている。その道の途中には大きな木が立っている。
そして、道の横には森が広がっており、島の中心には正方形の屋敷が建っている。屋敷は、地図から見る限りは島と同じく、上下左右共に対称となっている。
「この道の横にある森の木ですら、島を中心に90度回転すると重なるそうよ。」
「すごいですね。誰かが植えたんですか?」
「さすがにそうみたいよ。でも、島の形自体はもともと真ん丸だったみたい。」
「へえ、それだけでもすごいですね。」
「鏡に映したみたいに、対称的だから、鏡幻島ってことね。」
「名前が先なんですかね?」
「さあね。それは、後で、主催者にでも聞きましょう。」
「……そもそも、この島になんで、泡達が集められるの?」
「さあ、サロンみたいなものじゃない?」
「サロン?」
「サロンは、角界の教養ある者たちを自分の家に集める貴族の道楽よ。目的は分からないけど、藤原宣利って人がサロンの主催者ね。」
「目的が分からないのに、泡は行くの?」
「まあ、完全に上下左右が対称な島を見てみたいし、冴島家の建築があるらしいしね。」
「泡も冴島家狙いなの?」
「まあ、冴島雫には興味あるからね。あんなことにならなければ、私と肩を並べるほどの研究者だったんだけどね。
あの島の屋敷のリフォームに、冴島雫が関わっているらしいから、少しでも彼女の息吹を感じたいと思ってね。」
「なるほど、私みたいに不純な動機じゃないのね。」
「不純な動機って何よ?」
「……いや、こっちの話。」
まさか、殺人が起きないかと期待していると言えるはずがない。
「あっ! そうこうしている内に、経済学っぽい人が来たわよ。」
泡は私の後ろを見つめた。なので、私も後ろを振り返って、確認する。
すると、そこには見覚えのある顔が映った。
「天神教授?」
私の後ろに立っていたのは、いつも通りのスーツを着込んだ天神教授だった。
私は驚きの余り、歯で咥えていたラムネを地図の上に落としてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます