第10話

 前線都市アデルバ、周囲は泥に覆われ戦略的には見事なほどに攻めずらい大陸中央にあり西北東の攻防を立地だけでも防いだとされる魔王軍の戦略拠点。


 攻城兵器が泥のせいでまともに機能しないことから個々の実力でなんとかしなければいけない中魔族のほうが身体能力は勝っている。


「なんというか汚いとしか言えないであるな…」

「同意…」

「ここに潜伏しなきゃいけないのー…気分も悪いし…」


 アキは弱音は吐いてないけどそれでも気分のいいものでもないだろう。ヘレスには瘴気払いの術式を念のためかけておくけど、僕もそんな長居したい場所ではない。


 本来なら僕一人で中に入って適当にリビリアに伝わるように争いを起こせばいいのだけどこの4人はそれを許さないだろうし、とりあえず宿をとることを目的とした方がよさそうだ。


「みんな、泥をかぶろう」

「「「「え?」」」」

「この前線都市だと汚いのが普通というか、綺麗にしてるのは偉い者ばかりだから身かくしのために泥を被って人間臭さも隠していかないと」


 ものすごく嫌そうな顔をヘレスからされたが男性陣はそういうものなのかと納得して泥を体に付着していった。


「これ毒とかないよねー?」

「毒はないけど逆に偉い者が通う店だと泥被りは入れないって聞いたことがあるかな?」


 実際こういう場所は書類上でしか見たことがないから全部が正しいとは限らないけどやらないよりはマシだ。一番まずいのはばれることなのだから。


「フィンちゃんはなんか泥にまみれても可愛いのがゆるせないー!」

「あはは…」


 まぁ元々ぼろきれの衣服で過ごしていたからこの方が落ち着くというのはある。

 アキの方を見るとアキも僕を見ていたようで目が合ってしまった。アキが視線を逸らすので何か僕に違和感でも覚えたのかと服を見るが特に目立つものはないと思ったけど。


「アキなにか言いたいことあるの?」

「えっと。似合ってる?ぞ?」


 それは誉め言葉なのか?まぁ別にいいか、あとは中に入って宿をとりつつ行動開始かな。


 門まで行けば魔族が見張りをしているようで僕はフードを脱ぎそのままみんなを連れて歩く。


「おい、フィン大丈夫なのか?」

「むしろ全員フードのほうが怪しいだろうし僕の見た目なら問題なく入れるよ」


 そういうとアキは少し悲しそうな顔をして「そうか」とだけ呟く。

 宿に関しては人間とは違って魔族の文字だから普通に読めたら変かな?疑われるかな?と思ったけどみんな若干挙動不審な感じで周りを見てるし今のうちにそのまま宿まで入ってしまおう。


「いらっしゃい…5名かい?」

「はい、食事付きで部屋で食事を取りたいのですが」

「5人部屋はないから2人部屋二つと1人部屋一つだろうね。それでいいなら食事も含めて9枚ってとこかね」


 リュックから魔銀と呼ばれる硬貨を取り出して渡すと鍵をもらう。

 部屋はどうしたものか。できれば僕は一人部屋がいいんだけど、それをなんとかしなければ。


「俺とゴドー、ナナシは1人部屋でフィンとヘレスさんが二人部屋って感じでいいのかな?」

「異論はない…」

「あ、待ってほしいかなーなんて僕1人部屋がいいんだけどだめかな?」

「えーフィンちゃんあたしとは嫌なのー?」


 まぁ僕も普通に旅をしていたら今ので問題はないんだけど1人行動がしづらいのがどうにも困る。


「えっとフィンはどうして1人部屋がいいんだ?」

「僕のほうがほら1人慣れしてるし、それに薬の調合とかもしたいからすごい臭いとかあるかもだから」

「そ、そっか…?」

「じゃああたしナナシと同じ部屋でーゴドー一人部屋でいいんじゃない?あたし臭いのは嫌だし、でもフィンちゃんの警護は必要でしょ?」

「異論はない…」

「吾輩もそれで良いが…吾輩は臭いのだろうか…?」


 だめだ、話に乗じて1人部屋は確保できそうにない。ただナナシと同じ部屋ではないならまだマシ…?別にそれならゴドーでもいいけどこいつも過保護に僕の周りを吐いていきそうな気はするしな。

 それなら最初からヘレスと一緒の部屋のほうが案外良かったんじゃないかな。でも今更撤回はできないし…。


「フィンはそれで大丈夫か…?」

「え?うん?もう大丈夫な気がしてきた」


 まぁ、活動するにしても夜に動けばばれはしないだろう多分。

 そういえば魔族の硬貨みんな持ってないんだっけ?まだ余りあるから渡しておくべきか、それとも部屋からあまり動かさない方がいいか…いや情報が今はほしい。

 リビリアに頼るにしても前線都市にどの万魔がいるかくらいは特定しておきたい。


「みんなに一応お金渡すんだけど。人間国と違って銅貨とか銀で分かれてるわけではなくて魔銀で統一されてるんだよね。だから何枚か言われるからその枚数を渡せば商品とか購入できるから」

「随分…詳しいのだな…」

「えと、一応商人だからね…あはは」


 すぐこうやってボロが出てしまう。ただ人間国で商人活動してたのが幸いしたのかアキや他のみんなからはそんなに怪しまれてないのがありがたい。


「魔領でも…商売をしてたのか…?」

「ナナシちゃんは森でのフィンちゃん見てなかったのー?」

「それも…そうか」


 何のことかは知らないがフォローされたのかな。森では別におかしいことはしてなかった気がするけど。


「それじゃあ一旦部屋に荷物を置きに行こうか」


 部屋に入るとベッドが二つと簡素なテーブルとあとはトイレやらと色々ある。さすがにお風呂場はないが、まぁ魔法で綺麗にできるからいいんだけど。


「その…フィンは俺と一緒の部屋で良かったのか?」

「え?うん?さっきもそんなこと聞いてなかった?」

「それならいいんだけど、そういえばフィンって結構商人として成功してたりするのか?」

「うーん?そんなことはないけど使い道も特にないからかな?」


 実際はリビリアから支給されただけだけど、人間国のお金はわりと稼いでた気はする。

 それもたまたま商人の手助けがあっただけだけど…今頃は国境のどこかで燃やされたか食われたか潰されたか…。


「アキは僕と一緒の部屋で良かったの?」

「俺はフィンとの方が嬉しかったりはしたかな…あ、その変な意味じゃないからな?長い付き合いだしな」

「変な意味?」


 僕と一緒で嬉しいということはお金持ってそうだからかな。まぁ魔領の食事と人間国の食事なら恐らく人間国のほうが美味しいだろうけど、お腹すいてるなら宿の人に声をかけてきてあげるか?


「はは…なんかかっこ悪いな俺」

「あはは何冗談言ってるの」

「え?」

「え?」


 なんだろうか気まずい空気が流れてる気がする。別にかっこ悪いところなんて無かったと思うけど。もしかしてお腹すいてたらかっこ悪いのが人間的に当たり前なのか?


「なんかわかんないけどさ、アキは僕にとっては希望みたいなものだからさ。卑下しなくていいんだよ?それに誰かにかっこ悪く見られたっていいんじゃない?僕はアキのことかっこいいと思うよ」


 なんて言ったって唯一無二の勇者だ。いや他にも勇者はいるんだろうけどアキに至ってはリビリアの折り紙付きなのだから万魔の守護者がいうほどの者がかっこ悪いなんてあるわけがない。


「ありがとな…」

「どういたしまして?そういえばアキって僕も人の事言えないけどあんまり世間知らずなところあるよね?」

「そうだな?まぁ話しても問題ないけど、俺違う世界から来たからな」

「へー、そこだと魔法とかないの?」

「無いけど…って信じてくれるのか?」

「まぁ、揺らぎも感じないし…そもそもアキが嘘ついて意味あるの?」


 別世界か、どうりで特別扱いされてたわけだ。しかしそれだと召喚者がいるとおもったけど国が召喚したのかな?余り踏み込みすぎても不審に思われるだろうし適度に聞いておこう。


「意味はないけど…俺が話した相手はみんな信じなかったからさ」

「そっか?」


 人間は信じないだろうな。特に教会関連は魔領のことを魔界扱いしてるくらいだし異世界と言ったら魔界か天界からきたとかそういう風に思われるだろう。でもそれだとしたら魔法を知らないなんてどっちの世界にもありえないしもっと別の世界と思うべきなんだろうけど。

 リビリアあたりに聞いてみるのもいいかもしれないな。


「じゃあさ、そこではいろんな機械があるとか話したらわかるかな?スマホとかさネットとかあってさ」

「いやいやちょっと待って?わかんない単語があって機械はあれだよね時計とか、スマホ?」


 故郷の話がそんなに楽しいのかスマホがなんなのかとか、ネットで世界のどこでも連絡がとりあえるとか不思議な話をして笑顔に話しながら少し寂し気になりつつなっていって涙交じりな声に変わる。


「俺…別に異世界に来たかったわけじゃないんだ…漫画とかアニメだけで十分で…なんで俺なのかなぁ…」


 よくわからないけど、事故みたいなものでこの世界に来たといった感じだろう。

 それにこの世界に来た原因が分からないときたものだから帰り方も分からない。


 僕に故郷を愛する気持ちがないから共感してあげることはできないけど、以前も頭を撫でたら眠っていたしそっと抱きしめて頭を撫でてあげると抱きしめ返される。


 僕も…こんな感情があったら良いのにな。

 故郷を愛するか…リビリアの言っていた僕を愛してるという言葉も似たようなものだろうか?だとしたら僕が死んだらリビリアは泣いてくれるのかな?


 ベッドが汚れるのもなんだし清浄の魔術を二人分かけてベッドで一緒に横になって考えてみるがどうにもまとまらない。

 愛とはなんだろうか?愛があれば僕はもっと何か変われるのかな?


 そう思えば思うほどかつて空をずっと見上げてた自分を思い出して空を僕は愛していた?

 それしかなかったから見上げてただけだから違うか。


「フィン…ありがとうな…」

「いいよ。そんなに思えるなんて凄いことだよ。もっと自分を褒めてあげなよ」

「…うん」


 ずっと優しく頭を撫でていたら寝息を立てたので恐らく眠ったのだろう。食事をとってないけど大丈夫だろうか?

 一応食事を部屋に持ってきて布で覆っておけば勝手に食べるかな?

 その間に僕は僕でやらなきゃいけないことを済ましておこう。


 部屋を出ると横にナナシが壁によりかかるように立っていて驚いた。声を出さなかっただけ自分を褒めたい。


「えと…ナナシさん…?」

「どうした…?」


 アキを起こすのも忍びないのでドアをゆっくり閉めてから話しかける。


「なにしてるの?」

「警備だ…」

「ヘレスは?」

「寝た…」


 なんというかこの人に慣れるのは難しいなぁ。


「宿の人に迷惑かかるから廊下に立ってるのは警備というか不審者だよ?」

「そ、そうか…ではゴドーの部屋に…」

「それはそれでゴドーがびっくりするよ?んーヘレスとの部屋のドアの前で立ってたらいいんじゃない?」

「そうか…そうする…」


 なんというか、不器用なだけなのかな?ずっと怪しまれてると思っていたけどこれが普通なのだと思えばいつかは慣れるだろうか?


 あー…慣れる前に殺すことになるのか。出来ればレアラを倒す時までは生きててほしいけど、ゴドーもギュスターヴもどちらも猛者だ。斥候がどこまで役に立つかは怪しい。

 それにまたテトが現れたらナナシは無力になるだろう。ナナシにも魔術を教えた方が良いかもしれないな。そしたら自分の身を守るくらいはできるだろうし。


 そんなことを考えながら宿の人に食事をもらって部屋に戻ると起きたのか焦った様子のアキがいた。


「ど、な。だいじょうぶか?」

「ドナ?誰?食事を持ってきたんだけど食べる?」

「う、うん。ありがとう」


 浅い眠りだったのか。さすがに敵国でまともな睡眠を取る気にはなれないということなのかもしれないな。今夜動くのは無理か?


「あんまり美味しくない…な…」

「そう?」


 ドロッとした苦味が癖になる触感はあまりよくないけど実はこれは栄養豊富な魔領の特産品なのだ。もちろん人間にも無害なことは実験で証明されてるしむしろ健康になるらしい


 僕はリュックから香辛料をとりだすとアキに渡しておく。


「これかけると多分美味しくなるよ」

「ありがとう…うん、だいぶマシになった」


 香辛料といっても中身は毒物だけど少量ならむしろ健康になるものだから大丈夫だろう。

 森を通ってきて正解だった。意外と薬草や毒草が見つかったので簡易的な薬ならできるだろう。書類上ではちゃんと効果はあると書いてあったし。


「あのさフィン」

「んー?」

「今日は一緒に眠ってもいいかな?」

「一緒の部屋だけど?」

「その一緒のベッドでさ…」

「いいけど、まぁもうすぐ冬だもんね僕の布と重ね合わせたら多少は寒さ凌げるかな?」

「あ、うん…そんな感じ」


 そうか冬か…これはありかもしれないな。雪でも降れば身かくしにも使えるし、移動が少し困難になるけど…。


 食事を終えるとアキと一緒にベッドに入り、また眠るまで頭を撫でておく。今度はちゃんと眠るんだぞ

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