第8話

 何故?僕を知ってるのか?

 その疑問を抱くと同時に震えが止まることなかったはずなのに強く握られる手を見てアキを見れば鋭い眼光でテトを睨んでいる。


「どうした?貴様らはわざわざここへ来たのであろう?それならば剣を抜け。それ以外何もできぬ惰弱な人間共」


 僕に興味が失せたのか周りの人間を煽るが、数もそうだが圧倒的強者たるテトの立ち振る舞いにどうすべきか悩んでいるんだろう。


「どいつもこいつも、たかだか数人で来たかと思えばもう恐れをなしたのか」

「俺はアキ!侵略行為をしたことは謝るが何かの手違いでそうなってしまっただけなんだ!」

「ほう、語るか私に…度量は認めよう。それに手違いというのも認めよう。あれは正気を保ってない人間共だったからな」


 これは…少しやばいかもしれない。僕の仕業だとなぜか僕の名前を知ってるテトならそれを公言したとしてもおかしくはないうえに、正気を保ってないとネタバラシをされたら僕の行動範囲が狭まる。


「して、アキとやらよ。この後始末はどう責任取るつもりだ?」

「俺のできることなら――」

「ならばその神官と戦士と斥候を殺せ。そして紫紺の娘を寄こせ。貴様は敗北を告げる使者として生かしておいてやろう」

「それは…できない」


 答えを分かっていたとばかりに肩をすくめてみせるテトは余裕の態度を変えず片手を上げ振り下ろす。

 その動作が何を意味するのかと疑問に思った次の瞬間に僕の首にかけていたペンダントが割れる音がして体が後ろ吹き飛ばされる。


「やはりリビリアの仕業か…」


 何かをつぶやいていたがそれよりも呼吸だ。呼吸をしなければ


「ガッ・・ハッ・・うぇっぐ」


 リビリアの守護を貫通したのか?それよりも今のはなんだ?衝撃波にしてはあんな軽い動作でここまで届くものなのか?

 胸の方を見ると服は破けてはいたがちゃんと守護の力が働いていたようで生きている。


「フィン!」

「アキさん!あれは太刀打ちできるとは思えないがどうする?」

「時間を…稼ぐ…撤退だ…」


 ヘレスは真っ先に僕の方へ駆け寄ってきてくれているがあの威力を平然と繰り出せるとなると敵に後ろ姿を見せるのは危険だ。

 僕も震える足に力を込めてヘレスのところへ走って抱えて横に飛ぶ。


「わっフィンちゃん大胆!」


 そんなこと言ってる場合じゃない。先ほどまで僕たちがいた場所に先ほどと同じような衝撃が地面を抉る。


「へー、守るんだ。面白いね」


 勝てるわけがない。昨日まで勇者の力でなんとかなるかもと思っていた自分を殴りたくなる。


 ただ。それでも期待してしまう。リビリアの言っていた真の勇者の力を。


 アキは剣を片手に近づこうとはするがテトの両脇に控えている竜が炎の息吹を吐き前進することが難航している。

 ダルガンも大盾を駆使してアキの補助に回っているがそれも効き目は薄いだろう。

 ナナシに至っては斥候としては優秀でも戦闘になればテトの気を逸らそうと何かを投擲してはいるが気にした様子もなくテトは牙を見せるように笑っている。


「フィンちゃーん、二人だけでも逃げないー?」

「な?!だめです!逃げるならせめて全員で」

「あたしが思うにさー…多分遊ばれてるだけで本命フィンちゃんだよあれ」


 そんなことは…ある…?のか?

 でも仮に僕を狙う必要がどこにあるのかが分からない。フィブラからは何も聞いてないし注意すべきはむしろレアラの方だったはずだ。

 それに僕に対して致命の攻撃を放っている以上捕縛したいわけでもないはずだ。


「それでも…アキだけはなんとかしないと!」

「あははー…困ったなぁお姉さん。あたしも別に教会からアキを守れとは指示されてるんだけどさーこれはさすがに厳しいよ」


 これは…少し無理するしかないか…後でうまく誤魔化せるかは分からないが、僕の力を使えば少しは逃げる時間を稼げるかもしれない。


「ヘレスさんは撤退の準備をお願いします。僕が少しの間なんとかします」

「んー…まぁいいんじゃないかな、とはいっても無理だと判断したらあたし一人で逃げるからね?」


 それで十分だ。僕は割れたペンダントの鎖をちぎって手に握りこみそれらしく振る舞い僕の声が届く距離に走る。

 高い位置から見下ろすテトからしたら僕の位置なんて丸見えだろうけどもそれでも少しの予備動作に注意すれば致命の一撃は避けれるはずだと思い竜に声が届くように


「あー…やっぱりフィンはそうしちゃうんだねー…」

「『万魔の守護を一時期的に封印せよ』『竜よ戦闘行動を停止せよ』」


 半数以上は攻撃行動を停止して何が起こってるのかわからない顔をしている。

 テトにも通じてくれたらと願望を抱くが、僕程度の能力ではテトの魔法障壁に妨害されてしまってるだろう。


「そこの黒髪君さ、君がフィンを誑かしたのかな?」

「何を言ってるんだ…?」

「んー。揺らぎがないってことは本当に知らないのかな?まぁいっか。今の状態なら私に勝ち目が無いからここは引くよ。良かったね勇者君」


 勝ち目しかないだろうとぼやきたくなるが、実際テトは言葉の通り竜に指示を出して魔領の方へと飛んで行った。


 さてどうしたものか…能力を行使した言い訳を魔道具のおかげと言って乗り切るために割れたペンダントを握りしめてきたわけだけど上手くだまされてくれるだろうか。


「フィン!」


 そう言って駆け寄ってくれたアキが僕を優しく抱きしめる。


「えっと…」

「良かった。最初の一撃で死んでしまったのかと思った…本当に良かった」

「あはは…魔道具だけは保険で色々持ってるので…」


 ダルガンも暖かい目で見てくれて、ヘレスはいつの間にか戻ってきていてしたり顔でいる。

 その中ナナシの瞳だけは何を思ってるのかわからなかった。やはりこいつは殺してしまった方がいいかもしれない。


 ただ…この少ない人数でテトを撃退することができたのだけでも奇跡みたいなものだ。

 テトのセリフがどこまで本気なのかはわからないが余力をかなり感じていたし本気をだしたら全員死んでいただろう。


「魔道具…いくつ壊れたんだ…?」


 ナナシが僕に聞いてくる。多分不振に思っているのだろう。


「えっと…リュックの中身は確認しないといけないですが、大切なものとしてはこのネックレスですね」

「それは…?」

「魔族に効く魔除けみたいなものです。僕が死ななかったのもこれのおかげでしょうね」


 見たがっているからそのままペンダントを渡すが。壊れた時点で術式はすでに崩壊して解析することはできないだろう。なんならもうごみになってしまったので後始末も任せたい。


「フィンはそういえば商人だったな」

「あはは…まぁ売れるものは限られてるのでポーションくらいなものだけど」


 少なくともナナシ以外は納得していそうだったので良しとしよう。

 とはいえ先遣隊も国境を目指していたはずだがテトに全員殺されたのか、はたまた逃げたのか。

 ここから先はどうしたものかあまり考えてないが、アキ一人ではテトに勝てないというのは十分に分かった。一旦作戦を練らないといけないだろう。


 そう考えると先日会ったばかりだがフィブラと連絡が取りたい。


「生き残りがいないか念のため確認していこう」

「そうだな」


 アキとダルガンは真っ先に壁のところまで走っていく。まだそんな体力があるだなんてすごいな。

 ナナシもいつの間にかいなくなってるし、ヘレスと一緒に目を合わせたあと二人で笑いながらアキ達の後を追う。






 あいにくと血肉しか残っていない国境では生き残りがいるとは到底思えない。

 ヘレスは教会の神官らしく祈りを捧げているがそれがどういう気持ちで祈っているのかはよくわからないし、ダルガンも岩をどかしてさがしてはいるが、そんなところにいたら潰れた物が見つかるだけだろう。


「アキは生き残りいると思う?」

「俺は…はは、取り繕っても仕方ないか…正直みんな死んでると思ってるよ」

「じゃあなんで探すの?」

「だって悔しいじゃないか。俺がなにもできなかったこともそうだけどそれ以上に踏みにじられるようにあいつらは壁の上に、彼らの上に座っていたんだ」


 どこまでも優しいことだ。僕が死ぬように仕向けたと知ったらその怒りの矛先はテトに行くのか僕に行くのか。はたまたリビリアだろうか?


 本人も生き残りはいないと思っているようだし僕は野宿の準備でもしておくかとリュックから火打石などを取り出し木々や布の切れ端に火をつける。

 あぁ…そういえば食事も彼らには必要だったな。干し肉が余ってたからそれをスープにでもしておくか。


 空を見れば国境なだけあって微妙に淀んだ空があり星空は眺めそうにない。


「フィン…」

「ナナシさん?」

「空が好きなのか…?」


 また何か勘ぐるような質問をされるのかと思ったけどただの雑談か。


「どうでしょう?僕には空を見る以外あまりしてこなかったので、書物を読むことはありましたけど基本的には空を眺めている時間が多かったです」

「そうか…」


 相変わらず何を考えてるかわからない人間だ。

 しかし一人で見る空よりどことなく二人で見る空は綺麗でなくても良いものだなと感傷に浸る。


「あーご飯の準備してくれたのー?フィンちゃんありがとー」

「もうそんな時間かアキさんも休んだらどうかな?」

「そうだね…」


 全員そろって僕の作った雑なスープを美味しいと言いながら食べてくれる。

 多分他の人が作ったほうが明らかに美味しいのだけど、まぁ。美味しいと言ってくれる分には嬉しいものだ。


 そうして今日の火の番は僕が攻撃をまともに食らったことで他のみんなでやるから休んでいいと言われたので大人しく休むことにした。寝息を立てるフリをしながらみんなの言葉を聞いていると最初は国境の砦の話やテトの話だったことから僕の話題になっていく。


「あやつは…フィン殿のことを知っている素振りをしていたがアキ殿は何か心当たりは?」

「いや、俺にも分からない。ただフィンは名もなき村の出身といってたから魔領に住んでいた可能性はある」

「どしたのー?ナナシちゃんはフィンちゃんのこと疑ってるのー?」

「それは…」

「仮に疑うにしても真っ先に致命傷を与えられたのはフィンさんであろう?ましてフィンさんはヘレスさんを守っていたと聞いたが」

「…」


 やはりナナシは僕を疑っているのだろう。とはいえ今回は万魔の力を使ったこと以外は不自然なことはないはず――


「紫に…紫紺の瞳…魔族の特徴だ」

「おい。ナナシ…それは差別だ」

「最初は特に疑ってなかった…しかし今回のことで魔族だという可能性が高くなったのも事実…」

「だったらーフィンちゃんは魔族の裏切り者で今はみかた~なんてね?」

「そう…だったらいいな…」

「もうこの話はよそう。フィンが仮に魔族であっても人間を助ける時点で俺たちの仲間だ」


 これ以上聞いても意味はないだろう、少なくともナナシ以外は味方してくれているのなら僕が何かしなくても大丈夫だ。


 問題はこれからのことを考えなければならない。一度人間の国に戻り兵を集めることは無論却下だ。

 攻撃の届かない的はただ足場の邪魔にしかならない。


 それならこのまま侵攻を続けるかだが…テトの包囲網を搔い潜りそのまま魔領へ行くとなるとヘレスが要になってくる。神官の瘴気を払う力がなければアキはともかくダルガンとナナシが瘴気にやられて死ぬだろう。


 明日提案してみるのは森の迂回路か…竜の目が届かず。魔族も森や木々を破壊すれば魔物と下手したら亜人たちの反感を買い人間と共同戦線を張られることは嫌がるはずだ。


 それにフィブラも森の方が連絡しやすいだろう。連絡は…手短な人間がいればおかしい行動をさせてみせれば合図にはなるんだが…。森を通るならナナシの斥候能力は必須だろうしこのメンバーで欠けていい人間は今はいない。


 仕方ないしばらくは応援は無しと考えて魔領にある都へ向かうか。そこでなら魔族を操ってフィブラに連絡を取れるはずだ。


「なぁフィン」


 思考に耽っていたらアキが僕の隣まで来ていたらしい。片目を開けてそちらを見ると不安そうな瞳でこちらを見ていた。どうしたのだろうか。


「どうしたのアキ?」

「ごめんな起こしちゃったか?」

「大丈夫だよ。明日の事とか考えてたから」


 それからぎゅっと抱きしてめてきたので、頭を撫でてあげる。どうして撫でようなんて思ったかはよくわからない。ただそうしたほうがいいとなんとなく思った。


「生きててくれて良かった」

「あはは…僕は案外しぶといからね…」


 リビリアに言われなければ塔で生き埋めになっていただろうし。リビリアからペンダントをもらってなかったら即死だった。リビリア様々だ。

 そして疲れていたのか頭を撫でていたらアキはゆっくり寝息を立てていた。

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