第7話

 通る村はほとんど荒れ果てていたこともあって休憩がないことが人間3人にとっては相当堪えている様子だった。平気なのは僕とアキくらいなものだ。


 アキはアキでそのことに疑問を抱いてはなさそうではあるが、精神的には何か思うことがあるのか村を見かけるたびに一生懸命に何かを探してる様子が見える。


「フィンさん、そこの家屋はもう探したので?」

「ダルガンさん…はい探しました。僕たちは早く国境まで行った方がいいんじゃないんでしょうか?」

「それはアキには無理であろうな…アキは元々戦士ではなかった。それを才能があるからと国の上層部が特別扱いをしてここまで来ている。理屈ではないのだ」


 特別扱いねぇ…才能があるからと言ってそこまでされて気づかないというのもどうなのだろうか。もう少し自分の意志を示せば好きなことをやって自由にできるだろうに。


「フィンさんも似たようなものではないのかな?」

「え?僕?」

「そこまで治癒に長けていて今までの道中も苦なく進んでいる。相当旅慣れているのであろう?」

「そんなことは…」


 別に普通のことだ。魔族ならこの程度の道も治癒だって最低限しか僕は学んでいない。


「やはり似ておるよ、そうやって謙遜するところもアキさんとフィンさんにはナナシやヘレス、吾輩とも違う信念のようなものを感じる」

「信念?」


 ばかばかしい。信念なんてものがあれば僕は今頃それに夢中だろうさ。何もない空っぽだから僕は…あぁそういうことか。アキが家屋を探して人を助けたいと思うところを呆然と見て。僕がただリビリアの言うことを聞いているだけの空っぽ。


 空っぽだから他者に何かを求めているのかもしれない。


「ダイコンさん、少しわかった気がします」

「待て吾輩はダルガンだ」

「すいません間違えました」

「そんな間違え方あるか?まぁいいが」


 だとしたら万魔の美貌に頼らずとも、アキの中に潜む欲望を解放して僕だけの望むことをするようにすればいいんじゃないだろうか。

 ダルガンの言い分をそのまま鵜呑みにするわけではないがそうすれば僕の…僕にも何か手に入りそうな気がする。


「おーい!そっちは誰か見つけれたか?」


 アキの方はもう探索が終わったのか。


「いいえ、こっちには何もなかったですよ」


 4人で旅路をまた続けることになる。はっきり言えばヘレスの歩みが遅いのもあってなかなか進みが悪いのが気になるがそれ以外は順調だろう。

 ダルガンが荷物で持ってきた保存食もあればナナシがどこかから狩猟してきたのか動物を解体してそれを食べることもある。水に関してもナナシがどこかからか汲んでくる。


 ただそうなると困ったことがある。ナナシを真っ先に排除したいのだが生活面で役立ちすぎてむしろヘレスの方をどうにかしたほうがいいんじゃないのかということだ。


「どう…した…?」

「え?」

「食事…まずいのか…?」

「あ、美味しいですよ、考え事を少ししてまして」

「そう…か」


 美味いには美味いがそこまで食事を必要としてない分食欲がそこまで湧かないのだが人目があるうちは人間らしく振舞っておかないと。

 このまま進めばヘレスの足取りも考えて三日ほどで国境には着くだろうか。


 国境には必ず万魔の壁か矛のどちらかがいるはずだからそのことを考えてアキの攻撃が通じなかったときのパターンも考えないといけないな。


「フィン?」

「いざとなれば…」

「フィン」

「ん?アキ?どうしたの?」

「それこそフィンがどうしたのさ、見たことない真剣な顔してたからさ」


 僕はそんな分かりやすい顔をしているのか。というかそうではないにしても国境沿いで戦闘になるとは思ってないのかこいつは。


 まぁ、一人で悩んでも仕方ないか…。


「国境沿いにいるかもしれない敵…魔族に関して思うところがあってそのことを考えてました」

「それは…戦わなくちゃいけないのかな?」

「アキちゃん何言ってるのー?相手は魔族だよ?それも人間側はどちらかといえば負け戦を強いられている状態で次の標的はうちの国だったりするしねー」


 実際その通りだ。馬鹿だとは思っていたが教会は戦況をちゃんと読んでいたのか…いやそれとも一番に逃げるために教会はそういう情報をもってるのかもしれないな。


「実際吾輩たちが最後の砦のようなものであろうな。アキさんが出征を許可されたのもそれが理由であろう」

「はい、僕もそれは考えていました。ですので今回国境にいる万魔と呼ばれる魔族の中でも中枢にいる特筆した強さを持つ存在がいると思うんです」

「それがいるとそんなにやばいの?」


 やばい…少なくともアキ以外の僕合わせて万魔が出てくれば間違いなく瞬殺もいいところだろう。

 本当のことを言って不安を煽るよりは少し話の穂先を変えるか?


「アキなら…恐らく対処できます」

「俺?」

「僕が分かる中でも槍を持った相手と騎士の相手ならアキでもなんとかなるはずです。それ以外なら逃げましょう」


 リビリアが来るとは思えないが、レアラは何をしてくるかわからないし。テトはそもそも竜を操り攻撃手段が乏しい。まず竜をなんとかする対空手段がないと駄目だろう。まぁそもそも山岳地帯から出てくるとは思えないけど。


「フィンちゃんは魔族に詳しいのねー」

「すごい…」

「ついてきてもらって正解だったな!」


 3人は純粋に喜んでるといっていいんだろうけどアキだけは少し複雑そうな顔をしている。

 一度は別れようとしてた手前思うところでもあるのだろうか。


「今回はみんなをなんとか少しでも救うためにやってきたんだ。争いにきたわけではないことをみんな念頭に入れてほしい」


 なんだそんなことか。僕の言葉を遂行してるなら恐らく死ぬまで戦い続けるだろうからもう死んでるかまだ戦ってるか…そしてその戦いを止めたところで自害を選ぶはずだろうから問題ないだろう。


 みんながそれに了承してる間、僕は何も言えずただアキを見ていた。

 人が死ぬことがそんなに怖いのか、まして知り合いでもない他人も混じってるはずだ。


 そしてその言葉に少し胸が痛む自分が一番苛立たしい。






 道中の二日を過ごし三日目、明日には国境にたどりつく夜の番を済ましてそろそろ交代の時間かなと思っていると僕が魔眼を危機的に発動し少し先の木々に何かいる気配を視る。


 わざわざこんなところに来るとは。


 そこまで静かに歩いて近づけばフィブラの姿が見える。


「フィン様…何故国境まで来られたのですか?」

「ア…勇者のやつが国境に進んだ民を救いにいきたいのだとさ」

「やはり勇者にはフィン様の能力は通じませんでしたか…」


 使ってないとは言えない、まぁ仮に使っていたとしたら今頃処刑台にいるのではないだろうか。


「とにかく今は国境を超えないでください」

「どうしたんだ?実践経験は分からないが潜在能力だけならゴドーもギュスターヴも勇者なら多分勝てると思うんだが」

「今国境を守っているのは皇竜テトです」


 それは困った。本当に困った。

 全員がいるときにも考えていたが対空手段を持ってる者がこの中に一人もいない。


「それでも…勇者は進むと思う…」

「勇者とは実に愚かな存在なのですね…リビリア様が何故勇者に期待してるのかわからなくなってきました」

「まぁ、実力だけなら相当なのだと思う。見たことはないけど」

「撤退ができないのであればこのアクセサリーをお持ちになってください」


 そう言って手渡されたのは宝石に術式が刻まれたペンダントだ。

 内容を覗き見ようとしても複雑で分かりにくいが恐らく防護壁だろうか?


「テトの攻撃ならば一度は防いでくれるでしょう。ただ竜の息吹が集中砲火されればさすがに保てないでしょうから息吹には注意してください」

「これってもう一個ないのか?勇者の分とか」

「…遠くから見てあのフィン様合わせての4人ならば恐らくフィン様以外はなんとかするでしょう。自分の命だけ考えてください」


 少し甘く見ていたのかもしれない。ヘレスなんかに至ってはただの教会から派遣された者としか思ってなかったけど僕より強いのか。


「ありがたくもらうよ。でもテトも殺害対象でいいんだよな?」

「なにかするおつもりで?」

「最悪同士討ちをさせて地上に降りてもらえれば勇者が倒せるんじゃないかと思うんだが」

「無理でしょうね。竜を率いてるとはいえ実際の強さはテト本来が実力を持ってるからです」

「ギュスターヴよりも?」

「本気のテトならばレアラとリビリア様に匹敵します」


 そこまで言うなら間違いなく猛者なのだろう。純粋な強さではなく戦場慣れしてるのもあるのだろうし。となれば撤退しかないが僕に説得ができるとも思えないしせめて偵察して判断しようと宥めるくらいのことしかできないか


「忠告ありがとう。みんなを抑えるように徹するよ」

「フィン様、もう一つ大事なことが…恐らくレアラがフィン様は生きて何かをしているとすでに動いています。キメラにご注意を」

「わかった」


 それから霧のように消えていくのを見て万魔の知識レアラのことを考える。

 キメラというのはレアラの蔑称に近い言葉ではあるが恐らく蔑称以外の理由で言ったのだろう。


 レアラは実験室に籠り魔族も魔物も人間も全て関係なく実験に没頭し何かを作り出そうとしていたはずだ。そしてその結果異形の化け物を量産しているということは資料でみたことがある。

 ただ今になって僕を警戒するとは思えないのだけど、レアラも僕の何かを知っていてリビリアが先手を打っていたということだろうか?


 考えがまとまらないまま焚火の元に行くとナナシが座ってこちらを見ていた。

 木の後ろで会話をしていたし、僕の魔力探知が働いてなかったのもフィブラがいて気づかないってこともないだろうから大丈夫だとは思うけどそんな自然に座られていると少し不気味だ。


「何を…していたんだ…?」

「少し…その催しをしていました」

「トイレか…」


 わざわざ別の言い回しをしたんだから合わせてくれればいいのに。


「聞きたいことがある…」

「ん?なんでしょうか?」

「魔族は…何を企んでいる?民の兵の暴走…そして都合よく魔族に詳しいフィン…出来すぎてはいないだろうか…?」


 殺すか?いや、フィブラの話ではこいつも強者のはずだ。僕が何かを仕掛けようとすれば即座に殺されるかもしれない…ただ今ならペンダントの防壁があることを考えたらある意味チャンスではないだろうか…。


「偶然でしょうね。そもそも魔族が何かを企むくらいならそのまま人間国を襲えば勝てるくらいの強さを持ってるはずでしょう?」

「そうか…そうだな…」


 完全には納得はしてないだろうが、僕も僕で何もわかってないのは事実だ。リビリアが内乱を仕掛けようとしてることも人間側からしたら情報を得る手段はないだろうし。


「次からは…トイレに行きたくなったら起こしてから行くんだぞ」

「わ、わかりました…」


 そのままナナシに火の番を任せて就寝するふりをしつつ明日への対策を考える。

 はっきり言って勝ち目はないに等しい。フィブラがあそこまで強く言うということはテト自体の強さもそうだが勇者の強さがどんなものか把握しきれてないのが一番痛い。


 テトがいると分かっていれば住人を無駄死にさせずに攻城兵器でも持たせて移動させたんだが。


 とはいえ僕にできることは今はどうやって説得するかだ。勇者なら少しはわかってくれるかもしれないと淡い期待もある。

 そのまま日の出までじっくり考えていれば時間が経つのもあっという間に感じるほどに日の光が出てくる。





 なにか説得の言葉を発する前に野宿の後始末をして片づけて国境に近づくにつれて見えてくるのは壁として機能してない国境だ。


 僕は知っている。これが皇竜テトの仕業なのだと、それを象徴するように瓦礫の上に鎮座する竜種の数々が遠くにいるはずの僕たちを睨んでみている。


「フィンちゃんの話だと…騎士とかそんなんじゃなかったらやばいって話だったよねー…」

「ドラゴンか、一度は戦ってみたいと思ったがあの数相手では吾輩でも自信はないな」

「異常に続き…異常…」


 これは僕も少し甘く見ていた。竜一体一体の魔力量が多いのはもちろんのこと、中央に座している巨竜の上に乗っている赤髪を煌びやかに角を頭から生やすその女性の威圧が距離の離れてるこちらまで届いてくる。


「逃げましょう、これは勝てません」

「フィン?」

「あれは…化け物です」


 震える手でアキの手を掴み後ろへ引っ張ろうとしたとき高らかに澄んだ綺麗で恐ろしい声が僕の名を呼ぶ。


「逃げるのか!?フィン?」

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