第6話

 僕は夜に酒場へ行き、僕を見知ってる人、知らない人。その人たちを前に立つ。


「フィンちゃんどうしたのさこんなところへき―――」

「『万魔の守護を一時的に封印せよ』『総員、国境へ出て戦闘行動を開始せよ』」

「わかったよ!」「あなたのためなら!」「みんな武器を持て!行くぞ!」


「『万魔の守護を…ここに…』」


 リビリアに伝わるはずだ。わざわざ国境へ出て戦闘行動を開始なんてしたら魔族から怒りを買いこの国まで攻めてくるだろう。


 そうすれば魔物程度に苦戦してるこの国は魔族に蹂躙される。蹂躙されて…何も残らなくなるはずだ。


 僕は考えれば考えるほど頭痛がする頭を押さえて兵舎に用意された自分の部屋に閉じこもる。

 本当にこれで良いのか?いや、もうすでに事は終えた後なのだ。


 戦力は…?もっと送るべきではないか?彼らが無駄死にするだけで戦争なんて起きなかったら…?

 押さえていた頭を振りかぶり兵舎にいる者たちに僕は言葉を浴びせる。


「『総員、国境を出て戦闘行動を開始せよ』」


 一瞬の喝采。そして無垢にも意識を保ったまま戦場へ行かされる兵士たち。

 僕のこの能力の悪いところだろう。操られている間記憶が残っているのだ。どうしてこんなことをしなければいけないのかわからないまま命令を聞く人形。

 まったくもって愚かで仕方ない脆弱な人間。


 僕も…脆弱な魔族だというのに種族が違うだけでここまでの差が出るなんて理不尽極まりない。


 見かける人間に呪いの言葉を吐いて行き気づけば街の噴水広場でぼーっとしていると僕に話しかけてくる人物がまた来た。

 次はどんなやつかと見てみるといつか見た商人だ。


「ダルダ…さん?」

「おう!覚えててくれたんだな。どうよ城の方に奉公するようになって少しは健康になったか?」

「そう…ですね」

「なんか元気ねぇな~、もしかしてあの勇者様と喧嘩とかしちまったか?こういうのは男の方から謝ってくるからその時に一緒になって謝ってやんな?俺もよくそんなことが――」

「『国境を越え、戦闘行動を開始せよ』」

「あぁ。わかった。俺に任せてくれりゃいいさ。ちょっくら行ってくるわ」


 ようやく静かになった…。噴水広場に座り流れ出る水を見ると僕の瞳は紫紺ではなく真っ赤に染まっていた。

 もしかして、僕自身にも命令を下せるのではないか?そうしたら僕は少しでも楽になるのではないか?


「『この国へ来た記憶を――』」

「フィン!ここにいたのか!?」

「…『万魔の守護をここに…』」


 振り返るとアキが武装した状態で急いでこちらへ駆けてくるのが見える。僕の所業でもばれて殺しに来たか?いや、そうそう人を操るなんてもの聞いたことないはずだ。


「フィンが無事でよかった!聞いてくれみんながおかしいんだ。武器をもって涙を流しながら笑って国境へ向かおうとしているんだ」

「そう…泣いていたんだね…」

「その、いつも悪いんだけど薬でどうにかできることなのかと思ってフィンを探して、もしかしたらフィンも病気にかかってしまったのかと」


 そういえばアキは魔族についてあまり知らなかったな。魔物を倒すことをメイン活動としてるからなのか世間知らずなのかは分からないが。


「魔族には固有能力というものがある…」

「まぞく…?」

「人間でも有名なのはヴァンパイアとかかな…?自らの血を与え眷属にして人間族からアンデットに変えたり…」

「その、魔族のせいで今のこの国が大変なことになってるの?」

「そう…だね…悪い魔族が悪さをしてる…」


 アキの顔は見れない。きっと見たら僕は戻れない気がしたから。

 リビリア、これで良かったんだよね。きっとこうすればアキは魔族を嫌悪して万魔を4人倒してくれるはずだ。


 あとはリビリアの好きにすればいい。もともと隔離された塔で死ぬ予定だった僕が今生きてるのはリビリアのおかげなのだし。


「フィン、頼む…みんなを助けたいんだ協力してほしい」

「…え?」

「もちろんフィンの薬が効くかは分からない、それでも気絶して抑え込んでおけば少しでも助かる命があるはずだ」

「…めん…ごめん…僕には無理なんだ…」

「悪い…でも、もし薬が作れそうなら作ってほしい。俺は少しでも助けに行ってくる!」


 無理だ。命令を背くように言えば恐らく反発作用が起こるだろう。仮に反発が起きなかったとしても僕が命令したことがばれればリビリアの作戦もアキの信用も失うことだろう。


 所詮僕は自分の意志で何かをしようとしたことなんて生まれて一度もなかった。

 ただ生きて、命じられるまま幽閉され。期待されたからと言ってリビリアに従って。

 その結果アキという初めてできた友人も裏切ってしまい。お世話になった人を死地へと向かわせた。


 この状況をどうにかできるなんて思えない。僕の万魔の美貌は術式による強制命令に近い。

 リビリアの術式で一時的に封印できてる時点でこれは魔術の一種だ。


 仮にこの状況をどうにかできるとしたら万魔の知識を持つレアラくらいだろうけども彼女は恐らく魔領の奥地で実験を繰り返しているだろうし今更行っても間に合わない…いや違う…僕に止める気がないから行っても無駄に終わるだけだ。


 もし…出会いが少しでも違えばもっとアキとも仲良くなれたのかななんて思うのは僕が愚かだから抱く考えなのだろうか。


 一番の人形は僕だ。誰かに従ってると言って言い訳をして本当は自分の居場所がほしいだけで自分のために動いて勝手に傷ついてる。


 それなら…もうこんな世界壊れてしまってもいいのかもしれない…。


 僕は兵舎に戻り、僕のために用意された部屋に入るとベッドに倒れるように沈み込む。

 普段は睡眠なんて必要ないのだけれど、意識が暗闇に沈むように溶け込んで眠りに落ちる。





 目が覚めると誰かが頭を撫でてくれていた。それがとても心地よくて、二度寝をしたくなる気持ちを抑えて撫でてくれる人の腕の先を見ればアキが疲れた顔をしながら僕の頭を優しく撫でていた。


「フィン起こしちゃったかな?」

「大丈夫…」


 しばらくの無言の後アキは覚悟を決めた顔で僕の方を振り向きどこか切なそうな顔で言葉を発する。


「俺はちょっとやらなくちゃいけないことができたんだ。だからしばらくお別れをしなくちゃいけない」

「…うん」

「いつになるか分からないけど必ず帰ってくるからフィンには待っていてほしいんだ」

「…」

「それまで…待っててくれないかな?」

「…僕も行くよ」


 沈黙が続いてそれに耐えかねたようにアキは顔を押さえつけるように言う。


「これから…俺が行うことをフィンには見られたくないんだ」

「いいよ。アキのせいじゃない、それに…アキ、どこに行けばいいのか分からないでしょ…?」

「じゃあフィンには分かるっていうのかよ!」

「万魔の住む魔領まで行くんだよね。それなら僕は力になれるよ」

「…知って…いたのか…?」


 これは一体どういう感情の顔なのだろう。初めて見る顔だ。

 僕の事を不審に思っている顔?それとも見透かされた顔?どちらにしても同じか。

 きっとアキは万魔の使徒たちを殺しに行くのだろう。時期魔王後継者たちを


 そしてその中に僕も含まれている。だから僕も一緒に行かないといけない。

 操り人形でしかない僕はせめてこの人の手で殺されたい。それが僕の唯一の我儘。


「魔領に行くには瘴気への対策も必要だよ、アキ一人じゃ揃えきれないでしょ?」

「そうだけど、フィンはよく魔領に行くのか?」

「アキに分かりやすく言えば薬を調達するのに行くことがあるって感じかな」


 嘘ではない。魔族は人間が住む所の魔力量では足りないから人間にとっての兵糧が魔族にとっての魔力が兵糧だ。とはいえ僕は魔力消費量が少ないから別に頻繁というわけではないが。


 それにあまりアキにもう嘘はつきたくはないとも思ってる。これ以上嘘を重ねれば何か大事なものが壊れそうな気がする。


「そっか…ごめんなフィンも辛いだろうけど、俺に力を貸してほしい」

「うん…僕でよければ使ってほしいな」


 醜く壊れるまでぜひとも使ってほしい。もうすでに壊れているのかもしれないけれどそれでもまだ動くから。




 国に残っていた兵士たちは国境に向かって進軍しているようで、アキは国王が勅命で魔領への潜入という依頼が課せられた。

 その中に僕がいるのと、他に教会から派遣されたという回復術師の女の子が一人ヘレスという子

 斥候を得意とする男の子ナナシ、前衛で大きな盾を持つ戦士ダルガン


 少数精鋭で挑めるほど万魔は弱くはないのだけど、あくまでアキのサポート役という立ち回りなのだろう。


 アキに金銭といくつかの魔道具を渡して僕たちはこの国を後にして旅に出た。


「フィンはいつも通りの感じだけど大丈夫なのか?」

「うん、僕は必要なものはリュックの中に入ってるからね」


 そんな会話をしているとダルガンが頬を指で搔きながら照れくさそうに


「重かったら持つぞ、力だけはあるからな」

「あ!それならあたしのをもってくださる?荷物が多くて困ってたのー!」


 ヘレスは悪びれもせずに荷物をダルガンに押し付けると背伸びをしながら笑顔で前進していく。


「待て…前はオレが行く…」

「別に国を出てすぐなんだし危なくないでしょー?」

「国の中で事件は起きた。危険はどこにあるか…わからない…」


 その首謀者が目の前にいることを除けば危険はどこにもないだろう。なんて言ったってこちらには万魔の守護者の折り紙付きの勇者がいるんだから。


 ただみんなの雰囲気がどことなく明るいのはなぜかはわからないけど不安を少し和らげてくれる。


「フィン、無理はしないようにな?休憩したくなったら言うんだぞ?」

「あはは…大丈夫ですよアキ様は心配性ですね」

「…別に無理して様付けしなくていいんだ、弱ったときは素直に頼ってほしい」

「んー…それじゃあアキ、僕たち出遅れてるからみんなに急いで追いつかなきゃ」


 さて…次は誰を殺すべきか。斥候は厄介だ。僕が暗躍してるところを見られたりしたら間違いなくこの三人…いや二人はどうにかできるとしてもアキには万魔の美貌が効かない可能性を考えるとアキに密告されると僕の処遇は死罪に等しい。


 ただ殺す前にできる限り役に立ってもらおう。僕も完全ではないしその分ボロが出る可能性もある。

人手があるに越したことはないのだから不必要になる所を見極めないといけない。


 しかし昔、本で冒険譚をみたことはあるがこういう構成が標準なのだろうか?強いて言えば僕が異例の存在くらいなものだけど。


「なあフィン」

「ん?どうしましたアキ」

「その、フィンはさどこから来たのかな…?なんて聞いてもいいのかな?」


 少しは僕に興味を持ってくれたということか、ずっと兵舎で聞かれていたことを繰り返すことにはなるが。


「僕は名もなき村に住んでいましたよ、大した話は特にはないんですよ。強いて言えば僕が物心つく前には両親がいなかったことくらいですかね」

「そっか…名もなきってことは開拓中の村だったのかな。フィンはその時さ…好きな人とかいたのかな?」

「…?好きな人?ないと思いますよ。僕はどちらかといえば嫌われていましたから」

「ご、ごめん」


 別に気にすることではないだろう。人間はこの姿を忌み嫌うだろうし…忌み嫌う…僕は嫌われていただろうか?

 少なくともあの国にいる間ひどい仕打ちを受けた記憶はない。


 頭を振りかぶり、だから何だというんだと自分の気持ちを切り替える。

 とにかく今の目的は万魔だ。それもせっかく人手があるというのなら今回目指すべき敵は万魔の壁ゴドー。


 たった一人で国を止める無類の強さを誇る。僕の隔離塔の資料では万魔の壁ゴドーと万魔の矛ギュスターヴが争ったときはかすり傷を負う程度の戦いと記されていた。

 つまりどんな壁であろうとそこに勝機が必ずあるはずだ。


「アキ殿…もう少しで村にたどり着く…」

「おー、忍者って感じしていいよなぁ」

「アキ殿の忍者の話は好きなのでまたよかったら聞きたい…」


 珍しく早口になるナナシの姿にアキは誰とでも仲良くなれる才能でもあるのかと呆れてしまう。

 次殺すのそいつなんだけどな。できればそこまで仲良くならないでいてくれると嬉しいものだ。


 そんなこんなで村に着いたのだが他のみんなは絶句してるようだった。

 城からそんなに離れてない位置になるし、僕の能力を使ってはいないから国から送った連中がそうしたのだろうけどかなり荒れていた。


 おそらく食料などを徴発したのだろう。もはや盗賊や山賊の所業だ。


「こんなのって…」


 とはいえほとんど食料が取られたとなると家屋の中を探して補充するのが手っ取り早いだろう。

 僕が近い家を見たりしているとぐったりした子供を見かけた。もう助けたところで意味はないだろうと放置して物色するがさすがに食べ物はなかった。


 僕が戻るとみんなも他の家を探索しているようで気を持ち直したのだろう。

 魔族とは違って人間になり切って食料確保をもう少し真面目にやらなくては今後倒れられてしまうかもしれない


 もうこの村に用はないだろうし来ることもないだろうけど。これで戦う決意とやらが他の者にも伝わってくれたのだとしたら大いに貢献してくれたと思い柄にもなく祈りの構えだけはしておく。


「フィンちゃーん宗教入るー?お給金少ないけど食べるものには困らないよー」


 こいつは案外一番図太い神経の持ち主なのかもしれない

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