第5話

 兵舎の中でポーションことただの水をぶっかけて術式で治癒してしばらく生活してると周りの連中も少しは気を許してくれたのか色々話を聞ける機会が増えていった。


 たいてい僕の話す話題の方向性はアキについての情報なのだけど、関係ない話がたまに混じっていて少し嫌気もさすが、我慢だろう。


「フィンちゃんはもう少し食べないと大きくなれないぞー」

「あははー」


 だまれ若造がと言いたいが我慢だ。僕と人間の年齢差を考えると10倍近いと言ってもいいのになぜこんな扱いをされなくてはいけないのか。

 まぁむしろ小娘扱いされた方が油断を誘えるといえるだろうから長所と捉えるべきだが。


「アキ様は今日はどちらへ行ってますか?」

「あいつは森の方まで魔物討伐に行ってるんじゃないかな?フィンちゃんも大変だねぇ」


 その生暖かい目をやめろ、潰すぞ。

 しかし暮らしていて思うが普段から森の方へ行ったり山岳地帯に行ったりと魔物討伐ばかりアキは向かう。闘争本能で生きてるのかと突っ込みたくなるが、もしかして他にすることないのか?


 ここは僕が大人として少しは世の楽しみ方を教えてやって少しでも印象を良くしておいた方がいいのかもしれないな。


 とはいえ人間が喜びそうなものが分からないので兵士共にそれとなく聞いてみると「フィンちゃんが誘ったら喜ぶよ」とか「美味い飯食えばいいんじゃないか?」とか「今度俺と一緒に喫茶店行ってみない?甘いものあるんだよ」とか…とりあえず店名だけ聞いておいたのでアキが帰ってきたら誘ってみよう。


 しかし今日は日がもう沈みかけてるのに帰りが遅いな。

 まさかあの勇者が負けるとは思わないが何か予想外のことでも起きたのだろうか?


 そんなことを考えていたら街の中央の方でざわめきが聞こえたので歩いて行ってみると結構な人数が怪我をしている兵士たちがいた。

 それは置いといてアキを探すとすぐに見つかった。


「だめだ!死ぬな!もう少しでフィンのところまで着くから!」

「げほゅっ…ヒュー…ヒュー…おれは、だめだ。ほかのやつらをげひゅっ」


 なんか知らないが寸劇をしていたのでどうしたものかと思ったが、助けた礼に出かける時間をもらうというのも良いかもしれない。

 僕は常備していたポーションを振りかけて魔眼で瀕死の人間を視る。

 これは普通なら死んでるだろうなというように内臓ごと何かに食いちぎられたようだ。治すとなったら僕の術式だと若干後遺症が残るかもしれないな。

 とりあえずは魔力糸で傷口を縫合しようと思ったが内部まで化膿してるようで先に殺菌が必要かもしれない。心臓は魔力でどうにか動かすとして消毒液をふりかけて兵士が叫び声を上げるが無視してそのまま魔力を刃の形にして熱の刃を作り化膿した部分を丁寧に除去したあと再度消毒液を振りかけて止まりかける心臓を魔力で圧迫して無理やり動かす。


 ここまでするくらいなら教会の寿命を削る術式を使った方がよかったかもしれないと若干後悔するが、それだと教会に負けた気がするのでできる限り僕の知ってる知識で治療を施す。


 時間で言えば1時間か2時間だろうか?応急処置を終えて、あとは体力が自然に回復に伴って内臓や肉も元に戻るだろう。

 傷口はちょっと目立つが剣士とかにとっては傷は誇り?とかなんとかって聞いたことがある気がするから大丈夫だろう。


「フィン…?」

「はい?アキ様どうしました?」

「ガンボはもう大丈夫なのか?」


 ガンボ?なんかの食べ物だろうか?あ、こいつのことか


「大丈夫ですよ、処置は施しましたし。あとはちゃんと食事を取れば数か月すれば元通りです。傷口は目立つとは思いますが…」

「ありがとう!ありがとうなフィン!」


 抱きついてきて少し暑苦しいが、まぁもうすぐ秋に近づいているころでもあるし多少のスキンシップは問題なくなるだろう。

 でも今はまだ暑いから抱きつくのはやめてほしい。


「アキ様どうでしたか?」

「あぁ!フィンがいてくれてよかった…その…ほかにも怪我をしてる人がいるんだが…」


 そういえば呻いてるやつがちらほらいたな。え?こいつらも僕が治すの?教会に行って寿命減らして来いよ…。まぁ恩を売るためだ。我慢しなければ。


「あはは。僕に任せてください…」

「ありがとうフィン!」


 他のやつらはさっきのやつよりは軽傷だがどうにも相手にした魔物が不衛生だったのか化膿してる箇所があまりにも多い。

 ポーションのフリして治療してるがこんな細かい魔力操作しないといけないなんて真面目に教会に行ってくればいいのに。


「アキ様は怪我はされてないんですか?」

「俺は大丈夫だよ、少し擦りむいた程度さ」

「それはいけません!診せてください!」


 傷を見ると擦りむいた程度のかすり傷だった。数日もすれば治るだろう…ただ一部呪いが混じってるのでそれだけは除去しておいた。


 不衛生で呪いを使う魔物…アンデットの類か?兵舎にいて少しは情報を聞いてはいたがアンデットは教会の管轄ときいたことがあるのだが。


「アキ様…これってアンデットではないですか?」

「え?そうなの?」

「知らないで戦ってたんですか…みんなの傷口の損傷具合やアキ様に呪いが付与されていました。おそらくアンデットかと思いますが…」

「そう、か…それなら教会に報告しないとな」

「まずは国に言った方が良いですよ、そうしないと兵士一人の言葉を聞いてくれるとは思えませんし」


 ちゃんと僕の言うことを頷いて聞いてくれて兵士たちを兵舎に運んだあと国と教会で少し言い合いがあったそうな…ま、僕には関係のない話なのだけど。




 あれからアキは忙しそうにしていて話す機会がなかなか無くどうしたものかと兵士たちの軽度の傷を治していく日々を過ごして、このままでは目的が果たせないことにも葛藤を抱いてしまう。


 手近な人間を一人万魔の美貌を使って操り人形にしてリビリアに伝わるようにするか…それとも時期尚早だろうか?

 城壁の上で空を眺めていると後ろから近づいてくる人間の気配がして振り返るとアキがそこにいた。


「えと、みんなに聞いたらここにいることが多いって聞いてさ」

「それは僕を探しに来たんですか?」

「そう、なるかな?」


 照れくさそうに笑っているが何が目的なのか。それとも僕になにかしら不審点でもあっただろうか?


「明日!」

「あした?」

「明日休みを取ったんだけど、フィンはなにするのかなって」


 まさか…リビリアに情報を送ろうとしてるのを悟ってきたのか?いやまさかな…。


「別に明日は特にいつも通りですよ」

「そっか、それなら時間の空いた時にさ少し出かけないか?」

「…?別にいいですけど何時ごろですか?」

「フィンに合わせるよ」


 ふむ。もともと色々聞きたいとは思っていたから時間はあればあるほど良い。


「では朝からにしましょうか、お店が開く時間なので鐘が9回鳴る時間ですね」

「お、おう。それじゃそういうことで!」

「あ、場所は中央の噴水広場で待ち合わせですよー!」


 最後まで聞いていたかはわからないが手を振って走って行ったので恐らく聞こえていたはずだろう。

 それにしてもまさか向こうから声をかけてくるとは思わなかった。


 部屋に戻ってリュックをあさって明日着る服を選びつつ動きやすい服が良いかリビリアの紙が貼ってあった僕の万魔の美貌を強化するというフリフリした服装にするべきか悩んだが、すこしでも情報を聞くなら効果がある方がいいだろうとフリフリした服を選んでその日は早めに就寝することにした。



 朝、窓を開けてみるとやはり魔領よりも綺麗な空だ。

 魔王は人間の領土を求めていたと噂されている。実際のところはどうかは分からないがリビリアあたりに聞けば真相はわかるかもしれない、とはいえ魔族は魔力生命体であるとともに魔族固有能力を使えば瘴気が発症してしまうということもあって領土を奪ってもこの綺麗な空は淀んでしまうのかもしれない。


 そんなことを思いながら服を着替えてポケットから髪の結い方のメモがあった。

 なんか複雑そうでこんな結い方一人でできるのか?と思ったけど魔力操作を使えば案外簡単にできたので鏡を見て確認すると紙に書いてある通りになっていて満足のいく出来栄えだ。


 約束の場所へ来るとアキはもう来ていたようでまだ8回目の鐘も鳴ってないはずなのだが。


「アキ様?」

「え、ふぃ、フィン?」

「すごい早く来ていたんですね」

「その、フィンこそ…」


 まぁそれを言われたら僕も人の事言えないか


「少し座って話しましょうか」

「そう、だね」


 いきなり魔王軍へ攻め込みましょうなんて話しても断られるだろうし、なにから話したものか。


「フィンはその、今日はいつもより可愛いね」

「…?ありがとうございます?」


 これは万魔の美貌が効いてるのか?こいつに効いたところは一度も見たことがないので少し新鮮な気分だ。


「アキ様はどうしてお金を稼いでるんですか?」

「え?どうして…か…誰かの助けになれたらいいなって思ってさ、俺昔は迷惑ばかりかけていてさ。でも、だからこそ今は誰かの役に立って将来幸せになれたらなんて思っててさ」


 実にくだらない。人間も魔族も生きてるだけでどちらかに害はある。迷惑というのならそれは…でもそれは僕も同じか。死にたいなんて思ってはいなかったがリビリアに期待されてそのために頑張るなんてこと隔離されていた時と場所が違うだけでそんなに変わらない生活をしてる。


「フィンはどうなんだ?夢とか将来どうしたいとかさ」

「将来…考えたこともありませんね。僕はそういうこととは無縁なところで過ごしてきたので」

「じゃあさ、今考えてみないか?」


 それにどう答えていいのか分からなかった。

 やるべきことは決まっている。リビリアの期待に応えて…応えてそのあとは…また幽閉されて塔から淀んだ空を眺めるのだろうか?


「アキ様は…どうしたらいいと思いますか?」

「…俺は、この先もフィンと一緒にいれたら嬉しいな、なんて思ってます」

「それがたとえどんな地獄でもですか?」

「二人なら何とかなるかもしれない…だろ?」


 それは曖昧で、抽象的で、昔の塔で見た淀んだ空を思い出すような不安定な言葉。


 ただ、この人ならもしかしたらどうにかするのかもしれないなんて思ってしまうのは勇者だからだろうか。


「アキ様」

「はい!」

「そろそろお店が開く時間です。美味しいお店の情報を仕入れているので早速行ってみましょう?」

「あぁ、うん。そうだな!」


 そうだ。きっとこの人も僕に期待してくれてるのかもしれない。

 もしリビリアよりも先にアキに出会っていたら僕はアキと一緒に今日みたいに旅をして楽しく…楽しく?そうかこれは楽しいんだ。


 別に食べなくても良いものを一緒に食べて味の感想を言い合ったり。

 小さな魚の水槽を見て、これがいずれ巨大な魔物になるかもしれませんよなんて茶化してみたり。

 そんなくだらないことが、楽しいと感じてしまえる僕がいて。それを求めてくれるアキがいる。


 あぁ…だからこそ目的を果たさなければならない。

 僕とこの人は違う世界の生き物だから。



 いつか兵舎にいたとき組み手をしていた兵士たちに聞いたことがある。


「それは新しい交尾ですか?」


 なんて聞いたら男性同士は基本そういう関係にはならないらしい。王族ではたまにあるとは聞いたが、魔族ではわりと同性でもあるのだけど人種の差なのだろう。


 城の中に入ったときに女性のようにふるまわれたのを覚えている。

 多分だけどアキは僕のことを女の子だと思っているのだろう。だから優しいのかもしれない。


 魔族でも交尾をして子を孕む方を守るのが魔族では種族柄ある。人間でいうと女の子は守られる存在で男の子は守る存在。


 そんなことを思う僕はアキのことを雄としてみてるのだろうか?

 それも無駄な考えか…少し僕は変になってるみたいだ。


「フィン!見てくれよこの綿あめ!」

「わたあめ?それは砂糖ではないのですか?」

「俺の国では砂糖を細かくしたこれを綿あめって言うんだよ」


 アキの方を見ながら真似して食べてみると口の中でほんのりと溶けていって甘い味が舌に伝わる。


「わたあめ…」

「フィンはわたあめ気に入ったのか?」

「今日食べたものはほとんど気に入りました。どれも初めて食べたものばかりです」

「それじゃあ今度から休日は一緒に周ってみないか?ほかにも面白い食べ物が色々あるんだよ」


 そうか、アキの顔を見て思った。僕はアキの笑顔が好きだ。

 リビリアは表情があまり変わることはなくフィブラからはどちらかといえば睨まれていた感じがする。


 ただアキは純粋に笑っている。こんな日々が続けばいいななんて思わず抱いてしまう。


 僕は。それを心にしまい込んで作る笑顔でアキに向ける。


「それはとても楽しみです」

「お、おう!まだまだ沢山面白いものあるからな!」

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