第3話
「フィン様あちらが勇者のいる街です」
そう言ってドラゴンに乗って空景色を見るだけの旅は終わった。
もうちょっといろんな街に寄ってみたりとかそういうのを期待してたんだけど、まぁ急ぎの旅っぽいし仕方ないといえば仕方ないのかな。
「定期連絡みたいなのはないの?」
「用事がある際はこちらから接触します。もしくはフィン様から連絡したいと思った場合万魔の力を解放して人間を一人『魔族ばんざーい』とかおかしな行動をさせてください」
「それはあんまりやりたくないね…」
勇者がいると言われた街を見れば城壁のようなものから中央には立派な城もあるし、本当に人間の国なんだなと感慨深いものがある。
僕の設定は魔王軍に滅ぼされた村の生き残りで魔法は旅の者から教わったとシンプルなものになっている。複雑な設定を付け加えてもボロが出るだけだと。
「それでは私たちはリビリア様の元に戻りますが大丈夫ですか?」
「うん、まぁそもそも勇者なんて早々見つかるとは限らないし生活にまず順応してみるよ」
「わかりました」
そう言うと魔術で姿を隠蔽しドラゴンの元まで走って行って飛び去って行く。
荷物がちょっと重いけど中身はリビリア特注のものだろうし色々使い道はあるだろう。宿屋でも取ったら中身を確認したいな。
ゆっくり歩いていると空は青く、雲がふわふわ浮かんでいる様はどこか心を穏やかにしてくれる。
隔離塔から見える空は瘴気で覆われていたからあまり綺麗に思えなかったけど人間国も良いところあるものだなぁと上機嫌になる。
城門近くまで来ると門兵が複数人ほど待機していて行商らしき人らともめたりしている、僕はこの人たちの後ろで待てばいいのかな?
「おい、なにしてんだ嬢ちゃん」
「え?お嬢ちゃん?あ、お嬢ちゃんです僕」
一瞬こいつ何言ってんだと思ったが今の僕は一応健気な女の子ということになってるんだった。
「この行商の仲間なのか?」
「…いえ?順番待ちなのかと思いまして」
「んじゃ嬢ちゃんはこっちだ。行商や馬車なんかは中身の点検があるからああなってるだけだよ」
「そうなんですか?それじゃあそのまま通ればいいんですね」
「んー、身分証明か何か持ってるか?なけりゃ通行料だな嬢ちゃんは子供だし半銅貨1枚だな」
一応リビリアから人間国の通貨はもらってるから大丈夫だけど、毎回通行料必要になったらすぐに路銀が尽きそうな気がするな。何かお金儲ける手段でも考えないといけないな。
「これでいいですか?」
「おう!あー…あとフードとか買った方がいいかもな」
フード?あぁ、紫の髪と瞳のことを言ってるのかな。この人間は親切なのだな。
「あまりお金がないのでできれば働ける場所があればいいんですが」
「そうか…んー…俺から聞いたってあまり言わないでくれると助かるんだが盗賊ギルドなんかならあんたでも雇ってくれると思うんだが…」
「盗賊…魔法は使えるんですけどそれで儲けるとかできないですか?」
「お?魔法使いだったのか!それなら露商すればいいぞ、中央広場で露店でも開いたらどうだ?」
勝手に商売とかしていいのだろうかとも思ったけどいざとなったらこの人が許可出してくれたといえばいいか。
あとは適当にお礼を言って街中に入ると人で賑わっていた。
なんというか上手く言えないけど良い雰囲気の街だなと。万魔が統括する魔領は争いは絶えなかったし平和な魔領といえばリビリアとギュスターヴの魔領くらいだったはずだ。
書類で死亡数がもっとも少なかっただけだから争いはあったのかもしれないけど他の魔領では死亡者行方不明者が3桁は毎回いってたから二人は良い統治をしていたのだろう。
人混みを魔眼で動きを読んで避けながら中央広場まで行くといろんなものを売ってる露店があった。
えー、なになに?魔除けの棒…僕がいる時点で魔除けしてなくないか?
呪われた魔剣…使用者はいずれ死ぬ。普通のことでは?
祈りの祈祷書…これを読めば回復魔法が使えるようになる…ちょっと欲しいな…。
「すいませんこの祈祷書っていくらなんですか?」
「金貨500枚だよ」
ぶっきらぼうに返されてしまった。まぁ金貨500枚も持ってるわけないと思われたのだろう。
「あんた文字読めないのか?」
「え?いえ祈りの祈祷書ですよね?」
「違う、値段の方だよ、文字の下に書いてあるだろ」
なんかうねうねした文字があると思ったらこれ金額表だったのか。
「これ読めるか?」
「えっと、40?」
「40銅貨だ。これが銅貨、こっちが銀貨、それが金貨、半貨の場合は斜めに斜線が入ってたら半銅貨とかって意味だ」
「えと、親切にありがとうございます」
「ここらへんでうろつかれても迷惑だからな…」
紫紺の人にも優しい国なのかな?それとも門兵とこの露店の人が特別なだけなのかな。
「この祈祷書って誰でも使えるようになるんですか?」
主に魔族でも使えるようになるなら魔法使いとして箔がついて勇者にお近づきになれるかもしれない。
「基本はそうだな…とはいっても教会に行けばもらえるぞ?」
「そうなんで…それは…あー…」
教会―エイガムアス教会、教会には一般魔族程度の力しか持たない魔族は大やけどする程度の結界が貼ってあったはずだ。
多分僕ならある程度耐えれるけど女神像の前まで連れていかれたらさすがに魔族だとばれる気がする。
「あー…すまねぇ。お前さんのこと考えてなかった。そりゃ教会には行けないよな」
「え?」
「髪とか目気にしてんだろ?銅貨10枚でなら売ってやるけどどうする?」
い…良い人だぁ!なんだー、人間てちょろいんじゃん、僕が心配性なだけだったかもしれないな。
「ありがとうございます!買います!」
「とはいっても祈祷書で実際に回復魔法を使えるようになったやつは少ないらしいけどな」
そう言ってにやにや渡してくるので案外ぼったくり店主だったのかもしれない。
とはいえお金を減らしていっても仕方ないので中央の噴水広場で祈祷書を早速読んでみるがなんか大したことは書いてなかった。
というよりこの内容たしか僕が隔離されていた塔でも見たことがある、内容が少し違うが。
女神の力云々で魔王軍を退けたのくだりは実際は勇者が魔王軍の兵糧を狙い破壊工作をして撤退せざるを得なくなったからだし。
勇者の選定には神々が宣託を下した人間が勇者というのも魔族でそれを聞いたっていう人もいたので多分無差別に宣託を下しているはずだ。
インチキ祈祷書なのかぁと少し残念に思うが、終盤のページでようやく魔術に関する記述があってわくわくして見ると隔離塔でもみたことある魔術だった。少し違うのは生命の促進というやつだ。
ちょっと気分が悪くなった…。
生命の促進…つまりは命の前借、多少の傷を寿命を削って傷を癒すという魔術。
魔族の間ではどちらかといえば長寿のため嫌がらせに使われる用途だったはずで今では禁呪扱いの代物だ。
人間はこれが回復魔法なのか…とはいえこれを使えば路銀も稼げるし…いやでもなぁ。
仕方ないから少しばかり魔術の改竄を行おう。寿命の前借ではなくほかの部位で怪我を塞いで免疫能力に関しては過度に行わずにすれば即座に治ることはないけど徐々に良くなるはずだ。
部位破損に関しては申し訳ないけど僕や相手の寿命を減らしてまで治すなんてことはしたくないし実力不足ということで回復魔法を売りにしていこう。
そうと決まればリュックからマットを取り出して…あ、看板持ってないや。
ま、まぁ露店っぽい雰囲気出してたら大丈夫か、最悪魔眼を使って体調悪い人に声をかけよう。
そうしてしばらくすると段々日も下がっていき露店を開いていた人たちも帰っていき始める。
「よう嬢ちゃん、なにしてんだ?」
「あ、祈祷書のおじさん」
「…一応ダルダの露店って看板置いてたんだけどな…」
「ダルダさんでしたか、僕は治癒魔法を必要としてる人いないかなと」
「祈祷書読んだのか?そりゃすげえな、って言っても看板もなしに誰も来ないだろう?」
「あはは…」
まぁ、正確には魔眼で見て病気や怪我を負ってる人がいないか確認して特に声をかけるほどの人がいなかっただけなのだが。
「じゃあちょうどいいや、本当に覚えたか俺が確認してやるよ、腰のあたりがどうも鈍くてななんとかなるか?」
「腰ですか、ちょっと待ってくださいね」
一応魔眼で診てみるがそんな違和感は感じない、多分筋肉の使い方を間違えて捻挫みたいなことになってるか、もしくは寝違えたりして痛みを覚えた状態で体を酷使してたのだろう。
こうなった場合必要な魔法といえば普通に直しても痛みはどうせ明日には回復してるだろうし他の健康な筋肉で補強する術式を使ってあげればいいかな。
「嬢ちゃん?呪文はまだか?」
「え?呪文?」
祈祷書にはそんなこと書いてなかったし隔離塔の資料にも呪文なんてものはなかったはずだ。
あれかな?おまじない的なやつかな?
「え、えーこほん。それではいきます。勇者様のご加護がありますように!」
「ゆ、勇者さ、ま?」
仕方ないのである。魔族がエイガムアス教会に類する加護のおまじないを唱えると呪い返しが来て逆に僕の腰とか悪くなるだろうしそれ以上に万魔がそんなことを言えば多分体全体が燃える。
「なんというか嬢ちゃんは勇者様のこと好きなのか?」
「いえ別に?」
「そ、そうか」
そう言って立ち上がって腰を捻ったりして体の調子をダルダさんが確かめてると驚いた顔でこちらを見る。
「ほ、本当に回復魔法を使えるのか!?」
「ま、まぁ祈祷書にかいてありましたし?」
その場でぴょんぴょん飛び跳ねてるダルダさんを見て笑ってしまったが、ダルダさんが困った顔をしてどうしたのだろうと思っていたら
「わりぃが回復魔法に対する対価なんざ持ってなかったんだ。からかうつもりで来たからよ」
「あ、じゃあ明日までに看板一枚もらえませんか?料金は銅貨5枚って書いてくれたら助かります」
「別に構わねぇが、大変なことになるぞ?」
「大変?」
「行列ができる。そしたらお国から退去命令が出されるかもしれんしな」
「あー…」
どうしたものか、僕としては勇者の旅立ちの日までこの街で暮らしていけたらいいんだけど。
「あ、いや…嬢ちゃんちょっと耳貸してくれ」
「はい?」
「ポーションで売るっていうのはどうだ?効果は出るわけだしその場で飲んだら回復してやればいい」
「持って帰る人もいるんじゃないんですか?」
「作りたてのポーションじゃないと意味がないと説明すればいいだろ」
商人というものはこうやって儲ける手段を考えるものなのか。少しは見習うべきだろうか。
でも僕が商人してるのはあくまでこの街限定なんだよなぁ、いつか使い道が来るといいけど。
「それじゃあそうしましょう、ポーションの容器とかは他の露店で買えばいいですかね?」
「明日までには俺が用意してやるよ、それと銀貨3枚にしときなさすがに安売りが知られれば国じゃなくて教会が渋い顔をしてくるからな」
人間て面倒くさいな。この場合権力を持った人間が面倒くさいのか?それにしても教会と国は別に協力関係ではないのかな?
だとしたら勇者がどっちから出てくるのか少し情報を集める必要があるかもしれない。
今までは国から大々的に出てくるものだと思っていたけど教会からこっそりと出られたら追跡が困難になってしまう。
リビリア曰くここにいる勇者は本物の勇者?らしいからできれば慎重にいきたいものだ。
「それじゃあダルダさんお世話になります」
「へへっ、ついでに隣で俺も露店開いていいか?」
「あはは、別にいいですよ」
むしろ迷惑じゃないのだろうかと疑問はあるものの路商に詳しくないので助かる。
ダルダさんはそのまま荷物をもってどこかへ行ったので僕はそのまま座ったまま空を見る。
空は暗く、よどんでない空気がどうにも綺麗で美味しく感じた。
少し考えをまとめよう。
万魔の皇竜テト、魔族という魔術にも長け竜族の強靭な身体能力、魔領において山岳地帯を住処にして竜族を束ねている実質竜族からしたら王の扱いを受けている。
万魔の知識レアラ、魔術において全てを知り尽くしてると言われてる上、様々な種族の血を引いていて種族特性魔法すら放つことができる。一体なんの種族なのかすら本人も理解しているのか不明なほどだ、恐らく一番厄介な相手はレアラだろう。
万魔の壁ゴドー、壁というのは大言壮語でも比喩表現でもなくまさしく壁、彼が止めると決めたものは魔術も武術も壁として全てを防いでしまう。かつては魔王の一撃すら防いでみせたという。
万魔の矛ギュスターヴ、恐らく他の万魔と比べたら倒せそうなのは彼くらいだ。技術という面で人間、亜人、魔族、竜族、全ての技を身に着けている。だが単体での性能だ。実際彼の倒しにくさは圧倒的人望にある。
だが、どれもリビリアほどではない。
万魔の守護者の名は伊達ではない、有言実行を必ず成功まで導く能力。僕に頼らなくてもいくらでも他の万魔を倒すことなんてできるだろうに何故?とは思う。
「愛してる」
恐らくリビリアのこの言葉が何か僕と関係してるのかもしれない。万魔の美貌なんて言われていまいち実感はわかないけどこれがもし本当なら僕は彼らとどれくらい強さに差があるのだろう。
今まで底辺と蔑まされてきた自分が今更そんなたいそうな存在にも思えないし。
でも
でも誰かに必要とされてる。リビリアが、僕が憧れた万魔の一人が僕に期待をしてくれている。
それが僕の父親を殺した人だったとしてもうれしくて、この役目をなんとか成功して見せたいと意気込める。
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