第2話

 リビリアから協力要請が来た。そのことに対して僕は今までの人生を振り返って誰かの期待されたことが初めてであることがどこか胸が高ぶる気持ちになっていたりする。

 これはむしろ万魔の美貌はリビリアのことじゃないだろうかなんて思いそうになる。


「でも協力ってどうすればいいんだよ」

「簡単よ、あなたならどうとでもなるもの」

「いやいやリビリアが魔王を誰にも気づかれずにやれるなら僕に頼る必要ないんじゃないの?」

「…フィブラ?説明はちゃんとしたの?」


 横を見るとフィブラは目線を逸らしている。多分僕に重要なことだけ告げて細かい説明を聞いてはいたがしなかったということだろうか。


「まぁいいわ。フィンにも大事な話だからそこも説明するわ」

「そこ?」

「フィブラが説明しなかったということはあなたの美貌を見続けていたらあなたの下僕になってしまうから恐らく嫌われるようなことばかり言ってたんじゃないかしら」


 そういえばわりと毒舌だった気がする。僕に接する人間は大抵毒舌を吐くからそんなに気にしてはいなかったけど。


「今のあなたは髪もぼさぼさだし、長い髪で顔まで隠れてしまってるし不健康極まりない服装をしてるから多少は緩和してると思うの」

「すごい言い様だけど本音だろうから素直に受け取るよ。てことはこのままならその万魔の美貌とやらは発揮できないんじゃないのか?」


 リビリアは腕を組んで少し悩んだ素振りを見せたあと、僕に近づいて髪を手櫛で整えていく


「か…い」


 何かをつぶやきながら僕の伸ばしっぱなしの髪の毛を整えていくとハンカチなどに何か香りのついてる…香水?を体の首や手首につけながら先ほどまで大人しい瞳だったのが煌めかせて鼻息荒くつぶやきは大きな声になりつつあった。


「かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい!」

「り、リビリア!?落ち着け!一旦な?落ち着こう!フィブラどうにかできないのか?」


 フィブラのほうを見ると両手で目隠しをしていた。


「わわわ、私におぞましいその姿を見ろというのは死ねと同義です!」


 人によって見え方が違うのか?いや…リビリアの言い分が正しいならフィブラの魔法障壁を貫通して僕の万魔が解放されてるのだろうか。


「リビリア!落ち着いてくれ、このままじゃ話がまとまらない!」

「いえ…いいえ!話をするために私は今やってるの!」


 そうして取り出したのはどこか冒険者風の装いの服だ。

 とはいえそれが変というのは明らかで、人間用の冒険者の装いなのだ。


「リビリア…?」

「大丈夫、私は落ち着いてます。さて、とりあえずこれに着替えてもらえますか?」

「え?ここで?」

「実際に見ないといけないので」


 愛してると言ったり、裸体を見たがったりもしかしたらリビリアは変態なのかもしれない…が…リビリアが嘘を吐くはずはないから何か理由があるはず…なんだが…。


「さすがに見られながらは嫌なんだが…」

「そこに衝立があるから大丈夫」


 渋々服を預かりそこで着替えを済まそうとするが、なんというかこれはスカートだろうか?

 服もちょっと着にくいし冒険者っぽいとは思ったが肩も露出してる部分もある。どうにも防御面に心配せざるを得ない仕組みの服だ。

 靴下もなんか長くないだろうか?


「とりあえず着替えてみたんだがどうだ?」


 そう言って二人のもとに行くとフィブラは普通にしていてリビリアもいつも通りだ。


「その服には万魔の美貌をある程度抑える術式が施されているから今後は私が支給する服をきてもらえると助かるわ」

「えと、リビリアはすごいんだな」

「あぁ…愛おしい…」

「…ま、まぁありがとう」


 このわずかな間でリビリアがどういった性格なのか分かったようなわからないような感じだ。とはいえ僕のためにわざわざ作ってきてくれたのだろうからこれが何かの役に立つのだろう。


 それからは髪の毛は絶対に勝手に切っては駄目だとか、毎日手入れを怠っては駄目だとか説明を受けつつそして大事なこととして。


「もし、あなたに命の危険が迫ったとき万魔の美貌を解放して危機を乗り越えてほしいの」

「使い方わからないんだけど…?」

「何故魔王があなたを隔離したか忘れたの?あなたの能力がもっとも一番危険でコントロールできないからよ」

「えっと…どういうこと?」

「『万魔の守護を一時的に封印せよ』と唱えれば私が施した術式がしばらく打ち消されるわ、そしたら誰もがあなたの味方をしてくれる。死ねと言えば喜んで死ぬでしょうね」


 そんな能力持ってたのか僕は…とはいえあらかじめ説明してくれれば隔離なんてせずに僕も万魔の一員として国に貢献できたのではないだろうか。


「注意しなくてはいけないことも説明しておくわ、あなたに操られている間の人物はその間の記憶を持ってるわ。つまりあなたが能力を解除した瞬間あなたを殺そうとしてくるかもしれないし、自分のやったことを悔いて自害するかもしれない」

「じゃあリビリアの術式がないと下手に言葉を出すことも危険?なのか?」

「試しにフィブラにやってみるといいわ、死以外のことでお願いね」


 フィブラはこうなることを予想してたのか深呼吸をしてこちらをまっすぐにみてくる。

 とはいえ今まで自覚のなかったようなことを言われて真実味がまったくないのだけど、いや。その真実味を感じるために今試すのか。


「『万魔の守護を一時的に封印せよ』フィブラ服を抜げ」

「はい!フィン様のために今すぐにでも!」

「あ、やっぱり今のなしで」

「なぜですかぁああああ!私では物足りませんかあぁあ!」


 そう言うとフィブラはナイフを取り出して自らの首に突き立てようとし始めて焦り何を言うべきか考えが真っ白になる。


 ただリビリアは平然としつつフィブラからナイフを術式で弾き飛ばして重力魔法によって身動きとれないようにしてみせた。


「フィン…あなたも男の子なのね」


 …死にたい、恥ずかしい…何故自らの姉にちょっと頬を染められながらこんなことを言われなければならないのか、僕がそう言ったんだけど!


「今のを見てどう思ったかしら?」

「全然言うことを聞いてくれないということなら思ったけど…」

「違うわ、フィンはあまりそういうことに疎いのかもしれないけど、期待されたことと期待外れだったことは表裏一体なのよ」


 ちょっと意味が分からず自分なりに考えるが、期待されたことが服を脱げだとして、それを無しにしたら期待外れ?


「一度命令したことを撤回したとなればそれは人によっては生き恥なのよ、そんなこともできない愚者、はたまた見る価値もないものを目の前に見せている…フィンは違和感を感じたことはない?隔離された塔で誰の目にも映らなかった人生を」


 そういわれれば僕は魔王の子としての失敗作として隔離されるのが普通だと思って暮らしていたし、周りの万魔たちが華々しい活躍をしてるとたまに聞くくらいでそれ以外は部屋に運ばれる書籍で独学で魔法や武術を学んでいたくらいだ。


 はたしてそれが普通なのかと言われたら僕からしたら普通だけど…。


「難しかったかしら…それじゃあ任務を失敗した魔族がどうなるかはわかるかしら?」

「罰を受けるか死罪とかは書物でみたことはあるけど」

「つまりあなたが撤回したということは任務を失敗したとみなしているのよ、あなたの真意がどうあれ真意を決めるのは当事者本人だもの、よほど鈍感な者でなければ死をもって償おうとするわ」

「えぇぇ…そんな簡単に死なれても困るんだけど」


 とはいえ少しずつだけど僕が隔離されていた理由が分かった気がする。下手に命令して勝手に死者が溢れでもしたら魔王国が滅びかねない。


「それじゃあフィン、私の守護を受けるように言ってくれる?『万魔の守護をここに』とか適当に言えば大丈夫よ」

「あ、適当でいいんだ…『万魔の守護をここに』」


 そういうとリビリアも術式を解いてフィブラも自由になったあと顔を真っ赤にしながら葉を食いしばって僕の足元を見ている。

 多分顔を見たらまた僕の能力が発動する恐れがあるからだろう。


「えっと…なんかごめんね」

「いえ、さすがは噂が絶えない6人目です。まさか座れとか両手を上げろとかかと思いきや服を脱がせようとは…本当にさすがです」


 これは相当お怒りらしい。まぁこのおかげで記憶がちゃんと引き継がれていることの確認もできたし結果としては上々だろう。


 しかし、僕がこんな力を持ってるだなんていまだに信じられない。そして何故リビリアがそのことを知ってるのかも気になるところだ。


「さて。本題に戻りましょうか」

「あぁ、魔王になるって話だっけ?」

「そうよ、フィンにしてもらいたいこととして万魔の4人を排除してほしいの」


 排除、つまりは殺せということだろう。たしかに命令一つで殺せるなら簡単に済む話だろう。


「なにか決意を決めてるところ悪いけれどフィンが手を下したら今の情勢からしてフィンが魔王になってしまうわ」

「ん?どういうこと?」

「万魔を殺して私に王位を譲るというのも一つの手ではあるけれど、それじゃあ真の魔王はフィンということになってしまうのよ」

「じゃあ誰かに命令して殺すとかそういう話?」

「間違ってはないわね…勇者を知ってるかしら?」


 勇者、魔王を倒すべくして勇敢なる者。それは人間とは思えないほどに魔力を操り、武術も秀でていると言われる魔族にとっては魔王、人間にとっては勇者と言える対立すべき存在。


「その勇者に命令すればいいの?」

「勇者には万魔の力は半分以下しか通じないわ、だから勇者に命令しても恐らく無意味に終わるわ」


 じゃあどうしようもないのでは?それとも勇者を殺すとかだろうか?


「魔族も心は存在するわ、勇者も。まして人間なんて心がとても脆いもの…あなたは勇者を孤立させてあなただけを信じさせるようにして万魔の4人を倒してそのあとは勇者を死に追いやるようにしてくれればいいわ」

「うん、えげつない作戦ていうのは伝わった。けどそんなにうまくいくものなのか?」

「あなたに資料を渡すわ。あなたは呪文が極端なものしか使えない魔法使いでそれでも勇敢な勇者にあこがれを抱いて付いていく従者…という設定で近づいてもらうわ」


 最後らへんちょっと不安そうだったけど本当にこの作戦大丈夫なのだろうか…というかそれ以前の問題もあるのではないだろうか。


「僕の髪も瞳も紫紺の輝きで魔族の特徴を全部有しているんだけど…?」

「安心して、最近ではそういう人間も生まれているらしいから、恐らく瘴気の問題でそういう子が生まれているんだろうと万魔の知識は研究していたわ」


 なるほど、レアラの研究なら間違いはないだろう。


「僕、男なんだけど勇者って女性なの?」

「…?フィンを初見で男と見抜く人間なんて早々いないから安心していいわ、ちなみに勇者は男よ」


 なんというか、本当にこの作戦大丈夫なのかと心配になるけど、いざとなったら僕の能力でなんとかしろということなのかもしれない。


 他にも気になることはあるけど…。


「僕がリビリアを裏切らないと思うの?」

「裏切っても構わないもの、私はフィンが好き。そしてフィンが私を殺して魔王になりたいというのなら私はそれを尊重するわ」


 何故ここまでしてくれるのかは分からないけど、リビリアは本気でそう思っているのだろう。

 彼女の資料は隔離された塔に何度も来たことはあったけど、一度発言したことを必ず全うするという戦闘能力としても守護者たる二つ名ではあるがそれ以上に、交わした言葉を必ず果たすという意味でも守護者と呼ばれるようになったほどだ。


「それじゃあ着替えや冒険の道具も用意してあるから勇者の街に行ってもらっていいかしら?」

「いきなり!?人間の国にそんな簡単に入れるものなの?」

「人間からしたら魔族も魔物も見分けつかない方が多いもの。魔物が一匹野原を走ってるなぁくらいの感覚でしょうね」


 なんで人間を滅ぼしてないんだろうか魔族は、というか人間はそれでいいのか杜撰な警備体制すぎる気がするのだが。


 リビリアが荷物をリュックに詰めてる間にフィブラが僕に杖を渡してきた。


「これは?」

「魔術補助ですね、ないよりはマシですし、なにより人間が作ったものですので魔法使いっぽく見えるでしょう」


 それはありがたいのだが杖にしては形状が剣としても使えそうな当たり護身用として僕のために用意してくれたのかもしれない。


「ありがとうフィブラ」

「くっ!別にリビリア様のためですから」


 何故そんな悔しそうに言うのか…。それはともかく人間国でしかも勇者か。

 昨日までただ引きこもって何も変わらない日々を過ごしていた僕が外に出るなんて思いもしなかったからこれから先どうなることか不安と、どこか期待もあったりする。


「あ、そういえばフィン、基本的にはフィンに任せはするけれど。もし勇者が使い物にならなかった場合殺して次の勇者を待ってもいいですからね」

「勇者ってそんなポンポン生まれるの?」

「今いる勇者は7人だったかな?」

「リビリア様、先日に万魔の矛が2人殺したので今は5人です」


 そんな簡単に殺されているのか勇者。勇者の記録はあまりみたことないけど強いとは聞いていた。

 それでも魔王より前に万魔の一角に二人もやられていたなんて。


「ふふ…フィン、安心して。本当の勇者の元にあなたは送り届けるから」

「本物?」


 そのあとは時間がないからとリュックを背負わされてフィブラの案内で城から外に出た。

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