万魔の美貌をもって篭絡してみせる

空海加奈

第1話

 暑い真夏の日差しが僕に窓越しから起きろ~と告げてくるかのようにピンポイントに顔に当たって怠い体を起こして着替えを済ます。

 さて、今日は何をして過ごそうか?

 その時に扉をノックする音が聞こえてきたので「入れ」と告げ、中に入ってきた人物に少し驚く。


「もう起きていらっしゃったのですね。」


 魔王の側近にして魔術を極めたと言われる四天王統括フィブラ。僕との接点なんてほとんどなかったからこそ余計に驚く。


「珍しいな。僕に用があるということは父上…魔王様からの言伝か?」

「察しがよろしいようでその叡智にはこのフィブラも驚嘆しますが残念ですが的外れこの上ない発言に二重に驚嘆でございます」


 【魔王の子とは思えない不出来の子】そんな風に言いなれてるとはいえフィブラからこのように直で言われるとさすがに少し傷ついてしまう。

 しかし、そうなると個人的な話しを持ってきたということだろうか?それこそ不出来の子に何を話したいというのか。


「お前は僕に罵倒を言いにわざわざ城から離れているこの塔に来たのか?」

「いえ、国中の魔族から不出来の子と蔑まされてなお厚顔不遜に態度が変わらない不出来の子に用事があって来ました。」


 この毒舌からしてまともな用事というわけではないのだろうなとは思いつつも、父からの命令できた可能性もあるし聞かずに追い返せばお叱りを受けるのは僕だろう。


「それじゃあさっさと要件を言えばいいじゃないか?僕に罵詈雑言を浴びせてストレスでも発散してるのか?」

「いえ、それは被害妄想というものですよ、仮にも一応血筋として魔王の息子として魔族の期待を大いに背負って生まれた高貴な方を罵詈雑言などと…私がそんなことをすると思いますか?」

「思う」

「失礼ですね。しかし事実なので否定はしません」


 事実なんじゃないか…これに文句を言っても僕に更なる追撃の言葉が来ると思うのでもうこれ以上追及せずにさっさと要件だけを聞いた方が利口だろう。


「それじゃあお前は何をしにきたんだ?」

「【魔王の不出来な子】【魔族の恥さらし】【もっとも醜悪な存在】そんな噂を聞いていた私は一つの可能性を見に来ました」


 散々な言い様であるが事実魔族たちは僕のことをそう呼んでるので否定はできないし、なにより彼女の言葉を聞いて何か個人的な要件なのだろうということはわかる。


「魔王様が崩御なされたことはご存じですか?」

「は…?え、いや、なんで?」

「ご存じなかったということでよろしいようですね。まぁ国内とはいえこの隔離塔に情報が舞い込んでくるわけもありませんしね」


 淡々と述べているが事は一大事に他ならない。というよりかつて勇者と呼ばれる人間族を幾度も打倒し魔族の希望と言われるほどに強靭な強さを持ったあの人が死ぬなんて想像できない。


「まぁ疑問は色々あるでしょうが、この際そんなことはどうでもいいのです」

「どうでもって…」

「本来なら魔王様が亡くなれば血筋からして魔王の子が魔王を継ぐべき…と言うもの。もしくは力あるべきものが魔王となると言うもの、あとは中立ですね。主に三つの派閥が存在します」


 それもそうだろう、僕も魔王の子ではあるが父は子供が少なくとも5人いる。その5人とも優秀であり魔術を極めたもの。武術を極めたもの。その中でも真理を極めたと言われる知識を有する者までいたはずだ。


「いや…そうか、わかったぞ…父上がいなくなった今、僕を養護するものがいなくなったから国を出て行けということか…?」

「…なるほど、そうなりますか」

「違うのか…?」

「いえ、その通りです」


 どっちなんだよ。もともと僕は誰からも支持されてないし期待もされていない。

 理由も分からずに魔王の命令で隔離塔で勉強の毎日だっただけで食料を受け渡されるときもドアの前にいつの間にか冷めたご飯があるくらいの生活だった。

 そんな厄介払いのチャンスが来たとなれば魔王の子たちは追放という処分をするのだろう。


 僕は部屋にあった着替えを着ようと思ったがいつまでもフィブラがいることが気になってしまう。


「もう用事は済んだんだろう?帰っていいぞ」

「気にならないのですか?」

「なにがだよ」

「次の王が誰になるのか」


 5人…僕を合わせれば6人にはなるが、僕はありえないとして残り5人ならば…

 竜族の血を引いている魔族と竜族のハーフ万魔の皇竜【テト】

 一体なんの血を引いているのか魔王の子供とだけ分かる万魔の知識【レアラ】

 巨人の力を受け継ぎ人型にその力を内包するたった一人で国を止める万魔の壁【ゴドー】

 人間や亜人の技術に興味を持った変人でありその強さと紳士から慕われる万魔の矛【ギュスターヴ】

 ありとあらゆる魔法を扱い、正直こいつだけいればいいんじゃないかと言われるほど魔術の神髄を極めた万魔の守護者【リビリア】


 そして…特に何かに秀でたわけではない武術も中途半端、魔法も十数個しか扱えない上、許容量を超える魔法を使おうとすれば必ず暴発する。

 魔族の恥さらしの魔王唯一の不出来な子【フィン】


「ハッ!僕に誰が魔王になるか意見でも聞きに来たのか?」

「そうですね。それもあります」

「だとしたらリビリア以外ありえない、守護者なんて肩書をもっているが戦術的にもあいつが行けば国を一つ滅ぼすなんて軽くできるだろうしな」

「それはありえませんねリビリア様はそんなことするくらいなら昼下がりのお茶を楽しむ性格ですから」


 それは知らなかったけど、いいのか魔王が崩御した一大事にそんなことしてて


「だとしたら強さだけならテトか?」

「そうなった場合魔族と竜族で争いが起きることでしょう、竜族こそが魔王にふさわしいとなれば内乱がおきます」

「…じゃあギュスターヴじゃないか?人望あるし」

「あれは鍛錬にしか興味がない馬鹿なので王たる器にはなりえません」

「酷評だな…残るはゴドーだが…?」

「レアラ様はどうしたのですか?」

「レアラは引きこもってそれこそ王たる器とやらがないと言われるじゃないか」

「この5人の中ならレアラ様は一番王に適してはいますがね」


 結局僕の考えではそこまで到達できなかったし、レアラのどこに王の器があるのかもわからないままだ。


「じゃあレアラが次の王か…」

「それもありえませんね、混血が過ぎていますから魔族たちの反感を買い内乱で終わります」

「全部違うじゃないか!それともゴドーか?」

「あんな脳筋に王が務まるわけないでしょう」


 さっきから何が言いたいのか、それとも僕か?ここまでの流れから察するにそもそもフィブラがここに来た理由も考えたらそれが正しいような気がしてきた。


「僕に王になれと言いに来たのか?」

「不出来な子が王になれると本気でお思いですか?」

「…お前はなにをしにきたんだ?」

「言ってたではないですか、リビリア様以外ありえないと」

「んー?言ったが否定したじゃないか」

「私が言ったのは国を亡ぼす等と見当違いのことを行ったことに対してです。」


 つまり王にはなるけど戦争はしない…ということか?とはいっても人間族は事あるごとに戦争を仕掛けてくる野蛮人たちだ。

 一旦慎重に考えてみよう、そもそもフィブラが来た理由はなんだ?魔王の崩御を伝えるだけならもう帰ってもおかしくないし、かといって雑談しにきたにしては毒舌を浴びせてきてるだけな気がする。


「と、なったら…リビリアに魔王になるように僕から進言してほしい…とかか?」

「まぁ、概ね当たっていますね。私は反対したのですがリビリア様がフィン様に期待しているそうですよ」


 期待か…何年も期待されなかった僕に今更なんでリビリアが?ましてリビリアと話したことなんてあっただろうか?


「本日の昼に目立たない服装でリビリア様の部屋まで来ていただけますか?」

「昼?夜のほうが良くないか?」

「フィン様がリビリア様に協力してくれるかそれまでに決めていただく時間ですので」


 しばらく話していて昼までそんな時間がないことを言ってるのであれば即断即決してさっさと来いということなのだろうか。

 結局追放されたりするのだろうし、そのままフードを被ってフィブラについていこうとしたら怪訝な顔をされた。


「その…汚い恰好しかないのですか?」

「あいにくこれでもマシな方なんだ」


 数少ない魔法の消臭や洗濯で臭いとかはないはずだが何年も使ってるからところどころ傷んでいる。


 フィブラに連れていかれこの塔から約数年ぶりに外に出た。

 空は瘴気で紫色で、太陽は汚く揺らいでいる。






「リビリア様、お連れしました」

 フィブラがそう言うとノックもせずに部屋に入り銀糸の美しい髪と魔族特有の紫の瞳が輝く女性がいた。

 久しぶりに会えば昔とは違う見た目のように感じるのも自然かと思い僕も部屋に入るとしばらく無言が続く。


「フィン」

「ん…」

「あなたは賢いわ」

「そうですか…守護者と呼ばれる姉にそういわれると皮肉に聞こえますけどね」

「だから私はあなたに真実を告げてそしてあなたの行く末を見ようと思うの」

「あの…話が見えないんですが…」

「父上…魔王は私が殺したわ」


 別に、父上に愛情があったかなんてそんなものは僕には特に何も感じない。というより隔離までされていたのだ、自由なんてほとんどなくてそれが死んだからどうした?というのが本音に等しい。

 だけどこれはなんだろうか、血のつながった人に顔もそんなに覚えてない姉に呼ばれ父を殺したと告げられて僕の反応を伺ってる?それとも忠誠があるかどうかで怒るかどうか試しているのだろうか。


「今、あなたは何故私がこういってきたのか理由を探しているわね。そしてあなたは一度たりとも私が魔王を殺したことを疑っていない」

「そう…ですね、実力だけならリビリアは魔王を凌ぐとも聞いていますし。ただ争いを好まないリビリアがそう行動することに違和感が残ります…」

「無理に敬語なんて使わなくていいわ、私たち血のつながった姉弟でしょ?」

「じゃあ聞きたいことを聞くんだが、それはリビリアの独断なのか?」

「そうよ」


 ということは他の兄弟たちは関与してないのか、そして後ろに控えてるフィブラも恐らくこのことを知っていて反応が薄い…。


『真実を告げて行く末を見る』


 たとえば僕が他の誰かにこのことを告げて打倒リビリアが兄弟達によって内乱が起きてもいいということなのだろう。もしくはフィブラが僕をそうする前に殺すか。

 だめだ、真意が見えない。僕にそれを話した結果の行く末とはなんだ?


「フィン。私たちはなんなのかしら?」

「魔族なのでは?はたまた個人を指してるならリビリアとしか言えないと思うが」

「ではフィンはフィンで、私はリビリアということになるわね」

「そもそも混血だらけの兄弟達だから絆があるとかそういう人間らしいことは思えないだろうし」

「それでも私はフィンのことを大切な弟として見ているわ」


 嘘は…ついてないのだろうな…万魔の守護者。一度決めたことは間違いなく実行してきた人間から攻められれば守るといえば守り切り、多くの血が流れた兵に死ぬことが分かったとき慰めの言葉をかけることもなく死ぬことを告げる。


「リビリア…姉上…正直僕には何が言いたいのかわからないんだが」

「4人いるわよね。邪魔者が」

「4人?」

「万魔の皇竜、万魔の知識、万魔の壁、万魔の矛、魔王の血を受け継ぎし逆賊が」


 おいおい、フィブラさんよ…これが昼下がりのお茶を楽しむとかいう性格なのかね。


「つまり僕にその逆賊を殺せと?」

「今日の夜…フィンの住んでいた塔が破壊されるわ」


 相変わらず僕との会話が通じ合ってないがまた更に気になることを言い始める。


「なんでまた?」

「逆賊の誰かがあなたを殺しに策略を企てたのよ、これがまた巧妙でね…私は万魔の知識レアラなのではないかと思っているけれど、フィンはどう思う?」


 レアラがそんなことをするだろうか?目の前にいるリビリアなんかは魔王を殺してるのだから僕を殺すならむしろお前だろと思ってしまうが。

 ただ…リビリアは嘘を吐かない。


「レアラって確定はしてるのか?」

「してないわ、一番怪しいとだけ。他の万魔達はむしろ直接手を下す性格をしているからレアラは消去法よ」


 とはいってもなぁ…僕を殺したところで何か変わるわけでもないのにそんな気にすることだろうか。


「リビリアはどうしてその話を僕にしたのさ」

「愛しているからよ」

「あ、あい愛って!今までそんな感じなかったじゃん!」

「大切な弟を愛することは変なことかしら?」


 そういうのであれば父親である魔王はいいのか?


「魔王はどうして殺したんだ…?」

「あの人は争いを楽しんでいたから、家族なんてどうでもよかったのよ。フィンを虐待して楽しむ程度にはね」

「それは違う!僕は、僕が才能がないから――」

「フィン…あなたは万魔の美貌よ、並大抵の魔力障壁を持ってないとあなたは他者に魅了を施し下僕とすることができるわ」


 いきなりで意味がわからないが、僕にも肩書みたいなのがあったのかと漠然と思うことしかできない。


「だから魔王はあなたを人目のつかない塔へ隔離して真価を発揮できないようにした」

「えと、なんでリビリアはそれを知ってるんだ?」

「あなたは覚えてないかもしれないけど私はフィンの味方なの、ずっと…ずっとよ」


 それが本当だとしたら僕にも何かできるのか?なんて考えてしまうがいまいち能力がどんなものか理解できてない。


「私はこれから魔王になるわ。そのためにフィン…心苦しいけど協力してほしいの」

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